突撃!噂のあの人にインタビュー!!【後編】
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「先程はぁ、失礼いたしました」
所変わって、隠れ家のような静かなカフェテリア。
テラス席だけれど、隣席やら通り道やらからは植木で上手く仕切られていて、まるで個室のようだ。
辛うじて笑顔といった表情を張り付けた彼女が、席に着いたと同時にペンとメモを取り出しつつ、何かを区切るかのうように言った。
どうやら、新聞記者のお姉さんは復活したようだ。
死んだ魚の目から、一生水槽の運命を悟った観賞魚の目くらいになった。うん、よかったよかった。
それにしても、私ったら淑女だというのに、紳士の腕に抱えられたまま往来を歩くという恥ずかしい目にあったものの、温かいというには多少温度の足りない目で数多くの人に見られたものの、無事に目的地にたどり着いたようで、よかった……ヨカッタ……?
―――だめよ、ルルリーア。思い出しては駄目。
「?どうした、ルルリーア。熱でもあるのか」
「イイエ、健康デス」
うん、私健康だって、言ったよね?
なのに、なんで額で熱を計ろうとしてるのかなぁぁ???ライオネル様ぁぁぁ!?!?
「あのう……始めても、いいですかぁ……?」
最早この短時間で慣れ切ったと言わんばかりに、呆れに引き攣った顔で言う新聞記者の、えーっと、ヘレネスさん、だっけな?
私達のことを『ばかっぷる』とアイリーン様が言う時に、隣に居るソラン君に似た、そんな態度だ。
その単語の意味はよくわからなかったけど、言われた雰囲気からなんとなく遺憾である。
「ああ、もちろんだ。ルルリーアの熱はないようだしな」
「ダカラ、私、健康ッテ、言ッタ……」
ライオネル様に当てられた額と共に、何かを吸い取られたかのように、ぐったりとする私。
それなのに、俺に任せておけとばかりに、更に私をしっかりと抱え込むライオネル様。
違うのライオネル様、それ、逆効果なの……。
そんな私たちに付き合ってられないとばかりに、ヘレネスさんは非常に事務的な態度で進め始めた。
「では、一つ目の質問です。お二人の出会いは、いつどんな場所で、なんですかぁ?」
「ああ、ルルリーアの卒業パーティで、だな」
「え?あれ、出会いの内に含まれるの?喋ってもないし、私殺気ぶつけられただけなんだけど???」
「……は?殺気??」
ぽかんとするヘレネスさんを置き去りに、ライオネル様は懐かしそうに頷く。
「今にして思えば、あの時からルルリーアのことを、特別な存在だと思っていたのかもしれない」
「………殺気、ぶつけてきたのに?」
「………ぇえっと、出会ったときに、騎士団長閣下は運命を感じたが、ルルリーア様は殺気を感じていた…と」
いやいや、そんなちょっと面白い感じにメモしないでぇぇぇ!!!字面だけだと、そんな出会いで恋人になるなんて、私がマゾみたいじゃないか!!!
懇願虚しくサラリと書き終えたヘレネスさんは、嘘くさい笑顔で「ギャップ萌えってやつですね」と訳の分からないことを言い始めた。
訳は分からないけど、何かが違う気がする、と思う。
「そんなお二人が、親しくなるきっかけは何だったんです?……殺気浴びたのに」
「聞こえてますよ、ヘレネスさん」
「うーん、親しく……うーん」
「悩み過ぎですよ、ライオネル様」
「男女の親しい、とはどこからを指し示すんだ?」
ライオネル様から、酷く純粋な目で見られた。
そ、そんなの私だって分からないですよぅ……。
でも、そんな期待の眼差しで見られたら、応えるしかないじゃないか、と私の頭を捻り絞る。
とりあえず、ええと、ライオネル様への気持ちが変わった時、を思い出せばいいわけだよね?
「うーん、愚痴聞き係に任命されたときは『押しつけてきたな』って思ってたし、竜舞踏祭で花鱗の巫女に任命されたときも『押しつけてきたな』って思ったし、うーん、祭りでダドラ、じゃなくてドラゴンがぶつかってきそうになったのを、ライオネル様に助けて貰ったときは……」
「それ、それですよ!!やっぱり、ときめいちゃったりしますよね!?ピンチに颯爽と現れるなんて」
「うーん、助けてもらったけど、その後ドラゴンに乗っちゃったものだから、暴れられて目が回って一杯一杯で、止めてもらえてよかったーって印象が強くて他は…ってライオネル様!?どうしたんです!?」
私の後頭部に、ライオネル様の頭がこつりとぶつかった。
ワクワクから期待外れと表情をがらりと変えたヘレネスさんを放置して、ライオネル様に向き直る。
と、どうやら、私が話すにつれて、ライオネル様はどんどん俯いていっていたようだ。……ほんと、どうしたんだ??
