1-1-6「少女は戦慄する」
「村長ー、来てあげたわよー」
「よぉ変態女、何だか随分上からの物言いだが、まぁ入れや」
夕方、約束通り訪ねてみれば、いきなり私を侮辱してくる村長。
手招きして玄関の奥へと向かう彼をジトリと睨みながらも、しぶしぶ付いていく。
「ねぇ、お母さんと?」
「・・・」
「深夜村長」
「俺の名はグレイブだ」
このグレイブという名の男は、村の出身ではない。
学院を卒業した、三十代のエリートおっさんである。
学院というのはこの国ハアレツブストにおける最高峰の魔術学校で、ただ「学院」と称される、由緒正しき場所である。入ることだけなら誰でも出来るが、卒業証書を手に入れるためのハードルは凄まじく高く、途中退学者は全入学者のなんと9割5分にも昇る。
難度が高いだけあり卒業者は社会的な地位を約束され、このおっさんも貴族出身でないにもかかわらず国家の官吏となって、若いうちの下積み期間としてこの村に村長として派遣されてきた。
もう三年目だ。
「あそこに座ってくれないか」
案内された部屋には、巨大な魔法陣が描かれた布が敷かれており。陣の真ん中に、椅子がポツンと配置。
「何する気? いかがわしい実験?」
は!?
もしや、私の幼生体趣味を更生させる気では?
「しねぇよ。今お前が考えただろう方に関しては、魔法を使わずにカウンセリングで、いつか必ず直してやる。息子が危険だからな」
心を読んだ? まぁ、やれるもんならやってみるといい。
私はいつでも待っているぞ、挑戦者よ。
「じゃあ、何するのよ?」
「『魔力増幅』さ」
「? 理論的には可能だけど、術式系統の煩雑さから、魔法陣と、呪文による精霊の補助の複合術式でも超高難度で、実質的に不可能なんじゃないの?」
「ふふふ・・・、ところがどっこい、この前『フラクタル』っていう研究組織の一施設に視察に行った時にな、さる素晴らしい資料を見せてもらったのさ。そこに、『聖痕』というのが体に浮かんでいる人間に関しては神の祝福を受けているかなんとかで、比較的簡単に魔力の増幅が出来ると記載されていた」
「せいこん?」
そりゃ、少年少女の観察には精魂込めてますが。
「ああ、俺も気になって見せてもらったんだよ。そしたらどこかで見たことあるなぁ、て。ほらお前、背中に丸っこい痣があったろ?」
「よく覚えてるわね。一回、消してもらおうとして見せたことしかないのに」
「結構特徴的だったからな」
そう、私の背中には、不思議な形をした痣がある。シンメトリーがあって綺麗と父は言ってくれたが、母が気にしたので、優秀な治癒魔法使いでもある村長に消してもらいに来たのだ。
結局消えなかったが。
「あのお前の痣。『聖痕』と、完全に一致してたんだよ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「・・・光の精霊よ、地に漂う力を集め、及び闇の精霊よ、我が円の中心に力を圧せよ。『魔力圧縮』・・・」
村長の口から次々と呪文が放たれる。今のは光と闇の混合魔術か。
へぇ、そんなのもあるんだ。
よほど集中しているのか、彼の額から汗がつぅーと流れ、顎から滴り落ちる。同時にこの部屋に、精霊たちが入れ食い状態で集まってくる。
魔法陣を構成する一本一本の線が、輝きを放ちだした。それはそれは、膝の上の幼女の笑顔に匹敵するかのような。
いや、おっさんの作り出した光って時点で大幅減点だわ。やっぱあの子の微笑みの方が光ってる。
「複合魔法、『魔力増幅』」
村長の姿が、眩い光に包まれて消えていく。いや、包まれているのは私か。その瞬間、体にドクンっと、大きな脈動が走る。
か、体の中に、何か、いや魔力が注がれている!?
「ん・・・」
何だか気持ちいいよぉ! これが、大人の快感なの!?
