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わたし、錬金術師。いま、貧弱な竜と結ばれたの。  作者: 長月夜永
四章 錬金術・剣・共和国軍
18/30

錬金の魔女、紅き悪魔に、教えを乞う


 アルヴァ砦進攻戦の召集がかけられて間もなくのこと。


 ルナは王都の一角にある、傭兵斡旋団体メルチェナリオ付属の寄宿舎に訪れていた。


 建物の入り口を跨ぎ、以前教えてもらった部屋番号を目指して進む。


 目的の部屋の前に着くと、ノックをして問いかける。


「マリア、いる?」


 部屋の中にいるであろうマリアは、扉越しでもその声がルナだと分かったようだ。


 解錠音の後、扉がゆっくりと開かれる。


「ごめんね、急に押しかけて。あのさ――」


 マリアは依然としてメイド服姿で、顔の半分を黒い布で覆っている。


 だが、嬉々とした目元から、ルナの突然の来訪にも歓迎の思いが見てとれる。


 マリアに手を引かれたルナは、一人にしてはやや広い部屋の中に招かれ、中央に置かれたテーブルに着くよう勧められた。


『いったい誰かと思えば、かの白竜殿の契約者とはな』


 突如として背後から知的で冷淡な声が上がり、ルナは肩をびくつかせた。


「ちょっと……いきなり人の後ろに出てこないでよ」


 紅い鎧の騎士――ベアルが腕を組み、ルナの背後に佇んでいる。


『ふん、それだけ貴殿が油断している証拠――』


 ベアルが言葉を切った。おそらくマリアが制したのだろう。


 そのマリアはティーセットを持ちながら部屋の奥から現れた。


『……ルナちゃんの好みに合わなかったら、正直に言っていいからね』


 か細い声はマリア本人からではなく、横に動いた騎士から放たれている。


 とはいえ、ルナは動揺を見せることはない。この大陸に来たことで順応性が上がったのだろうか。


「お茶かぁ……うん、あたしはそれほど好き嫌いないから」


 好き嫌いがない、のではなく、ルナはゾルとの契約によって味覚を失っている。


 かといって、せっかくお茶を淹れてくれたマリアにそれを伝えるのは、どうも後ろめたいらしい。


 だが、そんなルナの後ろめたさを見抜いたように、ベアルが問いかける。


『ルナよ、貴殿の契約における代償はなんだ?』


 先ほど背後から声がかかったときと同じくらいに心臓が跳ねた。


 思わず手元のティーカップを落としかける。


 それを見たマリアが訝しげに、わずかに目を細めた。


「……えっとね、そのー、あー……はぁ……舌だよ。味覚を失くしちゃった」


 瞬間、マリアがテーブルを叩きつけて立ち上がると、ベアルを睨みつけた。


 きっと、時と場合をわきまえろ、とでも叱りつけているに違いない。


 まさにそのようで、ベアルは肩をすくめて首を横に振る。


 ベアルへの叱責を終えたらしく、マリアはルナのそばに歩み寄ると、ルナの頭を包み込むように抱きしめた。


 ルナより小柄な割に、マリアの胸元にある膨らみは、衣服の上からでも形が分かるほどふくよかだ。


 形の良い二つのお椀型の弾力に、ルナの頭の左半分ほどがうずめられる。


『ごめんね、ルナちゃん。契約の代償を先に聞くべきだった。知らなかったとしても、ルナちゃんに気を遣わせちゃったよね。ごめんね』


 マリアは丁寧に謝罪の言葉を紡いだ。


 しかし当のルナはマリアの胸元の感触に顔をにやつかせ、話の半分とて聞いてはいなかった。


 我に返り、事の成り行きと「ごめんね」の一言から、マリアの意図を察したのだろう。


「あ、あぁ、大丈夫大丈夫。もう慣れたから。だから座ってよ、ね?」


 ルナになだめられ、マリアは申し訳なさそうにうな垂れながら椅子に座った。


 湿っぽい雰囲気を招いた元凶が、反省の気などないかのように淡々と告げる。


『さて、ルナ。此度は何用だ? まさか、戦前(いくさまえ)のあいさつというわけでもあるまい?』


「違うわよ。マリアには申し訳ないけど、ベアル、あんたに用があんの」


『我だと? はてさて――待てマリア、我がルナになにかしでかしたわけではない』


 つい先ほどの一件からか、マリアは背に混沌とした陰気を立ち上らせている。


「あんた、錬金術が使える悪魔なんだよね? だったら、その……戦い方。そう、戦い方を教えてほしいの」


『戦い方? なんとも漠然とした言い様。錬金術の使い方を知りたいのか、錬金術師としての戦場での立ち回りを知りたいのか……それを明確にせよ』


「んー……そこまで考えてなかったなぁ……。ほら、あたしは傭兵じゃないし、あんまり……というか全然戦争とか分かんないし。一緒に戦おうってなっても、どうやって参加すればいいか分かんないんだよね」


