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紅き悪魔、錬金術を以って、壁と剣を生み出す


『バルアトス、だと? ……間違いないな?』


 アルベルトの父の名を聞き、思わずといった様子でベアルがあごを引いた。


 はたして兜のバイザーの向こうに目があるかは定かではないにしろ、好奇を示す視線がアルベルトに向けられている。


「あぁ、父の名を間違えることも、忘れることもない」


『まさかあの者の子息と、こうして会うことに――いや、それよりもいい加減煩わしいな。何者だ? 貴様らの気配は先ほどから嫌というほど感じていた。出てくるがいい』


 突如ベアルがマリアの背後に踏み込むと、剣を振るってはなにかを弾き飛ばした。


 直後、周囲の木々の間から一〇人以上の人影が姿を現す。


 明らかに戦士のような装備に身を固めた者が八人。革の防具を中心的に、金属質な胸当や腕当をつけた弓兵が三人。全身をローブで包んだ魔導士が二人。


 そして異彩を放つのが、集団の奥に控える、全身をプレートアーマーで固めた大柄な甲冑姿。


 大柄な人物は兜のバイザーを開き、四人に向けて見覚えのある面を見せつけた。


「よおッ、小娘! 昨日は世話んなったな!」


「あいつ……昨日酒場に来た男か」


「なんで? なんであいつがこんなとこに来てんの? てか、あたしたち、ちょっとヤバイ?」


 前日、酒場に入ってくるなりマリアに絡みだした、あの恰幅の良い禿頭の男。


 その前に並び立つ、おそらく傭兵かなにかであろう仲間たちは、全員が四人に向けて殺意にぎらつく得物を差し向けている。


「はっはっは! 昨日は不意を突かれちまったけどよお! あの借り、ここで返させてもらうぜ!」


『ふん、逆恨みか。昨日の今日で、御大層に仲間を引き連れて、まったくご苦労なものだな……盗賊団よ』


 酒場で殴られたとき、巨漢は紅い騎士の存在には気づいていなかった。


 だが、ベアルが放った言葉に巨漢含め、周りの仲間たちも顔を歪ませる。どうやら今回はベアルの姿が視えている――いや、ベアルが見せているらしい。


「へぇ……よく分かったじゃねぇか、騎士さんよぉ? いや、帝国兵、とでも言ったほうがいいか? まさか共和国の人間に、帝国との内通者がいたなんてなぁ」


『まったく、貴様らも、か。赤い鎧と見れば、それすべてを帝国の兵だと考えるとは……どこぞの短絡思考の阿呆にも劣らぬ輩よ』


 ベアルの背後に控えているアルベルトが、なにか言いかけて歯噛みし、紅い鎧の背中を睨んだ。


『そこの男が首から下げている装飾――それは共和国領を拠点とする、名も無き盗賊団の仲間の証であろう? そう見せびらかせてもらっては、嫌でも解る』


 ベアルが指した男の胸元には、細い革紐を通した丸く小さな金属板が垂れている。


 ルナの目にはただのアクセサリーにしか見えないが、どうやら模様が彫られているらしい。


『しかしそこの巨漢よ、貴様、共和国の傭兵団の一員であろう? よもや、傭兵の傍らで盗賊などという狼藉を働いているのか? 厳罰ものどころの話であるまい』


 矢継ぎ早にベアルが詰問を投げかけると、巨漢は嘲るように高笑いを上げた。


「へぇ、よく分かってんじゃねぇか。あぁ、そうだ、間違っちゃいねぇ。だがな、一つ違えな。俺は傭兵の傍らで盗賊をやってんじゃねぇ。逆だ、盗賊の傍らで傭兵をやってんだよ!」


 あまりの潔さにか、ベアルは絶句するように俯いた。


 すると、マリアがベアルの前に歩み出る。


『……メルチェナリオは、傭兵の裏切りや離反を絶対に許さない。だから、新規の傭兵は既存の、すでにある程度の実績がある傭兵に紹介をされないと、入団を認められない。それなのに、あなたのような人が、あなたのような危険分子が混じっているなら、ここで排除させてもらう』


