第一話 少年と恩人
以前からタイトルだけは思い浮かんでいた作品をこの度書いてみました。勢いで書いているので遅筆になると思いますが、暇な時に読んでいただけると幸いです。
「ほれ、スーフォン行くぞい」
「はいよ。ジジイ」
「……まったく。その口の悪さは一体誰に似たんじゃろうな?」
「ハッ! オンボロな一族の名が泣くなかぁ?」
「……オンバートじゃ」
「わかってんよ!? 俺はジジイと違って耄碌してないっつーの!」
「……やれやれ。こりゃあ、婿殿が手を上げるのもわからん話ではないわい」
呆れる老人の後を面倒臭そうについて行く少年。
だが、老人は気付いていた。口が悪いこの少年の根が優しいこと、それに口では面倒臭そうにしながらも内心は浮かれていることを。
「……何が起こるかわからんもんじゃ。それほど若様はこの子を魅了したということかいな」
少年の様子には触れないが、その原因となった人物に感謝の念を抱かずにはいられなかった。
街全体がまるで一つの建物に向かうかのように設計されたと錯覚したくなる屋敷。それがこの町の領主ルーベンス家の邸宅だった。
そこに慣れた様子で訪れる二人を出迎えたのは元気なスーフォンより小さな少年だった。
「スーフォン!」
「ぐぇっ!? ちょっ、おまっ……!」
「うわわわ~、や、やめてぇ~」
思いっ切り鳩尾にめり込んだ頭を引き剥がし、乱雑に頭を撫で回す。
その様子だけを見れば兄弟と見紛う光景だった。
「こりゃあ!! 若様にな~にをしておるかああああ!!」
もちろん、領主の息子にそんな真似をすれば怒られるのは必至。
それまでは孫の生意気さも受け入れていた老人が文字通り雷を落とす。
「うぎゃあああああ!?」
「うひゃあ~! す、すっごいですお師匠様!」
「ほっほっほ、そうですかな? では、もう一度……」
「ってめぇ、ジジイ! ふざけんな! 孫を殺すつもりかぁああああ!!」
煙を立ち昇らせながら憤慨するスーフォンはそのまま祖父に掴みかかろうとする。
「甘いわ!」
その手が届く前にスーフォンの足元に大人がすっぽり埋まるほどの穴が出現する。
「その手は喰らわん!」
スーフォンもそれは読んでいたとばかりに飛び上がり、思いっきり腕を振り抜く!
「~~~~~~イデェエエエエ!!」
「じゃ~から甘いと言うておろう? まったく学習しとらんではないか」
涼しい顔でのた打ち回る孫を見つめる老人、その前には目を凝らさなければわからない程度の半透明の膜が張られていた。
「どうですかな? 今回はこのように結界魔法のタイミングを覚えていただきたいと思っておりますじゃ」
「はいっ、師匠!」
頑張りますと興奮した様子の少年に向き直った老人は容赦なくスーフォンにさっさと起きろと鞭を打つ。
魔法の教師であるジンフォンとその孫スーフォン。
ある頃からスーフォンを魔法の教材代わりにするのが、当たり前になってしまっていた。ただ、これが生徒であるルイン・ルーベンスの受けが非常にいいのである。ついでに謎の頑丈さを持つスーフォンの耐久性を確かめるという役割も果たせて一石二鳥! ただし、危険なので一般の人には絶対真似をしないでくださいと締めくくるのも授業を始めるまでの流れだ。
「では、スーフォンよお主の結界を見せてみい」
「ジジイ……後で覚えてろよ?」
「さてのう? どっかの小僧が言うには儂は大分耄碌しておるらしいからのそんな些事をいつまでも覚えておれるかどうか」
「根に持ってんのかよ!」
「スーフォンがんばってください!」
「おうよ! 見とけってんだ!!」
