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赤き帝、赤き竜と共に、戦線へと飛び発つ


 真っ赤な甲冑姿の戦乙女が、足音を荒立てながら大理石の廊下を突き進む。


 やがて見えてくる、派手な意匠を凝らした両開きの扉。


 それを乱暴気味に開け放ち、絢爛豪華を具現した広間へと踏み入った。


 扉を越えた先には、豪奢な装飾が施された玉座がある。


 不遜を体現したように、金色の縁取りに彩られた真紅の鎧に身を固めた男がそこに座している。


「どうした、スキール。せっかくの美貌を自分で損なう必要はないだろう?」


 玉座に腰かけ、肘をついた右手にあごを乗せている男が言った。


 スキールと呼ばれた戦乙女は、男が言ったように眉間にしわを寄せて口元をきつく引き結んでいる。


 玉座の眼下に着くなり、彼女はひざまずいた。


「閣下、報告いたします。ヴェルデ共和国軍がアルヴァ砦西の林道に差しかかり、第一防衛線を突破されたとのことです」


「ふーん……で? 別に第一防衛線くらい、突破されたっておかしかないだろ?」


 まるでつまらない話を聞かされ、それに対しつまらないと正直に答えるように、男は生返事で答えた。


 スキールは顔を上げ、力のこもった上目遣いで男を見る。


「もう一つ、報告がございます。砦南西、森林上空を飛翔する白い巨大な竜を見た、とのことです」


 不遜を示す男の片眉が上がる。それは驚きというよりも、好奇によるものだ。


「おそらく……以前アルヴァ砦から逃げ出した、例の白竜ではないかと……」


 男は不敵に微笑み、ため息を吐いた。


「当たり前だろ? 白い巨大な竜なんてのは、アイツしかいないんだから、よ?」


「では如何いたしますか? ご命令とあらば、私が即座に戦場に赴きますが――」


「あらあらぁ、とぉーっても楽しそうなお話、していらっしゃるじゃない?」


 男が下げていた視線を上げ、ひざまずいていた乙女が肩越しに振り向く。


 これまた真っ赤な甲冑姿の戦乙女が、いつの間にか広間に現れていた。


「ランシア……あなた、いつの間にここへ……?」


「いつの間にって、ついさっきよ? ――それより閣下。アルヴァ砦に竜がいるのなら、このランシアが翼馬部隊を総動員しますわ。生け捕りから再封印まで、完璧にこなしてみせましょう」