 ベアルが発したメイド服姿の少女の声は、か細いそれではなかった。強い意志が宿った、芯があり、どこまでも響くようなよく通る声。


 マリアの言葉は、もはや脅しではなく、討伐対象と捉えた宣戦布告。


 腰に差した二つの鞘から、おもむろに黒塗りの剣を引き抜いた。


 それは湾曲した内側に刃がある、内反りの刀身が特徴的なもの。


 ルナはその剣に憶えがあった。ククリ、あるいはグルカナイフという短剣だ。


 しかしマリアの宣告に、巨漢と盗賊の一味は身じろぎ一つしない。それどころか、巨漢は仲間に前進するようにけしかける。


「おぅ、お前ら聞いたか? あの小娘、俺らとやる気だ。朝っぱらから()けた挙句、こうも喧嘩売られたんだ。構わねぇ、やっちまいな!」


 巨漢の号令によって、盗賊たちは一斉に散開を始める。


 近接型の戦士は前列と後列に分かれた陣形を組んで突撃し、弓兵と魔導士は左右に展開して四人を包囲する。


『ふん、数を揃えれば勝機ありとでも思ったか……まったく笑止千万』


 視界一面から殺意の波濤が押し寄せる中、ベアルはその場にしゃがみ込むと、地面に拳を突き立てた。


 アルベルトとの一騎打ちの直前と同じように手元が光り出し、周囲の大地が鳴動し始める。


 四人を取り囲むように土壌が隆起し、やがて長大で堅牢な土の壁が出来上がった。


 直後、壁の外側から数々の不快音が鳴り響く。


 ルナはそそり立つ壁を眺めながら、感嘆のため息を漏らした。


「はぁー……すご。――そいえば、ずっと思ってたんだけど、ベアルって土の魔法が使えるの?」


 ルナの問いに、ベアルは紅い兜を横に振った。


『違う。これは魔法ではなく、錬金術というものだ。先刻我が生み出した剣も、錬金術で土壌に含まれる金属成分を抽出、そして凝縮したものだ』


 ベアルの返答は、ルナにとって思わぬものだったのだろう。目を丸くし、わずかに口を開けたまま呆けている。


「ベアル、錬金術が使えるなら、大地を動かして敵を一掃すればいいだろう?」


 落ち着かない様子のアルベルトに、ベアルは肩をすくめて答える。


『なんとも興醒めする問いだな。我は悪魔とて、このみてくれ通りに騎士だ。一挙に敵を屠るなど味気ない。一匹ずつ潰していくのが我のやり方、ただそれだけだ。――さて、いい加減籠っていても埒が明かぬ。貴殿ら、少しばかり待っていろ。すぐに片づけてこよう』


 ベアルが壁に向かって振り返ると、その肩をアルベルトの手がつかむ。


「待て、オレも行く。お前との一騎打ちの決着がついていないどころか、横槍を入れられた。それに、あの男には個人的な借りもある」


『……断る。そもそもアルベルトよ、貴殿は我との一騎打ちの間、そこの鉄塊を振り回し続けたことで酷く疲弊している。今出ていっても邪魔にしかならん』


 ベアルの冷淡な言葉に突き放され、アルベルトは眉間にしわを寄せて俯く。だが、その手を離すことはなく、一層強く握りしめた。


『……まったく、阿呆ばかりの敵に加えて、ここにも阿呆がいるとは、まるで笑えん』


 またしてもベアルがその場にひざまずくと、地面に右手を添え、錬金術を発動した。


 体を起こしながら右腕を引き上げると、大地から長大な剣がせり上がる。


 それはアルベルトの相棒と似た形をした両手剣だ。


 ベアルにそれを手渡されたアルベルトは、不意に不信感を剥き出しにした。


「なんだこれは――軽すぎる。こんなもので戦えというのかッ?」


 押し殺したような怒声を浴びせられたベアルは、呆れたように首を横に振った。


『まったく、どこまで阿呆なのだ。いいかアルベルト、その剣が軽いのではない。貴殿の持っていた剣が、人知を外れた重量を誇っていたのだ』


「だが、お前もあの剣を持っただろう? あのくらい持つことなど、おかしいことはでないはずだ」


 真面目な面持ちで言いのけたアルベルトの背中を、ルナが二度、軽く叩く。


「そりゃ、ベアルは悪魔だからに決まってるじゃん。それに見てたでしょ、あの剣が地面にめり込むの。普通あんなことなんないから」


 ルナの言葉に、ベアルもマリアも同意の仕草を見せた。アルベルトは信じられないという風に顔を引きつらせる。


『それでは、我が弓兵と魔導士を討つ。アルベルト、貴殿は戦士を――む』


『……私が弓兵と魔導士をやるから、アルくん、戦士をお願いね』


 か細い少女の声が知的な悪魔の声を遮り、それぞれの役割を告げた。


 するとルナがマリアに詰め寄る。


「マリア、あたしは? あたしはなにをすればいい?」


『ときにルナよ、貴殿はなにができるのだ?』


「あたしは……ベアル、あんたと同じだよ。錬金術を使える」


 ルナは持ってきていたバインダーもとい錬金術の書をベアルに見せつける。


 ベアルの表情を読むことはできない。だが、その身持ちはあからさまに硬くなった。


『……ふん、まぁいい。ではマリア、アルベルト。貴殿らの武運を祈る』


 ベアルが土の壁に手の平をかざすと、轟音を上げて外側に爆ぜた。


 土煙が立ち込める中、マリアが先んじて外に飛び出す。遅れてアルベルトもまた、威勢の良い雄叫びを上げながら戦いに身を投じていった。


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