ルインに声援を送られると途端にやる気を見せる孫にもしやこいつその気が……と若干引き攣るジジイ。別に珍しいことではないが、身分が下の者が上の者に懸想するのはマズイ。逆なら相手の身分次第でそれこそどうとでもなるが、下からは駄目だぞと……後でそれとなく注意をしておこうと心に誓うのだった。
「さ~て、ルインが見てるんだ! カッコ悪い所は見せられねえぜ!!」
もちろんのことだが、心配しているような思いは欠片も抱いていない。
かと言って、不敬に思われるかも知れない弟のように思っているのかと聞かれるとそういうわけでもない。近所の年下にもそれなりに慕われるスーフォンがただ一人ルインにだけ格段に態度が柔らかいことには人には言えない事情がある。
――それは二人がまだ生まれる前にまで遡る。
『ここは?』
今でこそスーフォンと呼ばれる存在は奇妙な空間で目を覚ました。
そこは黒いような白いような、明るいような暗いような、果てまで見えそうで逆に手元すら見えなさそうなそんな空間だった。
だが、何よりも奇妙に感じたのはそのことではなく、直前までの記憶との相違が激しかったからだ。
『俺は事故に巻き込まれてたんじゃなかったのか?』
記憶にあるのは旅行中に落盤事故に巻き込まれトンネルに取り残された記憶。そして、脱出のためにかなり無茶をしていたという記憶だった。
【――その通りです】
疑問に思っていると、謎の声が答えをくれた。
『誰だっ!?』
【私は神です】
神を自称する声、平時だったら寝ぼけていると思うところだろうが妙に説得力があった。あるいはそれすらも神の力だったのかもしれない。
『神? 訳が分からねえ。俺はどうなった?』
内心の疑問に蓋をして、事情を尋ねると神はあっさりとした答えを返す。すなわち、死んだと。
『死んだ、だと……!?』
【ええ。そうです。覚えていませんか? あなた方の最期の行動を】
『いや、言われればそれが一番ピンとくる』
そうだ。閉じ込められること約一週間。さすがに皆の体力も限界に近付き、諦めかけた時に行動を開始したのだ。
【それにしても驚きましたよ。まさか素手で岩盤を砕き、外に出ようとするなどとは……】
『神様でもあんな無茶はしねえってか?』
【そうですね。というよりも神は己の限界以上に挑戦するという気概がありませんから。ましてや成功の確率が極めて低い行動をやり遂げた上に不可能を可能にするなど……神ではあり得ない行動です】
『褒められると悪い気はしねえな』
【まあ、その行動が原因でこうして死んでいるわけですが】
『ぐっ……』
【どうですか? 今の気分は? 無茶をやり通して死んだ気分は?】
『あんた、性格悪いな』
【神ですから】
『そうかよ。だが、俺としては結構ハッピーな気分だぜ?』
期待に添えなくても悪いなと答える彼の顔に浮かぶのは確かに後悔を微塵も感じさせない表情だった。
【……まあそれについては神としてもお礼を述べねばなりません。あなた方のおかげで無駄な命が散らずに済みましたから】
『……ってことは?』
その言葉の意味が浸透するよりも早く、神が扇子を広げるとそこには「天晴!」と書かれていた。先程からちょいちょいこの神は鬱陶しさを感じさせる。
【あの事故で亡くなったのはあなた方ふたりだけした。よかったですね。たった二つの命で十倍以上の命を救えたのですから】
『そう、か――!』
その時になってようやくだった。
何故忘れていた?
何故気付かなかった?
忘れてはならないはずの大切な疑問を思い出した。
『おいっ! あいつは、先行はどうなった!?』
そうだ。
トンネルを壊すと提案したのは自分だ。だが、それには協力者がいた。常に自分を見張るように行動し、対立していた存在が。唯一諦めるのではなく手を貸してくれた存在が……!
