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偉丈夫、寡黙なる乙女と共に、赤き帝を討たんと息巻く


『貴殿の父に深手を負わせたのは、帝国に(くみ)する赤竜・フィアーマだ。あくまで、伝え聞くところによるものだが……』


 森の広間に散在する数々の骸を一ヶ所に集め、ベアルの錬金術により、ひとまず土葬という形で目隠しをした。


 後ほど、盗賊の体から取り上げた証拠品を持って、メルチェナリオと王都の当該機関に報告するとマリアが言った。


 後始末の作業を終えると、ベアルが中断された話の続きを切り出した。


「赤竜・フィアーマ……オレは実際に目にしたことはない。だが、噂によればあの大戦時、帝王・アリトレスが竜に乗って王都に侵攻したそうだな。つまり、父は王都で戦っている最中(さなか)に、かの赤竜と――いや、それだけじゃないな。帝王とも戦ったということか」


『そういうことになる……おそらく、な。もう一度言うが、あくまで伝聞だ。我は話を広めた元の人物、あるいは存在とは関わりがないのでな』


 地面にあぐらをかくアルベルトの瞳に、憎悪と復讐の小さな芽が浮き上がっている。


 そして両膝を両の手で激しく叩いた。


「許せん。帝国は父を奪い、妹までも奪った。オレはどうやら、アルヴァ砦に攻め入って、アーレを取り戻すだけでは村に帰れそうにもない」


 極めて冷静に声を押さえ込んではいるものの、眉間にしわを寄せ、歯を剥き出しにしている顔はさながら復讐の鬼だ。


「マリア、と言ったな。上級の傭兵であるそなたは、今後いつアルヴァ砦に対する進攻戦があるか、存じてはおらぬか?」


 マリアは少しばかり沈黙した後、伏し目がちに首を横に振った。


『……それは、言えな――ううん、国の方針までは、分からないの。傭兵はただ、事前に召集がかかった戦いに、参加するかどうか、決めるだけ。……ごめんね、アルくん、力になれなくて』


 マリアはアルベルトの手前に歩み寄ると、膝をついては頭を下げた。


「いや、いいさ。――そういえばマリア、なぜお前は傭兵に? ルナとそう歳も変わらない割に、すでに上級の傭兵だったな? それなら、かなり前から傭兵として生きてきたはずだ」


 アルベルトの問いは、ルナも気にかかっていたことだ。そして、先ほどから話題に上がる『三年前の大戦』というものも引っかかっている。


 マリアは逡巡してベアルを一瞥し、再びアルベルトへと向き直った。


『……私、生まれも育ちも王都なの。それで、三年前の戦争で、私以外の家族全員を失くした。さっき話に出た、ロッソ帝国の帝王が、赤い竜に乗って王都に攻め込んできたときにね。帝王と竜は、王都一帯を火の海にしたわ。私の家は竜が吐いた炎の弾が直撃して、焼け落ちた。お父さんとお母さん、お姉ちゃんが私を守ってくれたの』


 マリアの話を、ルナ、アルベルト、ゾルは閉口したまま聞き入っていた。


 話し終えたか、あるいはそれ以上話すのがつらくなったか、ベアルはそれ以上か細い少女の声を発しない。


「そうか、そうだったのか。なぁマリア、もしかして姉上は、どこかに仕えていた侍女か?」


 マリアは身につけているメイド然とした衣服を目でなぞり、そして頷いた。


『……うん。お姉ちゃんは、王宮の侍女さんだったの。あの日、偶然にもお仕事がお休みで、久しぶりにお家に帰ってきてた。これは、お姉ちゃんの数少ない遺品として、侍女長さんから頂いたの』


