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偉丈夫、乙女と悪魔を連れ、地下へ駆ける


 砦を穿つ氷塊は内壁をわずかに削っただけで、建造物を崩壊させることはなかった。


 偶然か、あるいはゾルがそれを望んだのか。


「ヤバ……。でもさ、砦には刺さってるけど、門は開いてないよね」


「あぁ、そうだ。これから門をこじ開けるのだ」


 ゾルは延伸したままの氷に右手を添え、再び錬金術を行使した。


 力の脈が長大な氷の表面を滴るように、一気に下方へと流れていく。


 束の間を置いて、突然砦の正門が炸裂音と共に外へ向けて吹き飛んだ。門前に溜まっていた群集が巻き込まれている。


「ねぇ、なにしたの……?」


「なぁに、単純なことだ。砦の内部に打ち立てた氷から、門に向けて枝を伸ばしたに過ぎん」


「枝を伸ばした……あ、そっか。氷から氷を生やしたってわけだ」


「左様。さて、いささか高度を落とすとするか」


 ゾルが三度目の錬金術の行使をする。


 絶大な氷塊は白竜の手が当たる部分からひび割れを起こし、それは地上に突き刺さる先端まで及ぶ。


 ひび割れが氷全体に細かく行き渡ると、一瞬で砕け散り、霧散して水蒸気へと還った。


     *


「砦の門が開いた! 全軍、突撃ぃッ!」


 共和国正規軍の騎士隊長が声を張り上げた。


 長い時間をかけ、多大な魔法を放ち、攻城兵器を駆使して攻めかかっても開けることが叶わなかった巨大な扉。


 天から尋常ならざる巨大な氷の塊が落下してきたかと思えば、直後内側から鉄壁の門を打ち砕いた。


 自分たちの努力を否定されたような一瞬に呆気を取られたものの、共和国軍と傭兵たちは隊長の一声で我に返り、進軍を開始した。


『まったく、どこから仕掛けてくるかと思えば、想像だにしない奇襲を見せたものだ』


 アルベルトとマリアは、共和国軍の隊列の右翼から迫る敵衆を、片っ端から斬り伏せていた。


 ようやく砦周辺の敵の勢いが衰えた矢先、氷塊の一撃が砦を襲った。


 そばに歩み寄ってきたマリアの近くから知的な声が聞こえ、アルベルトがその主を探すも、どこにも見当たらない。


「今、ベアルの声が聞こえたはずだが、気のせいだったか?」


 マリアに尋ねると、彼女は伏し目がちに首を横に振った。


『まったく、依然として思考が単細胞だな、貴殿は』


「なに?」


 ベアルの皮肉もとい罵声が聞こえ、そちらを向くものの、紅い鎧の騎士の姿はない。


『傭兵の同胞はともかく、正規軍で我を知る者は稀だ。安易に姿をさらせば、貴殿が初めて我を見たとき同様、帝国の者と思うに相違ないだろう』


 至極全うな言い様に、アルベルトは返す言葉もなく口元を引き結んだ。


『……それより、砦の門も開いたし、私たちも行こう。アルくんは、妹さんを、探すんでしょ?』


 マリアの声がアルベルトの思考を切り替える。


 偉丈夫と少女、そして不可視な存在となっている紅い騎士は、周囲で息巻いている正規兵や傭兵たちと共にアルヴァ砦内部へと突き進んだ。


「なぁ、傭兵というのは、ここまで自由にしていいのか? 普通、部隊長などに率いられるのだろう?」


『……本来は、ね。でも、戦っている内にはぐれちゃったみたいだし、これでいいと思う。それに、アルくんとしてはやりやすいんじゃない?』


「そう言われると、否定はできん。さて、どこから探せばいいやらか……」


 砦の門をくぐると、周囲を石造りの高い壁に囲まれた広場に行き着いた。


 中央には広大ながらも浅いくぼみが出来ている。先ほどの絶大な氷塊によって生み出されたものだろう。


 あれだけの衝撃で大地が深く抉られたかと思えば、そうでもなかったらしい。


『……とりあえず、砦の中に行こう? ……あそこから入ろっか』


 マリアが指し示すのは、広場に向かって右側の壁に開く、人工的に築かれた長方形の穴だ。


 少女の提案に頷いたアルベルトは、先んじて走り出す。


 広場一帯で繰り広げられる戦禍を避けるように、壁際を一気に駆け抜けた。


ついに屋内へと踏み込むと、右手から敵意のある叫びが上がる。


「共和国兵だ!」「かかれ、かかれぇ!」「絶対に逃がすな!」


 やや反応が遅れたアルベルトの脇を、小さく凝縮された殺意が吹き抜ける。


 赤い甲冑の兵士は、黒色の閃きを帯びた殺意により、瞬く間に床へと崩れ落ちた。


 赤塗の骸の先に立つは、鮮やかな紅の差し色を浴びた少女。


 肩越しに振り向いた顔に灯る眼差しは、愁いを帯びている。