という冗談はさておき。光が収まり、「調子はどうだ?」とおっさんが聞いてくる。
私は手をグーパーさせ、「平気」と答えた。
「むしろ、調子がいいくらい。でも何だか物足りない」
「ふむ、好調だが不足感。一体どういうことだ?」
「なんか、本来の力の半分しかまだ取り戻せてない・・・・・・・気がする」
村長は、顎に手を当て、唸る。
「もしや、俺の組んだ術式では、『聖痕』の持ち主の潜在能力を完全に引き出せていない・・・? 要研究内容だな。今度『フラクタル』の連中に、もうちょっと詳細を聞いてみるか」
私の村の長は、優秀な魔術師だった。だからこそ出来た魔法だった。
「これで、用は終わりだ。悪かったな、呼び出して」
「そう思うなら、出迎えにあの子を連れてきなさいな」
「嫌だ変態。息子が汚れる。ま、今日はもう帰れや」
ゴキブリを見るような目で私を一瞥して、手をシッシッと動かしてくる。これは、人権侵害ではないだろうか。
「いつか、国に訴えてやる・・・」
「それはこっちの台詞だ。いや、割とマジで」
人権を回復できないまま、私は外に出て。
すると、目の前に広がるは。
恐ろしい何かによって人々が蹂躙される。
阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「・・・ハァ、ハァッ」
私は走る。地獄の中心へと。
「父さん、母さん!」
「ニクウゥゥゥゥ」
「ひっ!?」
いきなり化け物が、真横から噛み付いてきた。全身を硬直させかけながらも、何とか前に跳んで躱す。見ると、真っ黒なデップリした体型で、胴体に大きな口が開いていた。
頭、あるじゃん。
何で口がそこじゃないの?
こちらに向かって、ゆっくりと歩いてくる魔物。気持ち悪い、キモい!!
「わっ、えっと、火の精霊よ、憤怒を敵に与えよ。『爆炎』」
真っ白になる頭は、自分の使える魔法の中で一番威力の高いものを選択。ほぼ思考停止状態。
「ヒギャアァァァ!!???」
爆炎が命中した魔物は、焼かれて、苦しそうに呻きながら、近くの家に突進をかます。
当然、火は燃え広がり。一瞬罪悪感に怯むも、今はそれどころではない。
自分の家へと、一目散に駆ける。辿り着いた途端、ドアをこじ開け。
「うっ!?」
私の鼻腔に、咽せ返るような血の匂いが充満する。
「母さん!」
食卓の傍ら、そっぽを向いて倒れる母に走り寄り。
「え・・・」
あったのは頭だけ、だった。軽くなってしまった母を、私は無造作に掴む。
「ねぇ、母さん、体は、どこやったの? また物を失くしたの? おっちょこちょいだなぁ」
母は、恨めしそうな視線を虚空に送るのみ。
数秒間、その場を動けなかった。が、首を持ってない方の手で、自分の左頬を思いっきり叩く。
母は、死んだ。現実を見るんだ。
「父さんは・・・?」
望み薄と分かっていながらも、父を探しに二階に行く。
「あ」
家の中を徘徊していた魔物と、ばったり会った。
「ウマソウナ、ニオイ・・・? セイレイ?」
何となく分かる。こいつが、母を殺した化け物。これが、魔物というやつだ。ケルヴィンからパクった本に載っていた。体を、どうしようもない怒りが支配する。
殺してやる。
殺してやるうううううぅぅぅぅっっっっっ!!!!!
「・・・がああああぁぁ!! 火の精霊よ、憤怒を」
「セイレイダァァ! ゴチソウダァァ!」
「敵に与えよ。『爆炎』!」
私と同時に魔物も何か叫ぶ。呪文を唱え終われば、展開されるはずの魔法陣は。
「あ・・・あ、れ?」
現れない。
魔法が、発動しない?
「う、嘘」
この場に残されるは、私と魔物。
憎い、死んで欲しい・・・! でも、魔法の使えない私じゃ、こいつらの餌もいいところだ。
喰われる。全身の血が、サーっと引く。
恐れが、怒りに勝つ瞬間。
「い、嫌・・・、来ないで・・・」
魔物がじりじり、距離を小さくしていく、接近してくる!?
「火の精霊よ、憤怒を敵に与えよ、『爆炎』、『爆炎』『爆炎』! ・・・何で、魔法が使えないの!?」
泣きながら呪文を唱えるも、魔法が顕現することはない。理由は、実は分かっている。
「どうして、精霊がいないのぉ・・・」
媒介者が、いない。
「ウマソウ・・・、ホントニゴクジョウノニク・・・」
ふと、横を見る。
窓。
ここは二階。
いけるか? ・・・いける、やるっ!!
「死んで、・・・たまるかぁぁぁ!」
閉じた押し戸に突っ込んで、外に飛び出す。
「がっ」
何とか受身は取ったが、これは右手首をやったか?
動作確認。よし、動く!
「精霊の気配は・・・ある!」
だが、微弱だ。
・・・ケルヴィンから拝借していた「珠光球」を思い出す。
「これを使えば・・・」
乗り切れる、か?
重要情報:国の名前=「ハアレツブスト」