「そうか。すまない、少々込み入ったことを聞いてしまった。――なぁ、マリア。もしかして傭兵になったのは、帝王を、いつか、殺すためか?」


 その言葉に強い反応を見せたのはルナだった。


 はたしてそこまで聞き込む必要があるのか、直情的なアルベルトが失言を呈したのではないかと険悪な表情を見せる。


 対してマリアは一抹の反応も見せない。ただ俯き、無言を貫いている。もしかしたら、ベアルとなにか言い合っているのかもしれない。


 温かくも冷たくもない不穏な空気が流れ、それを知的で冷淡な声がかき回した。


『マリアよ、別に秘匿する必要もあるまい。貴殿は我と契約する際、言ったではないか。私の家族を殺した帝王と竜が憎い。悪魔の力を借りてでも、ヤツらを殺したい、とな』


 どうもマリアは完全に沈黙していたらしい。思わずベアルに鋭い剣幕を突きつけた。


 だが、当のベアルはどこ吹く風と姿勢を崩すことはない。冷静に、そして淡々と言葉を連ねる。


『それに、アルベルトとは利害の一致が見られる。ならばどうだ、彼らと共に帝王と赤竜を葬るというのは。ましてや白竜殿に人間の錬金術師という粒揃いだ。まったく、これほどの奇縁、今後あるかも分からんぞ?』


 昂る激憤が冷まされたか、マリアは力なく肩を落とした。


『……私が傭兵になったのは、二年前。戦争が終わってからは、身の回りの整理で全然動けなくて、なにもかもが落ち着くころには一年が経ってた。ようやく傭兵に志願したんだけど、メルチェナリオに入る条件は今みたいな感じで厳しくなってて、まったく相手にしてもらえなかった。何度も何度も、しつこくお願いしていたら、今の団長さんが取り合ってくれて、色々特別な試験を受けさせてもらって、ようやく傭兵になれた。団長さんに言ってあるの。私は帝王・アリトレスを殺すために傭兵になりたいって。それと、ベアルと契約していることも』


 それまで俯き気味だったマリアが、力強い眼光でアルベルトを見据えた。


『……アルくん、私、さっき嘘ついた。実はね、アルヴァ砦進攻は、もう決まっているの。宣戦布告も済んでる』


「なッ、それは、本当なんだな!」


 アルベルトにとっては、マリアの話は願ったり叶ったりだ。これほど順調に、妹奪還という念願達成に近づけるとは思ってもみなかったのだろう。


 座りながら前のめりになるアルベルトを、マリアが両手をかざして制する。


『たぶん、もう少ししたら、メルチェナリオで召集がかかると思うよ。それで、お願いがあるの。――ルナちゃんとゾルさんにも。一緒に、戦ってほしい』


 アルベルトはまたも両膝を叩き、勢いよく立ち上がった。


「あぁ! あぁ! もちろんだ! ――ルナ、ゾル、どうだ? いつになるか分からなかったアルヴァ砦攻略が目前だ! これを断る理由はないだろうッ」


 つい先ほどまで激戦を連ねていたことなど忘失したか、アルベルトは盛んに息巻いている。


 ゾルは口角をつり上げ、口元に並ぶ鋭い牙を剥いた。


「ふむ、アルベルトの目的が――まず一つ達せられるなら、協力しないわけにもいくまい。なぁ、ルナよ?」


 アルベルト、マリア、ベアルの視線もルナに集中する。


 ルナは気乗りしないような不安な表情を見せていたが、周囲の目に気圧され、すかさず苦笑いを取り繕った。


「う、うん、そだね。これでアルベルトの妹さんが救えるかもしれないんだし、やらないわけには、いかない、よね」


 これで意見が合致したと見て、アルベルトとマリアは共に頷いた。


『……じゃあ、アルヴァ砦進攻の召集が決まったら、二人にも伝えるね』


「あぁ、心待ちにしているぞ、マリア。――これで、これでようやくアーレを……」


 それからほどなくして、メルチェナリオの傭兵に、国境沿い、ロッソ帝国領にあるアルヴァ砦侵攻戦の召集令がかけられた。


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