「ううぅ……痛ぇ……痛ぇよぉ……」


 三人のうち一人が痛みに悶え、呻いている。


 アルベルトは咄嗟にその兵士につかみかかり、鋭い剣幕で問い詰める。


「おい、ここに捕虜がいるだろう? どこだ、捕虜を収容しているのは、どこだ!」


「うぅ……は、はは……お、教える、わけ……ねぇだろ……」


「貴様ッ……」


「――ぐうあぁッ!」


 帝国の兵士が悲鳴を上げた。


 アルベルトの仕業ではない。


 マリアが湾曲した刀身を持つ短剣――グルカナイフを赤い金属の板の隙間に差し込んでいる。


「いいッ――いでぇよぉッ!」


 マリアは突き刺した得物をより深くねじ込む。少女の目はつり上がり、赤い兜の奥で歪む男の醜顔を見据えている。


「わ、分かった! 言う! 言う! ――捕虜収容所は、地下だ! ここをまっすぐ進んで、突き当たりに、扉がある! その先の階段を下りりゃ、収容所に着く!」


 男の叫喚から一息の間を置くと、マリアは勢いよく刃を引き抜いた。


『アルくん、運がいいみたいだね。さ、行こう』


 マリアは冷酷な陰を潜ませ、呆然とするアルベルトの先を行く。


 アルベルトは無意識に深く息を吸いこみ、そして吐き出し、小柄な少女の背を追った。


 何度か帝国兵と遭遇し、そのたびにマリアが露払いと言わんばかりに殲滅する。


 やがて拷問の果てに聞きだした情報通り、通路の突き当たりの左手に厚みのある鉄製の扉が見えた。


 先行していたマリアが扉の取っ手をつかみ、揺り動かしても開くことはない。


「……どうやら、閉ざされているな。よし、それならオレが――」


『どけ、アルベルト。我なら手早く済む』


 ベアルが紅い出で立ちをさらし、扉の前に歩み出る。


 右手をかざし、力を込めると、鉄扉は上辺から鉄粉と化して形を崩した。


 ベアルはさらに足元に積もった粉の山に手を当てて引き上げると、そこから一本の片手剣を生み出した。


『ここでは貴殿の剣は長すぎて役に立たん。これを使え』


 ベアルに差し出された片手剣を、アルベルトは素直に受け取る。だが、添えられた言葉が癪に障ったか、表情は浮かない。


「……わざわざ、すまない」


『ふん、礼ならマリアに言え。これは我の意志ではない』


「そうか。――マリア、心遣いに感謝する」


 存在を失った扉の先に、階段が続いている。螺旋を描き、壁のくぼみには蝋燭が置かれており、ささやかな視界が保たれていた。


 ベアルを先頭に三人が階段を下りる。やがて再び鉄の扉が現れたが、それは施錠されておらず、容易に開かれた。


「なッ! 敵襲! 敵襲!」


 まさかこの扉が開かれるとは思っていなかったのか。上階の通路よりも広い空間に、帝国兵の狼狽した声がこだました。


 視界に入った敵影は二つ。一つは三人に剣先を向けて立ちはだかり、もう一人は奥へと走り去っていく。


「うおおッ!」


 ベアルを押し退け、左手に相棒を逆手で持ち、右手に即興の片手剣を持ったアルベルトが突撃する。


 敵兵が剣を振り切るより早く、アルベルトの右手の刃が赤い甲冑の胴を横に抉った。


『ふん、地下というにはやけに整然、やけに小綺麗なものだ』


 四方八方が石造りという殺風景な地上の光景に比べ、この地下空間は妙に手が込んでいる。


 左右の壁、天井、床は磨かれた石材が敷き詰められており、蝋燭をかける器具は金色に煌めき、高級感を漂わせている。


 周囲の異質で高貴な雰囲気に呆気を取られていると、向こうから徐々にけたたましく鳴る金属音が近づいてくる。


「まだいるのか。こんな地下に、人を集めておく必要があるのか……?」


『ふん、それなりの理由がある、ということだろう。……もしか、捕虜だけで済むような場所でもないのやもな』


 ベアルの意味深な言葉が気にかかるものの、その真意を問う暇はない。


 向こうから無数の赤い鎧が迫りくる。


「どれだけいようと、今のオレの敵ではないッ」


『――ッ、止まれ!』


 勇んで敵中に飛び込もうとするアルベルトを止めにベアルは叫ぶが、一足遅かった。


 すかさず床めがけて右の拳を突き立てる。


 力の脈動が磨かれた石畳を這い、赤い群衆と偉丈夫の間で形を成した。


 音を立て、勢いよく通路を塞ぐように石の壁が出来上がる。


「ベアル、なにをする――」


 振り返ったアルベルトが声を荒げた瞬間、石壁の向こう側で炸裂音が鳴り、その衝撃が空間を小さく揺さぶった。


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