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わたし、錬金術師。いま、貧弱な竜と結ばれたの。  作者: 長月夜永
四章 錬金術・剣・共和国軍
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錬金の魔女、陣を刻む腕輪を得て、戦場へ征く


 宿を後にしたルナとアルベルトは、それぞれの目的のために別行動に移った。


 アルベルトは傭兵団と合流するためにメルチェナリオに、ルナは依頼の品を受け取るために工房へと足を進める。


「嬢ちゃん、すまねえ! まだ出来てねえんだ!」


 ルナが受付に用事を伝えると同時に、慌ただしい様子で親方が飛び出してきた。


「そんなぁ……」


「いや、そんなに落ち込むことはねぇ。腕輪の彫りもんはあと一つなんだけどよ……」


「じゃあ、どれくらいで出来そうなの?」


「あぁ……とりあえず今急ぎでやってっからよぉ……小一時間ってところだな」


「……そっか、分かった。じゃあ、ここで待ってる」


 ルナは受付横の壁にもたれかかり、潜めるようにため息を吐き、肩を落とした。


 依頼の品が約束の時間に完成していなかったこともあるが、それ以上に共和国軍や傭兵団の足並みから遅れることが気がかりで、落ち着かないのだろう。


 ――ルナよ、聞こえるか?


 低く野太い声がルナの頭に響く。


 ――うん、聞こえてる。なに?


 ――うむ、少々虫の居所が悪そうに感じてな。なにかあったか?


 ――頼んでた腕輪が出来てなかったの。小一時間って言ってたけど、これじゃアルベルトやマリアに遅れちゃうよ。


 ――そういうことか。しかし案ずるな。戦争というものはそう早々(はやばや)と終わらん。多少遅れたところで支障はきたさないだろう。


 ――でもさぁ……。


 ――吾輩ならすぐに追いつける。それに小一時間なら、共和国軍とてアルヴァ砦どころか、国境にすら到着していないだろう。……よもやルナよ、そなたはそれほど戦いが待ち遠しいのか?


 ゾルの最後の言葉は、どこか面白がっているように飄々としている。


「んなわけないじゃん、バカッ!」


 思わず声に出してしまい、ルナはすかさず口を押えた。


 そうしてルナの腕当の完成を伝えられたのは、三時間もしてからだ。


 途中ルナが催促したところ、急遽共和国軍の軍人から特急の依頼が入ったことで、個人であるルナよりも国の関係者からということで、そちらが優先されたのだ。


「悪いな、嬢ちゃん。小一時間って言ったくせに、だいぶかかっちまった」


「それはいいから、早く腕輪を頂戴!」


「おぅ、今持って来させてるからよ」


 すると、工房の奥から鍛冶師が出てきた。その手元には腕輪だけでなく、湾曲した鉄板のようなものも見える。


 親方は腕輪を取り上げ、ルナに見せるように差し出した。


 ルナの注文通り、腕輪の表面に錬成陣が五つ彫り描かれている。


 それだけではない。ルナから見れば、生地の上にガラスコーティングを施したような透明の膜が貼りつけられていた。


「錬成陣が傷ついて使えなくなったら困るだろ? だから透明な防護膜を施したんだ。あとは――嬢ちゃん、ちょっと両腕を上げな」


 受付のテーブルに腕輪を置き、親方はルナの背後に回る。


 ルナは言われるがままに両腕がまっすぐになるように持ち上げた。


「ちょっとこいつは外させてもらうぜ。くすぐってぇかもしれねぇが、我慢してくれや」


 親方はルナの地味なローブを外すと、鍛冶師が持ち寄ったものを受け取る。


 それは胸部を覆う金属製の胸当だった。


「え、こんなの頼んでないよ?」


「おう、頼まれちゃいねぇさ。けどよ、せっかく知り合った錬金術師様に死なれるのは、鍛冶屋としては忍びねぇ。些細なもんだが、お守りとでも思ってくれや」


 胸当を着け終えると、親方は再びローブをルナにまとわせる。


「なんか、やけにピッタリなんだね」


 胸当はルナの胸部を絞めつけることもなければ、逆に大きすぎることもない。


「はっはっは! 俺にも娘がいるんだけどよ、体型が嬢ちゃんと瓜二つなんだわ! 娘の体採寸して作ってみりゃ、案の定ってとこだな! いやぁ、良かった良かった」


 豪快に笑う親方から完成した腕当を受け取り、ルナはそれを右手に着ける。


「完成が遅れちまうわ、注文以外のもん作っちまうわ、ホントにすまなかった。後でいくらか代金を返すからよ、またなんかあったら俺んとこ頼ってくれや」


 親方が、そしてそばにいた鍛冶師も一緒になって、ルナに深々と頭を下げた。


 それを見たルナは慌てふためき、二人に頭を上げさせる。


「あぁ、いいよいいよ……。あたしも、色々言ってごめん。こんなに色々サービスしてもらっておいて、お金返せなんて言わないしさ。とにかく、ありがとね、親方」


 ルナからお礼の言葉を受け取った親方は、安堵の下に相好を崩した。


 そしてルナは工房に背を向け、王都の郊外へと急ぐ。


 ――ゾル、ゾル!


