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わたし、錬金術師。いま、貧弱な竜と結ばれたの。  作者: 長月夜永
四章 錬金術・剣・共和国軍
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偉丈夫、己の筋力を見せしめ、逸品を得る


「腕当? まぁ、構わないが……そんなもの、どうするんだ?」


「錬成陣を彫るんだよ。ベアルが言うには、わざわざ地面に錬成陣を描かなくても、錬金術の発動はできるんだって。まぁ、これで実際に試してみたら、確かにそうなっちゃったんだよね」


 ベアルの助言を受けて、ルナは錬金術の書に綴じてあるものを使い、実際に錬金術の発動を試みた。


 すると確かに、書の中の錬成陣に触れるだけでも錬金術を発動できてしまった。


「それがあれば、腕当など必要ないのではないか?」


「まぁ、そうなんだけどさ、戦ってるときにいちいちめくってたら、手間じゃん? いや、これはベアルの受け売りだし、あたしも納得してるんだけどさ」


「だから、必要な陣を腕当に仕込んで、いつでもすぐに発動できるようにしておく、と」


「そーいうこと。だからさ、その……」


「分かった。そういうことなら、さっそく工房に行こう。ちょうどオレも用があった」


 ルナは首を傾げた。


 アルベルトはすでに傭兵として必要な防具の一式は買い揃えてあり、斬竜剣という鉄塊も持っている。


 これ以上なにが必要なのかと、ルナは思案顔をしながら偉丈夫の広い背中を追いかける。


「おぅッ、この前の兄ちゃんじゃねぇかッ!」


「お疲れ様です、親方。腕当を作ってほしいのですが、いいですか?」


 アルベルトの申し出に、工房の親方は片眉を持ち上げた。


「腕当? 兄ちゃん、この前作ったばっかじゃねぇか?」


「いえ、作ってほしいのはこのルナにです。――ルナ、こちら、この工房の親方さんだ」


 アルベルトはルナに親方を紹介する。そして、今度は親方にルナが錬金術師で旅人であること、訳あって同行してもらっていることを伝えた。


「へぇー! 錬金術師とは、こりゃまた珍しい! 俺も長ぇこと生きてきて、魔導士はこれでもかってくらい見てきたが、まさか共和国の中で錬金術師に会えるたぁ思わんかった! で、どんな腕当がご所望だい、嬢ちゃん?」


「えーっと……あたし、鎧の注文なんてしたことないから、その、見本とかない?」


 親方は様々な種類の腕当の見本を持ってきては、材質から重量、頑丈さ、装着感など、懇切丁寧に饒舌を振るった。


 こうしてルナは、アルベルトと親方の勧めもあり、軽量・高強度な金属素材に防腐加工を施し、錬成陣を彫った腕当を作成することとなった。


 ガイン村で受け取った紙幣では足りなくなるほどに代金がはね上がったが、親方とアルベルトの好意が重なり、どうにか支払いを済ませることができた。


「完成は……そうだな、一週間後ってとこだろうよ」


「一週間かぁ……って、その日って――アルベルト!」


「ん、あぁ、そうだな。その日はアルヴァ砦侵攻戦の日だ」


「なんだ、嬢ちゃんも兄ちゃんと一緒に戦争に行くのかい?」


 親方の質問に、ルナは答えを詰まらせる。


 アルベルトはルナのあらましを親方には伝えはしたが、傭兵でもないのに腕当の完成に焦るのはどことなくおかしい。


 ましてや、ゾルという白竜と契約していることについては触れていなかったため、まさか竜と共に戦場を駆けるなど思いもしないだろう。


 ルナが返事に戸惑っていると、親方は怪訝な面持ちを綻ばせる。


「ま、そういうことなんだろ? 魔導士が戦争に駆り出されて、錬金術師はそうじゃねぇわけねぇもんな。つっても、納期を一日早めるのも難しいんだよ。国の軍人や傭兵から依頼と催促が殺到中でな。まぁ、一週間後の朝一に取りにくれば渡せるようにはできるはずだ。悪いな」


