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プロローグ 妄信
春の雨は、生暖かく、気味が悪い。
ずぶ濡れの身体を這わせて、数えることも忘れるほどに繰り返したことを何度も行う。
抵抗があったのも昔の話。今では嫌悪感すら摩耗した。
それでも、足りない。
「まだ、もっと、もっとだ」
肉を胃に詰め込み、血で喉を潤す。
記憶は戻らない。心は以前として暗闇の中だ。
それでも彼女は信じた。いつか、自分の記憶が戻るということを。自分にも、人であった過去があったということを。
有るか無いかもわからない記憶を取り戻すこと。もはやそれ以外に、生きる意味はなかった。