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偉丈夫、野蛮との戦いの果て、己の剣の過去を知る


 土の塔の一部が爆砕して辺りが砂色の煙に覆われている中、殺意の疾風が吹き抜けた。


 それは戦士らの間を通り抜け、瞬く間にローブ姿の男を狩る。


「おい! 誰かこっちに回れ――ぎゃあッ」


 警戒の声を上げた者を含め、二人の弓兵が白と黒の尾を引く風にあおられ、沈黙した。


「くそッ、いきなりなんだってんだ――」


「であああッ!」


 力強い絶叫を放つ偉丈夫に、一人の戦士が不意を突かれて倒れ伏す。


「てめぇ、よくも!」


 すぐ近くにいた戦士が手斧を振って襲いかかるも、両手剣の一撃に打ち弾かれる。体勢が崩れたところに二の太刀を浴び、短い叫喚を上げた。


「来いッ、このアルベルト・マガナスが相手になろう!」


 アルベルトの咆哮の直後、二人の戦士が叫びながら前後から迫り、挟み撃ちを試みる。


 だが、せめて後方から迫る者は声を上げるべきではなかった。


 まずは前方の敵に肉迫したアルベルト。両手剣とは思えぬほどに驚異的な速さの横薙ぎを見舞い、片足を軸に反転し、振り向きざまに後方の敵を斬り払った。


「どうした! オレは昨日傭兵になったばかりの新参! まるで相手にならんぞ!」


 アルベルトは完全に調子づいている。通常の両手剣が羽毛のごとき軽さに感じられること、そしてこれほどまでに自分の体が動くとは思わなかったからだろう。


 先ほどのベアルとの一戦とは比べ物にならない。軽快な身のこなしと怒涛の強襲は、残った戦士を片っ端から斬り伏せていった。


「くそおッ、小娘の分際でえッ!」


 アルベルトの猛攻が終わるより早く、メイド服姿の傭兵――マリアは遠距離型の敵を一掃していた。


 静かな怒りを灯した眼を剥き、狼狽する巨漢へと歩み寄る。


 両者の距離が縮まったところで、先に動き出したのは甲冑の男だ。


 槍の穂先の根元に(まさかり)と鉤爪がついた斧槍を、マリアめがけて振り下ろす。


 地面に生い茂る草花を散らしたが、少女の姿は視界から消えている。


 いったいどこにいったかと頭を動かそうとしたが、兜が動かない。


「ああッ? なんだ? なんだってんだ!」


 頭と肩にのしかかる重量感で、ようやく頭に少女が組みついていることに気づく。


 戦いの決着はあまりにも呆気なかった。


 マリアによるたったの一撃。見るも無惨な一撃によって、甲冑姿の巨漢は大地に沈み込んだ。


『終わったようだ』


 土壁の内側にいたベアルがつぶやくと、ルナは囲いの外に出た。


 そして咄嗟に顔をしかめ、口元を手でふさいだ。


 平穏で平凡な日常を二〇年弱生きてきたルナが初めて見る、死と血と骸にまみれた、むごたらしい惨状に。


『なんだ、貴殿は戦いというものを知らぬのか』


 哀れむようなベアルの問いかけに、ルナは立ち尽くしたまま、言葉を返せずにいる。


 突如、赤い差し色が点在する緑の床の明度が落ちた。


 床に限らず、周囲の木々もまた陰りを見せている。


 四人がそれぞれ広間の天井を仰ぎ見た。


「――ゾル」


 天から降り注ぐ光を遮っているのは、一体の巨大な白竜。


 自身の体を覆い隠すほどに広大な翼を羽ばたかせ、風圧で草木を逆撫でながら舞い下りた。


 ゾルは目を細め、辺りに散らばる無惨な鉄と肉の塊を一瞥する。


「ふむ……どうやら事後、か」


『これはこれは、白竜殿』


 手元に歩み寄ってきたベアルと視線の高さを合わせるように、ゾルは頭をゆっくりと下げた。


「ほぉ、やはりそなたであったか、(くれない)の魔将よ」


『こうして再びお会いでき、恐悦の至り。しかし、なぜ貴方がここに? 帝国に捕われたという噂を耳にしたが……』


「うむ、そこの錬金術師――ルナの助力があってな。どうにか帝国から脱してきたのだ」


