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偉丈夫、紅き悪魔との一騎打ち、その前夜


「黙れ! それほど弱いと罵るなら、このオレと勝負しろ! 一騎打ちだッ!」


 メルチェナリオ本部にある会議室から、一帯に轟くほどの怒声がこだました。


 アルベルトは激憤を露わにしては、胸元で腕を組んで涼しげに佇むベアルを睨みつけている。


 アルベルトが傭兵斡旋団体『メルチェナリオ』の一員となった後、マリアは新人傭兵とルナを連れ、とある会議室へと入った。


 受付があるホールでは落ち着かないことと、成り行きで紹介するに至ったとはいえ、どうしてアルベルトが傭兵を志望した理由を聞きたかったからだ。


 そこでアルベルトは一つの躊躇いも見せることなく、ガイン村から来たこと、妹が帝国に捕らわれており、もしかしたらアルヴァ砦に収容されているかもしれない、そこでアルヴァ砦を攻めるなら、傭兵になるのが一番早かったことを伝えた。


 するとマリアがなにか考え込むように俯くと、背後に立っていたベアルが口を挟んできた。


『貴殿、勇ましいのはいいが、仮にアルヴァ砦攻略戦の招集がかかったとして、そんな力量で参加できると思っているのか?』


「なに?」


 アルベルトが眉をつり上げる傍ら、ベアルは依然として冷淡さを見せる。


『かの酒場と路地裏での醜態から察するに、貴殿は傭兵――いや、一つの村の戦士として、まともな力量など持ち得ていないのではないか? と言っているのだ』


 ベアルのこの言葉にアルベルトは憤慨し、一騎打ちを申し込む怒声を放ったのだ。


「ちょっと、あんたバカじゃないの? さすがに悪魔相手じゃ分が悪いって」


 ルナがアルベルトをなだめているのと同様に、マリアもベアルと顔を見合わせ、意識下の疎通でなにかを訴えている。


「そんなにオレを侮辱するなら、一度くらい手合わせをしてもいいだろう? なぁ、紅い悪魔?」


 アルベルトの声は低く抑えられているものの、ベアルに対する態度は変わらない。


 対するベアルはマリアを手柔らかに押し退けると、アルベルトに差し迫った。


『いいだろう。ならば、明日の朝、王都郊外、南にある森の入り口まで来い。南門を出てまっすぐ、道なりに歩けばいずれ着く。さすれば貴殿との一騎打ちを受け入れよう』


「明日の朝、南の森の入り口、だな。あぁ、分かった。お前こそ逃げるなよ? オレはお前に打ち勝ってみせる、絶対にだッ」


 アルベルトが無事に傭兵となったと思えば、早々に面倒な展開になった。

ルナは頭を抱え、低い唸りを漏らす。


 マリアもまた、ベアルが無用なことをしたと、嘆くように肩を落とし、ため息を吐く。


 メルチェナリオを出たルナとアルベルトは、王都で比較的安価な宿屋に足を運んだ。


 アルベルトはルナと同室で寝るのにはやはり抵抗があるらしく、ベッドが一つ設けられた部屋を二つ借りることとなった。


 あたりはまだ完全に闇に包まれておらず、寝るには早すぎる。


「ねぇ……夕飯、まで時間あるでしょ? どうする? 王都でも見て回る?」


 アルベルトの部屋の扉をノックし、ルナが尋ねた。一瞬の沈黙の後、ゆっくりと扉が開かれ、両手剣を持ったアルベルトが出てきた。


「剣なんか持ってどーすんのよ?」


「決まっている。明日に備えて、軽く振っておくんだ」


 ルナの返事を待つことなく、アルベルトは険しい表情のままに廊下を進んで階段を下りていった。


 宿の部屋にこもっていても、特にすることはない。かといって王都を見て回ろうにも、土地勘がないルナは迷子になりかねない。


 ルナは渋々偉丈夫の背中を追いかけることにした。


 アルベルトが向かったのは、南門を出たところ、右側の城壁沿いだ。


 足を開いて腰を落とし、得物を両手で握って中段に構え、素振りを始める。


「あんたさ、本気でベアルに勝つつもりなの? 悪魔って言ってたし、なにしてくるか分かったもんじゃないよ? ――いや、マリアと契約してる分、変なことはしてこないかもしんないけど……うーん、複雑……」


