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白き忌子の勇者譚!  作者: オッコー勝森
1-1 「白い忌子」
9/111

1-1-7「少女は、誇る」


「それは、『珠光球』か・・・? だめだ、使っちゃ!」


 突然、誰かが声をかけてくる。


「村長!」

「無事だったか! 逃げるぞ!!」


 手を取り、鬼気迫る様子で逃亡を促す村長。

 逃げる? でもそれじゃ・・・。


「嫌! 子供たちを見捨ててなんかいけない!」

「馬鹿、この変態! 状況が分かんねぇのか! 俺やお前がどうにか出来る状況を超えてるんだぞ! ・・・いいか、俺が会った生きてるやつは、お前が最初だ。他の村人の生存は、絶望的なんだよ! 行くぞ!」


 村長は、無理やり私の手を引っ張る。肩が痛い。

 走り向かうは、村に隣接する森とは反対方向。魔物は、森からやってくる。


「村長、お姉ちゃん! 助けて!」


 右側に、魔物によって無惨に壊された家。そのすぐそばから、助けを求める子供の声。昼間、魔法について聞いてきた子だ。

 私はすぐ行こうと反応するが、村長は手を握る力を強くして拘束し、自らの逃げる足を止めなかった。



「離して、離せぇぇ!!!!!!」

「だめだ、絶対だめだ!」


 後ろを振り返る。ちょうど魔物が子供を捕食する光景で。その断末魔、絶叫する声が辺りに響いた。

 あまりの絶望から、眦が裂けるほど目を見開いて。叫ぶ。


「嫌あああああ!」

「耐えろ! 耐えてくれ・・・。これは俺が悪いんだ」


 こんな状況なのに、村長はブツブツ呟き始める。


「俺が、不用意にあんな大規模な魔術を使ったから・・・。何で、俺はあんなことしたんだ? ここは辺境だぞ? 精霊に魔物が吸い寄せられるくらい分かるだろう? 八年前に発見されたばかりじゃないか・・・。本当に、何でだ? 記憶が曖昧だ・・・、俺は正気だったのか?」


 そして、魔物がどこにでもいるこの環境下、突然足を止めたのだ。全速力で走る勢いのまま、村長にぶつかってしまった。


「いてて・・・、村長?」

「アア・・・、俺ハ正気ダッタ」


 雰囲気が変わり、ぎこちなくなる村長の動き。振り向き、私を見下した(・・・・)

 目が、どこか虚ろだ。急な変貌ぶりに、驚きから口を開けざるを得ない。


「ココマデ計画通リニイクトハナ・・・。コレハ黙示録ノホンノ一部ニ過ギナイ」

「な・・・何言ってるの? 急に」


 雰囲気、性格、口調の不連続な変化に、戸惑い、狼狽する。


「分かんないよ、村長?」


 村長は、ニタァと笑った。


「サァ、オマエハ『教殿』ニ来テモラオウカ。ソシテ、『使徒』トシテ、ワレラガ主ニオ仕エスルノダ」


 誘拐発言をかましながら、よく分からない札を、取り出して。


「嫌っ、離して!」

「何ヲソンナニ嫌ガル? 『教殿』ニハ、オ前ノ大好キナ子供ガ沢山イルトイウニ」

「村をこんなにした連中のところに、行くわけないでしょ!」


 村長は、さらに口角を吊り上げる。


「強情ナヤツダナ。マァ、結局オ前ノ自我ハ無クナルワケダガ」


 勝ち誇った笑み。それを唐突に歪める。


「んがぁ!?」

「きゃんきゃん!」


 私を握る手を、犬に噛まれたのだ。あいつは確か、ケルヴィン家の犬?

 緩んだ村長の拘束を強引に振りほどき、全速力で走って一気に距離を開ける。


「待テ! ・・・、他人ノ体ジャ・・・、クソ、想定外ノ抵抗ダ、グレイブ・・・」


 しばらく、しばらく懸命に逃げて。疲れ切った私は「ここまで来たら大丈夫か」と、足を止めた。

 ふと、後ろを見る。

 標高が少しだけ高くて、でもちゃんと村の全貌が掴めた。

 多数の魔物が闊歩し、人間を喰らっている。

 三分の一位燃えているのは、私の「爆炎」のせいだろうか。これからどんどん、火は木造の家々の間で移ろい、すべてを黒に侵食するのだろう。


「村は、死んだ・・・・・・・・・」


 死んでしまった。住民誰もが予想しない方法で、ある日突然、ポックリと。

 私の村は、これで終わり。

 「永遠は醜し」の言うとおり、先祖の開拓した村は、永遠に残ってゆくことはなく。

 ここに朽ち果ててゆくのだ。


 終わりあれば、美しい?