 スキールの鋭い眼差しと、後から現れた戦乙女――ランシアの悠然とした眼差しが火花を散らす。


「待て。紅の律華(ロッソ・オルディーネ)を動かすかは俺が決めることだ。……そこで少し待ってろ」


 二人の乙女に閣下と呼ばれた男は立ち上がり、玉座の背後にそびえる長大なガラス扉を開き、裏庭へと出ていった。


「フィアーマ――寝てるのか?」


 男の視界の先には、赤銅色に染まる巨体の竜――フィアーマが伏している。


 彼が近づき、フィアーマの上あごを撫でると、ゆっくりと動き出した。


「えぇ……あまりに心地良いものだから、居眠りしてしまったわ。それで、どうしました、閣下?」


「はぁ……あのな、もう何度も言ってるけどよ、お前に閣下と呼ばれんのは、どうも落ち着かねぇ」


「ふふ、そうね、そうだったわ。それでアリトレス、なにかあった?」


「今、アルヴァ砦に共和国軍が攻め込んできてるだろ? とりあえず第一防衛線が破られた、ってよ」


「そう……でも、それだけじゃないでしょう?」


 赤い竜の問いに、男――アリトレスは口角をつり上げ、目を剥き、妖しい笑みを浮かべる。


「あぁ、さすがフィアーマ、分かってるな。白い巨大な竜を見たって報告が来た」


 瞬間、フィアーマは鋭い牙を剥き、獰猛な唸りを上げた。


「まさか……あの愚竜が戻ってきたというの? 少し前に封印から解かれて逃げたかと思えば、自ら舞い戻ってくるなんて……」


 言いながらフィアーマは巨体を持ち上げる。


 その過程で位置が高くなった頭を、アリトレスのそばまで下げる。


「アリトレス、あなたの今の考え、聞かせてもらえるかしら?」


「そうだな……」


 アリトレスは俯くや否や、目と歯を剥かせ、残忍な笑みを見せた。


「せっかくだ。共和国の雑魚共相手に、接待してやろう」


「それは……つまり?」


紅の律華(ロッソ・オルディーネ)はもしもの事態に備えて、帝都に待機させておく。精鋭隊も、近衛隊も、帝都に残す。砦に向かうのは……俺とフィアーマの()()だけだ」


 ふと、アリトレスを見るフィアーマの目が陰を帯びた。


 それを察してか、アリトレスはフィアーマの上あごを撫でる。


「なんだ、浮かねぇ(つら)して。久々の()()()だぜ、喜んでくれよ?」


 アリトレスの懇願に、フィアーマはしょうがない、とでも言いたげに表情を綻ばせた。


「分かったわ。それがあなたの考えなら、私はそれに従うだけ。ただ……」


「――ただ?」


「もしもの事態が起こったら、私はあなたを帝都に戻らせるわ。もちろん、砦にいる帝国軍の撤退も一緒よ」


 アリトレスは返答を躊躇った。フィアーマから顔を背け、俯き、考え込む。


 その間、赤竜は待ち続けた。男が考えをまとめ、答えを呈してくることを。


 ようやくその時が訪れた。アリトレスは顔を持ち上げ、フィアーマと視線を交わす。


「あぁ、フィアーマが言うなら仕方ねぇな。――まぁ、お前がいれば、そんなこと起こる気はしねぇけどよ」


 アリトレスの不敵な笑みと、前向きな返答を聞き、フィアーマは和やかに微笑む。


「えぇ、もちろんよ。私は竜。だから私は、あなたと、あなたの仲間と、あなたの国の民と共に、国に、仲間に、そしてあなたに勝利をもたらすわ」


「はッ、頼もしいねぇ」


 男は竜の上あごを再び撫でると、玉座のある広間へと戻る。


 すると、先ほどまで二人だった戦乙女が、五人に増えている。


 彼女らは玉座の手前で整然と横に並び、ひざまずいて主君が戻るのを待ちわびていた。


「ははッ、まさかこの短時間で紅の律華(ロッソ・オルディーネ)が揃うたなぁ……いやぁ、感心感心」


 スキールが顔を上げ、改めてアリトレスに尋ねる。


「閣下、アルヴァ砦の一件、如何いたしましょう?」


「それなんだが……砦には俺とフィアーマの()()で行く」


 その発言に、スキール以外の戦乙女が一斉に顔を上げた。誰もが驚愕の表情を浮かべている。


「お待ちくださいッ、閣下! わざわざ閣下自らが出向く必要など――」


「あぁ、悪いな。今日は久々に、すこぶる暴れてぇ気分なんだ。なに、ちょっと共和国の雑魚相手に接待してやってくるだけだぜ? てことで、お前たち紅の律華(ロッソ・オルディーネ)は、帝都の守りを固めろ。三年前の()()が、また起こるかもしれねぇからな。封印の効果は続いてはいるだろうが、どの力をどれだけ封じてるかまでは解っちゃいねぇんだしよ。いいな? 国の守りはお前たちに任せた。以上」


 スキールの言葉を遮り、一方的に告げるアリトレス。


 玉座の傍らにある掛け台に立てかけていた剣を取り上げ、裏庭へと向かう。


「フィアーマ、そういえば食事は?」


「私は大丈夫よ。アリトレス、あなたは?」


「あぁ……食べたのは三時間前、か。……まぁ、持つだろ」


「そう。それなら、行きましょうか」


 アリトレスはフィアーマが差し出した手の甲に乗ると、竜の背、首のつけ根まで運ばれていく。


 慣れた動作で手の甲から背中に飛び移り、跨った。


「さぁて……フィアーマ、俺が接待してる間、白竜狩りを頼むぜ」


「えぇ、お任せください、閣下」


 赤銅色の広大な翼が羽ばたくと、周囲一帯を強烈な風圧が襲う。


 二、三度羽ばたかせては、上空めがけて一気に、ロッソ帝国帝王・アリトレスと赤竜・フィアーマが飛び立っていく。


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