「あぁ、マリアは、ともかく、として、たとえ、ベアルが、どんな、手段で、オレを、屈服、させて、こよう、とも……オレは、絶対、に、負けは、しない」


「その意気込みはいいんだけどね……よく解ってない相手と、なんの対策もなしに戦うのって、ただの無謀、じゃない?」


 ふと、アルベルトは筋肥大した太い両腕の動きを止めた。まっすぐに虚空を睨んだまま深呼吸を繰り返し、素振りを再開する。


「それは、ルナ、お前も、じゃない、か? 村で、蛮族、どもを、追い払っ、たとき、悔やんで、いただ、ろう? 帝国、が、どんな、存在、か、知って、いれば、ああも、悔やむ、ことは、なかった、だろう?」


「あー……うん、そだね。アルベルトの言う通りだよ。あたし、帝国のことなんて、ロクに知らないよ。人のこと、言えたもんじゃないね」


 アルベルトが素振りを終える頃、色鮮やかな景色は濃紺色に染め上がっていた。


 城壁の上で燃え盛るかがり火と、夜空に煌めく丸い光があたりを照らしている。


「なぁ、ルナ」


 王都に戻ろうとルナが歩き出したとき、アルベルトの押し殺したような声を聞いて足を止めた。


 振り返ると、屈強な長身がすぐ後ろに迫っており、些細な揺らめきも見せない眼差しが、少女の顔を見据えている。


「え、な、なに? 急に、どうしたっての?」


 明らかな動揺を示すルナの声に、アルベルトは淡々と言い放つ。


「オレは勝つ」


 至極端的な一言にルナは言葉を失い、アルベルトの真剣な顔を見つめ返す。


「あのベアルに勝ち、オレを弱いと言ったことを撤回させる。だから、ルナ、オレを――応援してくれないか?」


 ルナは二度三度目をまばたかせ、深呼吸の後、はにかんだ。


「はいはい、応援したげる。圧勝は無理だと思うけど、惨めな格好だけは見せないでよね?」


 アルベルトは目を丸くした後、ルナにつられるように和やかな笑みを浮かべた。


「あぁ、そうだな。戦士らしく、勇猛果敢な戦いぶりを見せてやる」


     *


 朝日が昇るより早く、ルナはアルベルトの慌ただしい声に叩き起こされた。


「もう、いったいなによ……」


「ルナ、行くぞ。オレがベアルに勝つところを見せてやる」


「あぁ……そーいえば、ベアルと一騎打ちすんだっけ」

 ルナは寝惚け(まなこ)で起き上がり、出立の準備をする。


 明け方にも関わらず、宿屋の食事処は開いており、二人は手短に朝食を食べ終える。


 宿を後にして南門を出ると、その先にあるであろう森に向かって道なりに歩く。


 ――なーんか、面倒なことになっちゃったなー……。


 ――どうした、なにか問題でも起こったか?


 ぼんやりしながらルナが心の中でつぶやくと、ゾルの声が脳裏に響いた。


 ――あぁ……そーだったね。あたしの心の声、だだ漏れなんだっけ。


 ――いかにも。とはいえ、意識的につないだり、()ったりすることはできるのだがな。


 ――えぇー……それなら早く言ってよ。てゆーかどーやんの、それ?


 ――うむ……多少の練達が必要となる。吾輩とは別の者を思い浮かべながら言葉を発してみるといい。


 ――ゾルとは別の……?


 ルナは宙に視線を泳がせ、そして前を歩くアルベルトの背中を凝視した。


 ――おーい、アルベルトぉ……アルベルトぉ……。ま、聞こえてないよね。


 ――だだ漏れだな。


 ――はあッ? ダメじゃん!


 ――先ほども言ったが、これには練達が必要なのだ。一朝一夕に出来るものではない。


 ――あっそ……。そいえばさ、ガイン村に傭兵さんたちが来たときだけど……あたしに『成したかったことがあったのだろう?』って聞いてきたじゃん? てことはさ、喧嘩して村から出てったとき、あたしが考えてたこと、全部丸聞こえだったわけ?


 ルナの問いかけに、突如としてゾルの言葉が途切れた。


 ――ちょっと、なんか言いなさいよ! 聞いてたの? どうなの?


 改めて問い詰めると、ようやくゾルが返答する。その声は、とても言いにくそうな、控えめな調子だ。


 ――うむ……丸聞こえ、だった。


 ルナはその場で立ち止まり、勢いよく頭を振り上げて空を仰いだ。


「ゾルのバァカッ!」


 唐突なルナの絶叫に、アルベルトが驚いて振り返ったのは言うまでもない。


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