 なんて、残酷な言葉だ!

 同時に思い起こす。魔術師の「卵」、まだ孵ってない私であっても、もうすでに「欠片」なのだと。この村のように、いつか終わりを迎えるのだ。

 そのことが怖くなって、滅びゆく私の村から目を反らし、下を向く。足元には、先ほど私を助けた犬がいた。


「付いてきたの・・・」


 犬は元気良く「きゃん」と鳴く。

 力なく「ふ・・・」と笑うと、行くあてもなくのそのそと、歩を踏み出した。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「だめだ。通行許可証も持ってない外部の人間を入れるわけにはいかねぇ」


 村から脱出してからしばらくトボトボ歩いた森の中、私は行商人を発見した。こいつの行き先は、売られる側としての人が住んでいる場所だろう。

 一先ず付いていくことに。

 しきりにキョロキョロして何だか挙動不審だったため、見つからないよう木陰から尾行。バレずには済んだ、のだが。

 行商人が村に入ってから三十分。

 漸く木陰から飛び出し、村の前で入れてくれるように頼んだのだが、どういうわけか入村規制が厳しい。私の村は、ここまで出入りは厳格じゃなかったはずだが。

 村長の方針の違いだろうか。


「せめて食料だけでも恵んでもらえないでしょうか」


 魔法で作れるから水に関しては心配いらないが、このままだと餓死する。何度犬を食おうと思ったか。

 ・・・おい、犬、こっちを訝しそうに見るな。


「んん・・・、いいけどなぁ・・・。その代わり今晩、相手してくれねぇかぁ? お嬢ちゃん、上物だからなぁ・・・。それで手を打とう」


 などと、自分のちょびひげと頬の古傷を撫でて、下卑た笑みを浮かべてくる。


「あ、ロリショタ以外は基本NGなので」


 気持ち悪さから盛大な金的を食らわせ・・・、気絶したのを見てから去って行く。

 再び野生の世界へ、と相成ったわけだが。

 本気で腹が減った。やばい。

 今歩くのは、森の獣道。無論、危険。だがいつまでも人の通り道を辿っていたのでは、食料など手に入りようがない。とりあえず、別の町村へ向かうためのヒントを得るまでの繋ぎとして、何か食べないと死ぬ。

 狩猟の仕方は知らないから、必然的に木の実の採集を試みる。

 食える、食えないの差は、一応魔法で農業を営んでいた身なんで、勘で分かる。

 ほら、甘い匂いを放つ実を生らす木を、早速発見した。あそこにも、また別の果実の木がある。どれも毒は無さそうだ。

 検分しながら先に進むうち、景色をそのまま写す、銀色に光り輝く波のない泉に辿り着いた。

 とても静かで、なんの気配も感じない。

 もう日も大分傾いてきている。このまま森を歩き続けるのは危険だ。


「今日はここで休むとしますか」


 比較的大きな石を見つけ、その上にコテンと座る。

 森の恵みを齧って、久々に甘味を楽しみながら、疲れた体に休息を与えるのだった。


 そして、夜。

 静かだった昼とは一変して、無数の虫が鳴きながら、ハーモニーとも不協和音とも言えない音楽を奏でている。

 さらに、光を発する虫が辺り一面に飛んでいて。


「幻想的」


 私は呟く。


「・・・あの子たちなら、こんな景色見たらきっと大はしゃぎね」


 眼に浮かぶ。けど、眼に映ることはない一幕。


「私がもっと、強かったらなー」


 ふと、考える。もし私が、子供達に見せるためじゃなく。

 子供達を守るために、魔法を練習していたら。

 あんなに生ぬるい生活を楽しんだりせず、もっと努力して。せめて一人ぐらいは救えただろうか。


「・・・そうか、もしもなんてないから、きっと永遠もないんだ」


 自分の手を見る。村長の魔法のおかげで、私の魔力の器は、格段に大きくなった。でも彼が言うには、あの魔法に呼び出された精霊のせいで魔物が誘き寄せられたって。

 グレイブ村長は、明らかに何者かに操られていた。それで、あんな愚にもつかないことをしてしまったのだろう。

 彼は悪くない。


 悪いのは私。


 魔物の恐ろしさを知っていれば、魔物が精霊に誘き寄せられることを知っていたら、私が「聖痕」を村長に見せなければ、そもそも私に「聖痕」がなかったのなら。


 私がいなかったなら。


 あの村に、父に、母に、少年少女に、その父母に。少なくとも明日はあったのだ。


「何だかなー・・・」


 犬が、何かを貪り食っている。鼠だ。

 犬がこちらを向いて、「いる?」と言うかのように首を傾げる。

 その様子が、またあの子達を思い出して辛くなる。

 いや、そんなに見たって一緒に食べたりなんかしないよ。それだったら君を食べた方が・・・。


「ああ、もう魔物に食べられた方がマシだ」


 そう言って、ヤケになって魔法を使おうとすると。後ろから、がさがさ、ドサッという音が聞こえてくる。

 何事かと思い、音源の方に向かってそっと行ってみれば、見たこともないほど透明感のある白い髪をした、小さい子が倒れていた。

 女の子かな?