【言ったでしょう? 二つの命が失われたと。一つはあなた。そうなると残るのは?】
『死んだ、死んだっていうのか?』
それでは自分が殺したのも同然だ。自分に付き合わせて死なせてしまった。
無茶の代償は唯一認めていた相手の死だった。
【それでは本題に入りましょう】
『……本題?』
のろのろと顔を上げると神は微笑んでいたように見えた。
【神が死んだと伝えるためだけにわざわざ出て来たと思いますか? 私はあなたにお話を持ってきたのです】
『……なんだってんだ』
【ええ、実はですね。徳を積んだ魂はその分の褒美を与えるのが決まりになってまして】
『徳?』
【あれ? 上手く伝わってませんか? ……ううん、そんなにショックだったってことですかぁ】
何やらぶつくさ言い出した神だが、そんなことはもうどうでもよかった。
喪失感が強すぎて生きる望みが絶たれた気分だった。……実際、もう死んでいるわけだが。
【徳というのは簡単に言えば、良い行動をしたということです。今回なら自らの命と引き換えに他者の命を多く救ったことが徳になります】
『ハッ、あれっぽちでかよ。神様もいい加減だな』
【もちろん、一度きりで徳は溜まりませんよ。一度ですべての徳を集めようとすれば最低でも万単位の命を救う必要があります】
【さて、ここで問題になるのはあなたが徳を積むまでの行動です。心当たりはあると思いますが、結構荒れてますよね?】
「まあな」
思い返せば何が不満だったのか喧嘩に明け暮れる日々だった。
歳の近い相手もいれば、幼い子供にも暴力を振るったし教師にだって平然と噛み付いた。
そうすると大抵の教師は腫れ物に触るようにこちらに関わらなくなったが、死んだ教師だけはその拳でもって応えたのだ。だからこそ、認めていた。
【そこであなたにはもう一度人生をやり直してもらいます】
『は?』
【徳を積めば通常は生まれ変わって今回よりも良い人生を送るのですが……あなたの徳ではそれほどの功績にはなりませんでした】
喧嘩と命を救ったことに対するバランスが取れていないような気がするが、悪い噂は広がりやすいということだろう。
【そこで記憶を持ったまま、人生をやり直してもらいます。と言っても、朧気な記憶で性格が変わらない程度の物ですけどね?】
『それって意味あんのか?』
【もちろんです。そうすれば公平な査定が出来そうでしょ?】
この神、段々と胡散臭さが滲み出てくる。
【それに、あなたにとっても悪い話ではありませんよ?】
『どういうことだ?』
【魂って死んだ場所や時間が近いと大体同じ場所に飛ばされるんです。まあ同じ場所って言っても同じ世界ぐらいの感覚ですけど】
わかりやすく言うと地球の日本、東京の渋谷などのような感覚らしい。それは十分遠いと思う。
【ただ今回は死亡時刻も場所もほぼ同じですからね。同じ町に生まれるぐらいにはなるんじゃないですか?】
ないですか?っていい加減な。
『何が言いてんだ?』
【つまりですね、あなたが巻き込んでしまったと思っている彼。彼の魂はかなり近い場所に転生するということですよ】
『!!』
【それでいて、あなたは記憶がある。お分かりですか? 恩返しのビッグチャ~ンスで・す・よ?】
『わかった! その話引き受けた!!』
【は~い。お一人様ごあんな~い】
『ちょっ!? いきなりかよー!!』
【あっ、ちなみに生まれ変わるのは地球じゃない異世界ですからね~】
『はぁっ!?』
【それはこっちの都合ですけど、お詫びというかサービスでもし彼に会えたらわかるようにはしておいてあげますよ~。お礼なら気にしなくっていいですから~】
『ふ、ふざけんなああああああ!!』
こうしていい加減な神によって異世界に転生を果たし、スーフォンとして生まれ変わった。
つまり、ルイン・ルーベンスこそがスーフォンの前世の恩人なのである。
まさか、前世の脂ぎったゴツイおっさんが年下になっているとは思わなかったし、わかるようにするというのが初対面の喧嘩で相手が使った動作をすることだとも思わなかったが。
つまりそう言うわけで、スーフォンはルインに恩を返そうとしていた。地球での記憶というモノはほとんどなく、実際はスーフォンとルインという別人同士だがそれでも魂に恩返しが刻み込まれていたのだ。
「今日こそはあいつに良い所を見せてやる!」
こうして前世喧嘩早かった人間は魔法を使える異世界に生を受け、無意識の恩返しを始めるのだった。
「そのためにはジジイに特大の魔法をぶちかましてやるぜ!!」
――昔だったら、手が出てた。
――今だったら、魔法が出る。