 ――うむ、装備が出来たようだな。


 ――うんッ、あたし今から南門からあの森に向かうからさ、そこで合流でいいッ?


 ――承知した。


 王都の南門を抜け、ルナは郊外南側にある森へと駆けた。


 走っては歩き、歩いては走ってを繰り返すこと一五分。


 森の入り口に辿り着き、ラストスパートというように奥の広間を目指す。


 ようやく視界に白い竜の巨体が見えた。


「ゾル! 行くよ!」


「うむ。さぁ、吾輩の手に」


 差し出した広く大きな手にルナが飛び乗ると、ゾルは強風を吹き荒らして飛び立った。


「ねぇ、あたしが工房で待ち始めてから結構経ったけど、アルベルトたちって今どのあたりかな? ここからなら、国境まで時間あるよね?」


「……ふむ、徒歩で向かうならそうだろう。だが、共和国の正規軍の騎馬隊、馬輌(ばりょう)隊、翼馬隊、鷹馬(おうば)隊が出払っていたからな。もう国境に差しかかっているはずだ」


「んー……馬輌(ばりょう)、翼馬、鷹馬(おうば)、ってなに?」


「馬輌は多数の人間を運ぶ箱を引く馬、翼馬は翼を生やした馬、鷹馬は四足を持つ鷹だ」


「ふーん……馬車にペガサス、グリフォン、みたいなもんだね。もうアルベルトたちが国境にいるなら、あたしたちも急がないと」


「なら、少し手元が荒れるぞ。気をつけよ」


 広大な白い翼が力強く大気を蹴る。


 その間、竜の手から振り落とされるどころか、全身は圧倒的な速度による重圧にさらされ、ルナはきつく目を閉じ、体を縮こまらせていた。


 体にかかっていた重圧が突如として和らぐ。なにかと思えば、ゾルが速度を落とし、やがて滞空したのだ。


「どうやら、すでに戦が始まっているようだ」


「え、なに……もう砦に着いたの?」


 外の様子を覗き見るものの、ルナの記憶にある石造りの建物は見当たらない。


「いや、砦はもっと先だ。それよりも、共和国の連中は帝国の者共に足止めされているのだ」


 ルナは視線をあちこちに泳がせ、聴覚を研ぎ澄ます。


 広大な林の向こうで爆裂や竜巻が起こり、咆哮がこだます。上空では翼を持つ影同士が近づいては離れ、入り乱れている。


「あれが、翼馬とか鷹馬(おうば)ってやつ?」


「あぁ、そうだ。あれに魔導士が跨り、空から魔法を放っているのだ」


 空を駆ける翼馬と鷹馬から、炎や水、風の砲弾や槍が飛び出す。


 正確にはゾルの言う通り、翼を持つ獣の背に乗る人影が武器を振るい、魔法による攻撃を繰り出していた。


 帝国の陸軍と空軍により、共和国軍全体の進攻は目標地点よりずっと前でせき止められている。


「ねぇ、ゾル、せめて空の敵だけでも墜とせないかな?」


「ふむ……できないことはないが、いかんせん囲まれたら厄介だぞ」


「……うん、たぶんそう言うとは思った。でも、この距離だと錬金術でもちょっと遠いよね?」


「うむ、いささか、な。……ならば、再び古き友に手を借りるか」


「あの水馬だよね? 大丈夫? あそこ帝国領じゃん」


「なぁに、今、帝国の空軍は共和国軍に注意が向いている。森の頭をなぞったところで、見つかることはあるまい。さぁ、もうしばし荒れる。気をつけろ」


 再び白い翼が大気を押し退け、巨体が宙を疾駆する。


 ゾルとルナは帝国兵と鉢合わせることなく森林の頭上をなぞったが、わずかな木々の隙間に潜む、赤い鎧を着た兵士の視線に気づくことはなかった。


「友よ、古き友よ」


 ルナはゾルと共に、再び水馬のいる湖のそばへと舞い下りた。


 白竜の呼び声に応えるように、湖中から紫色に染まる半馬半イルカが姿を現した。


 水馬はゾルの姿を見るや否や、歓喜のいななきを辺りに響かせる。


「古き友の言った通り、こうして間もないうちに会えるとは喜ばしい限りだ」


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