 そして私は、天に向かって問う。


「もらっていいんですか?」



◯◯◯◯◯◯◯◯◯


【少女視点】


「以上が、私がここにいる顛末」

「・・・そんな、ことが」


 天使が、焚き火によってオレンジと黒に彩られる顔を辛気臭くして、俯く。


「だからさっき、躊躇なく魔法を・・・」


 そうね。もう魔物に喰われても、いいの。

 せっかく増えた魔力を使った魔法も、見せたい人たちがいないから。


「でも、魔物って、あれでしょ? 全然強くなかったよね・・・? みんなで力を合わせたら勝てたんじゃ・・・」


 私は溜息をつく。この子はすごく自分本位だ。

 それを分からせるためもあって、今の話をしてあげたのに。

 まぁ、分からない幼さも愛しくはある。


「いい? 普通の人は、魔物を一撃で殴り殺せる力はおろか、普通に魔法を使うことだって難しいのよ? みんな、非力。魔物に襲われれば、なすすべもなく喰われてしまう。人間で、しかもその年齢であれだけの力を持っている、あなたの方が異常、って見られるの」


 異常と言われて、天使は白い睫毛で彩られた目を、見開いた。「僕が『忌子』なのは、それもあるのか・・・」とボソり、かすかに潤んだ目で私を見つめる。


「でも、じゃぁ、何で。何であなたは、そんな異常な人間と、僕と、まだ一緒にいてくれるの?」


 ・・・ふっ。

 天使よ、愚問だぞ。

 笑って、答える。


「私は、私だって、結構前から、異常者、変態と呼ばれ続けてきたわ。・・・確かにね、私のことをそう見る価値観があるのは認めているの」


 自分の性癖を面と向かって語って、素直に受け入れられたことなど、一度もない。でも。


「でもね、私にとっては、これが普通。普通なんて、人によって変わるのが当たり前。いろんな普通があるから、私ですら堂々と胸を張ってられる」


 天使とおでこを、引っ付ける。

 そんな自分たちの姿が、焚き火に煌々と照らし出され。地面に一つ、長い影絵を描いた。

 目と鼻の先にある、不安そうな天使のお顔。彼の呼吸が、私の鼻梁をふぁさりと撫でる。

 この小さな子に、それなりに長い(・・)人生から得た教訓を一つ、教えてやろうじゃないか。


「だからあなたも、自分を異常と片付けないで。周りをちゃんと見て、自分を異常と感じる人がいるのを認めながら。あなたの普通(・・・・・・)を、誇りなさい」


 あなただって、普通の一部。

 だから、受け入れられる。

 あなたも私を、受け入れて。


 天使は、小さな口をぱかりと開き。

 芸術品のような顔を、驚きで溢れさせた。


 私のような考え方もあるって、少しは前向きになってくれたかしら。


「死んじゃ、ヤダ・・・」

「ん?」


 天使はさらに、目を潤ませて。


「村が滅んだのは、あなたのせいじゃない! 絶対違う! 全部『フラクタル』とか、『教殿』とか村長を操った誰かのせいだ! あなたは、利用されただけなんだ・・・」


 天使が精一杯叫ぶ。


「だから、ダメだ! 死ぬのは、ダメだ! 頼むから、僕を置いて行かないで・・・」


 ・・・。


「大丈夫。君を置いてはいかないわ。ありがとう」


 ありがとう。死ぬ理由を消そうとしてくれて。

 生きる理由を与えてくれて。

 天使を、邪な気持ちなく、抱きしめる。ああ、目から水鉄砲が・・・。


「・・・ねぇ、そういえばまだ自己紹介もしてないわ」


 完全に忘れてた。タイミングがなかったとも言う。


「私の名はミラージェ。ミラって呼んで」


 涙を、袖で拭く。


「それで、あなたの名前は?」


 その返答は、私には全く予想されないものだった。


「? 僕には、名前はないんだ」


 一陣の夜風が、私たちをさわさわ撫でて。

 焚き火の炎が、ゆらめいた。

 読んでくださりありがとうございます。

 少女・ミラージェは、ただのHENTAIではありませんでした。


 言い忘れておりましたが、誤字・脱字・語句の意味の取り違え・文法の誤り・内容の矛盾等ありましたら、感想欄でお伝えください。

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