『なんと……まさかこの娘、いや、ルナが貴方を。――それはつまり、契約なされたということか?』


「左様」


『それは素晴らしい。貴方の悲願がついに――』


「それより、いったいなにがあった? この者たちは……傭兵かなにかか?」


 さり気なく興奮に気色ばむベアルの言葉を、視線を背けたゾルが遮るように尋ねた。


「傭兵に見えて、実のところ盗賊の一味らしい」


 ゾルの疑問に答えたのはアルベルト。ゾルとベアルの下に来ると、錬成された両手剣を地面に突き立てた。


『アルベルトの言う通り、この者らは傭兵の皮を被った盗賊の一味。三年前の大戦後、国の混乱に乗じてならず者が跋扈し出したこと、白竜殿はそこまで存じ上げなかったか』


「うむ……帝国に捕縛されてからというもの、共和国の内情はあまり入ってこなかったゆえ」


『ならば致し方あるまい。アルベルトとの一騎打ちの途中で難癖をつけてきたため、片づけたまで』


 アルベルトが剣の柄を逆手で持ち、ベアルに差し出した。


「ベアル、感謝する。まさかこれほどまでに、自分が戦えるとは思わなかった。それと、これは返すぞ」


『ふん、所詮低俗な盗賊風情だったから上手くいったまで。帝国の精兵ならばこうはならんぞ』


「あぁ、心しておこう」


「む、アルベルトよ、それはそなたの剣ではないのか?」


『これは我が錬金術で生み出した造物』


 ベアルが剣を地面に横たえ、手を添える。すると、それは大地に染み込むように消えていった。


『そしてアルベルトの剣は……ここだ』


 長大な円形の土壁にベアルが歩み寄り、押しつけるように手を当てた。


 途端に土壁は静かに崩壊し、その中からアルベルトが持っていた超重量の両手剣が姿を見せる。


 大地に埋もれるそれを見て、ゾルは訝しげに顔を近づけ、首をひねる。


『白竜殿、斬竜剣は存じているか?』


 その名を耳にし、ゾルがわずかに眼をぎらつかせる。


「あぁ、その名を聞くのは久しいな。かの戦いで帝国に捕らわれてからというもの、所在は知れぬままだが」


『その鉄塊こそまさに、斬竜剣だと我は見ている』


「――なんと」


 ゾルは信じがたいとでも言いたげに、眼下で地に埋もれる両手剣を覗き見る。


「その斬竜剣、とはいったいなんなんだ?」


 白竜と紅い騎士が振り返ると、アルベルトが真剣な面持ちを両者に向けている。


『貴殿、亡父の名をバルアトス、と言ったな』


 再びゾルが目を見開く。今度は低い唸り声も添えて。


『アルベルトよ、三年前の大戦は、知っているな?』


 アルベルトは閉口したまま頷く。


『かの大戦の末期、共和国と帝国のあらゆる土地に、竜、魔獣、精霊、悪魔……多様な存在が襲撃を行った。その最中(さなか)、竜を中心とした大いなる存在を手当たり次第に斬り続けたのが、バルアトス。貴殿の亡父だ。その者が戦時に振るっていたのが、そこにある竜斬剣。その功績から、人の間では『竜斬りのバルアトス』、そこから得物は『竜斬剣』と呼ばれていたそうだな』


「……そうか、父はあの戦いで、立派に戦ったのか」


 アルベルトは寂しげにため息を吐いた。しかし肩の荷が下りたように、瞳に澄んだ光が差している。


 そして、なにか思い立ったか、すかさず顔を上げた。


「そこまで知っているのなら、父はなぜ……いや、父は誰にやられた? 父は、戦後村に戻ってきたとき、酷い傷を負っていた。長く生きられないと言われるほどの深手だ。なぁ、知らないか? 父を、竜斬りのバルアトスをやったのは、いったい誰なんだ?」


 ゾルとベアルが視線を交わし、一瞬あたりに沈黙が流れる。


 逡巡した後、ベアルが切り出そうとしたときに、別の声が先に割って入った。


「ねぇ……話の途中悪いんだけどさ、その……これ、片づけない?」


 ゾル、ベアル、アルベルトの視線の先にいるのはルナ。


 背後に散らばる惨劇の跡を、左手で指し示している。


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