『ふん、貴殿が本当に錬金術を使えるというなら、白竜殿と共に空から敵兵を討てば良い。ただ、白竜殿が加勢するなど、共和国の者共は考えもしないだろう。次第によっては、共和国と帝国の戦争に武力介入をしてきたと思われてもおかしくはない。なおかつ、一つ間違えば共和国の者共に狙われかねん』


「……え、なに? あたしは足手まといってこと?」


 テーブルが激しく叩かれた。もちろんルナではなくマリアによるものだ。


『そう急くな、聞け。おそらく共和国軍は、国境を越えてアルヴァ砦に向かうにあたり、砦の西一帯に広がる林の中に敷かれた道を辿るだろう。帝国軍もそこに布陣し、林の中に兵を潜ませ、共和国軍の足止めにかかる。地上を行く者共には、そびえる木々に阻まれ、左右の空など見えはしない。よって、南に連なる森林の上をなぞるように回り込み、敵の後衛を奇襲し撹乱させる、というのが貴殿と白竜殿の立ち回りになるだろう』


「んー、なんとなく分かった……かも。でもさ、帝国軍にって、空軍? もいるんでしょ?」


『ふん、よく分かっている。あぁ、そうだ。両軍とも、もちろん翼馬や鷹馬(おうば)を持ち出すだろうな』


「あのさ、ゾルなんだけど……ちょっと前に帝国の空軍と戦って、敵の攻撃一発で撃ち落とされたんだよ。それじゃ奇襲もくそもなくない?」


 ルナの話に、ベアルは気がかりといったように俯き、兜のあごを手で撫でた。


『……そこが錬金術師としての力の見せどころ。いかに不利な条件の中、空中戦を制するか、だ』


「……で、どーしろっての?」


 再びベアルが兜のあごを撫でる。


 マリアが視線を向けているにも関わらず、斜め上を向いて虚空を見つめているあたり、意識下での会話はしていないらしい。


『……まぁ良い。やろうと思えばどうとでも出来るだろう。王都の南門に行くぞ』


 ベアルに言われるがまま、ルナはもとよりマリアもまた王都南門のすぐ外、以前アルベルトが素振りをした場所へと向かった。


『ルナ、まずは錬金術を見せてみろ』


「うん、それはいいけど……なんの錬金術を見せればいい?」


『それは貴殿に任せる。貴殿が出来ることを我に見せてみろ』


 ルナは錬金術の書を開き、地面に錬成陣を描いた。


 円から突き出た部分に手を添え、力を込める。


 錬成陣の中心で赤い閃光がほとばしり、直後音を立てて火柱が噴出した。


 続けて別の錬成陣も描く。


 それに手を当てて力を込めると、今度は離れた場所の地面が隆起し、小規模な岩石の山が出来上がった。


 さらに錬成陣を描き、空中に水の球を作り出したり、つむじ風を生み出した。


 ルナが見せた錬金術に、マリアは感心したように目を丸くし、しかしベアルは兜をわずかに横に傾けている。


『四大元素、か。まぁまぁの出来だな』


「なによ、まぁまぁって。それで、どうなの? あたしの錬金術」


『悪くはない……が、疑問がある。なぜ貴殿は錬成陣を描き写している?』


「――は? いやいや、こんな感じじゃない? 錬金術ってさ?」


『貴殿が考える錬金術がどういうものかは知らぬが、あらかじめ身につけているものに錬成陣を描いておけば良いではないか。あるいは、その書の陣に触れるだけでもいいはずだが……。とはいえ、戦いの最中(さなか)に書をめくっていては時間の無駄だ。その隙にやられかねん。腕当でも作り、そこに必要な陣を刻むといい』


 ベアルの話を聞きながら、ルナは意外そうな面持ちで紅い騎士を見つめていた。


『……なんだ、なにか反論でもあるのか?』


「ううん、そうじゃなくてさ。その、さっきの宿舎でもそうだったけど……あんたって皮肉ばっかり言うくせに、教えるときはやたら丁寧だなーって。なんか、それが意外だなーって」


『……貴殿はかの白竜殿が選んだ錬金術師。そう無下には出来まい、ただそれだけだ』


「ねぇ、気になってるんだけどさ。あんたもそうだし、帝国領にあった湖の水馬? もそうだったけど、ゾルってやたら――慕われてない?」


 ルナの問いに、ベアルは兜の奥にある眼光を細めた。だが、ルナがそれに気づくことはない。


『気のせいだろう。さぁ、手ほどきはこれで終いだ。我の助言をどう受け取るかは、貴殿次第』


「ちょっと、はぐらかさないで――」


 ルナの制止もむなしく、ベアルは酒場で見せたように、足元から姿を景色に溶け込ませた。


「……てか、あたしがどう戦えばいいか教えなさいっての……」


 ルナが宙に悪態をつくと、視界の隅でマリアが肩を落として俯いていた。


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