 侵攻戦の朝一なら十分に間に合う。ルナは親方の嘆願を快く承諾した。


「親方、もう一つお願いがあります。オレに、あの剣を売ってくれませんか?」


 アルベルトが指し示すのは、工房受付の奥に展示されている両手剣。


 その造形は竜斬剣の生き別れた片割れのよう。だが、わずかに竜斬剣よりも長く見える。


 親方は手ぬぐいを巻いた頭に手を当て、ため息を吐いた。


「いやぁ、ありゃ俺の自己満足の塊、規格外の一品。武器としてってより、芸術を追求したようなもんだぜ? そりゃ兄ちゃんはいい体つきしてるけどよ、戦場であれを振り続けるのはなぁ……」


 親方の軟和な拒絶もお構いなしに、アルベルトは強情で図太い視線を放っている。


「昔は兄ちゃんのように、あれを欲しがったやつはごまんといたさ。でもよ、重すぎるって言ってみんな諦めちまったんだ。……それでもってんなら、試しに持たせてやるよ」


 親方は受付の裏に回り、飾られていた両手剣を持ち出してきた。――剣先を重々しく引きずるようにして。


 差し出された長い柄を握り、アルベルトはそれを持ち上げる。そしてその場で素振りを始めた。


 一〇回、二〇回、やがて一〇〇に達してもなお、アルベルトの表情は活き活きとしている。むしろ、振れば振るほどに瞳に灯る炎熱が勢いを増す。


 工房の周りに、親方の一品を知る者たちが集まり、厚みを増していく。小さなざわめきは徐々に喧騒へと変貌していった。


 素振りが三〇〇ほどに達したところでアルベルトの動きが止まった。


 野次馬も、ルナも、そして親方もが目を丸くしてアルベルトを見つめている。


「……ふぅ、もう少し振れそうだが、このくらいでいいだろう。どうだ、親方? ――ん、なんだ、この人だかりは?」


 どうやら剣との対話に執心していたらしく、周りの異変に気づかなかったらしい。


「くっくっく……はーっはっはっは! 兄ちゃん! いやアルベルト! 俺はお前を気に入っちまった! まさかこいつをここまで振るバカが現れるたぁな! よぉし、嬢ちゃんの腕当で奮発してもらったからな、そいつはアルベルト、お前にくれてやるよ!」


 ついに親方の人外染みた逸品が人の手に渡ったことに、周囲に出来上がっていた野次馬の群れが歓声を上げた。


「そうか、それはありがたい。存分に振るわせてもらいますよ。――それにしても、なぜこんなに騒がしいんだ? このくらい振れて当然だろうに」


「――いや、自分が尋常じゃないことくらい自覚してよね」


 ルナの腕当と共に、アルベルトが新たな相棒を得ることができた。


 帰路を進む途中、ルナはアルベルトと両手剣を交互に見ては問いかける。


「けどさ、なんでそれ欲しがったの?」


「まずはあの剣。ベアルやゾルが竜斬剣といったあれは、どうしてもオレには重すぎる。先日のベアルとの一騎打ちと、盗賊団の戦いで、もう少し軽めのものがいいと判断した。それと、一目惚れだ。初めて工房に行ったとき、こいつを見て、ぜひ振りたいと思った。実際に手にして、何度か振ってみて、こいつはオレの体によく馴染んだ」


「あー、そう……つまり、というかやっぱり、アルベルトって筋肉バカってことだね」


「む……いや、そういうことなんだろうな」


 ルナに小馬鹿にされてもなお、アルベルトは満足げな微笑を少女に返した。


 そしてついに、ロッソ帝国領にあるアルヴァ砦にヴェルデ共和国が侵攻する日を迎えた。


「……ルナ、起きてるか?」


 満ちあふれた陰に陽が頭を覗かせた頃、部屋の扉をノックした声の主はアルベルトだ。


 ルナはすでに身支度を整えている。扉を開け、アルベルトと視線を交わす。


「おはよ」


「あぁ、おはよう」


「今日、これから、なんだよね。――なんか、全然そんな気がしないや」


「同感だ。きっと、傭兵団と合流するまでは、いつもと変わらない気分だろう」


「うん、たぶんあたしも、ゾルと国境に行くまでは、その、浮ついてると思う。さっ、ご飯食べよ」


 二人は宿の食事処で朝食を取った。


 ルナは契約の代償で味覚は失くなっているはずだが、この日の朝食に湿っぽい静けさの味を覚え、顔をしかめた。


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