「……いや……なんでも、ない……」
「全然なんでもなく見えないですよ!!ちゃんと言わなきゃわかんないでしょ!!」
「いや、その、あまり良く、思われていなかったのだなと……」
「―――まぁ、殺気スタートですもんねぇ」
「ちょっと黙っててください、ヘレネスさん」
ぼそりと余計なことを言うヘレネスさんを制すると、俯くライオネル様の顔をしっかり捕えて伝える。
「よく思い出してみてください、ライオネル様。ライオネル様だってその時は私の事、陛下の愚痴先の替え玉か、良くて面白そうな奴、くらいにしか認識してなかったはずですよ?その時はその時、今は今、ですよ」
「そ、それは――」
「ルルリーア様、そこは複雑な男心が」
「それもそうだな」「でしょー?」
「……もうやだ、このカップル」
流石だな!とライオネル様から褒められていい気分の私は、そういえばと質問を思い出す。
うーん、親しく、親しく、ねぇ……。
紅茶で喉を潤わせつつ悩む私につられて、ライオネル様も考え始めた。と、何かを思いついたのか目を輝かせる。
「親しみを感じたとき……そうだな!初めてルルリーアを迎えに行ったとき、あの見事な紅茶の吹きっぷりを見てからじゃないか?」
「ぶふーーーー!!!」
な、なんてことを思い出すんだ!!そんなこと言うから、また吹いちゃったじゃないか、ライオネル様め!!
不運にも正面に居たヘレネスさんにばっちりかかってしまったけれども、当然ながら恨めし気な目で睨まれてしまったけれども、まぁそこは、ほら、ライオネル様のせいだし?
彼女からは腕掴まれて半ば脅しみたいに詰め寄られたので、これで相殺、ってことでよろしく。
渋々といった雰囲気で押し黙ったまま、意外と実用的なハンカチで顔を拭きつつ、ヘレネスさんはまたペンを動かした。
「……ルルリーア様の、紅茶を吹き出す奇抜さがきっかけ…と」
「いやいやいやいや、そこ拾わないでくださいよぉぉぉぉ!!!!」
私はまだ、うんとも何とも言っていないのに、採用されてしまった。
だが、満足そうで嬉しそうなライオネル様を前にして、強固に否定するのも躊躇われる。……後でこっそり訂正しておこう。
「ええ、こちらも定番ではありますがぁ、お互いの好きなところって何ですぅ?……普通はもう期待してないんで」
「聞こえてますよ、ヘレネスさん」
「そんなの決まっているだろう」
今度は悩む間もなく、きっぱりと言い放つライオネル様。
「全部だ」
「あ、奇遇ですね!私も全部です!」
「……え、ここは普通のバカップル回答なの……?」
ちゃんと答えたというのに、まるでうっかり雪熊の巣穴に足を踏み入れてしまったが如く、後悔のにじみ出た顔をするヘレネスさん。えぇ??我が儘だなぁ、もう。
えーっと、一応取材なんだし、詳しく説明すべきだよね?これなら言えるし!
「えっとですねー、私にだけ特別な笑顔を向けてくれるところとか、まぁ普段の無表情もいいんですけど。あ、あと!見てくださいよ、この腕の安定感!めちゃくちゃ強いんですよ、ライオネル様は!!一緒にいると安心できるし、あとは…ってライオネル様?」
「………」
ずっと黙ったままのライオネル様へ、どうかしたのかな?と呼びかける。
いつもならすぐに返事をするライオネル様なのに、難しい表情のまま固まっていた。……え、何か不味いことでも言っちゃったかな?
当人から返事がないのならば、ここは第三者に頼ろうと、ヘレネスさんにひそひそと相談する。
「今のライオネル様の好きなとこ、駄目でした?私的にはいいところ上げたつもりなんですけど」
「いやぁ……別に、ふつう……不本意ですけど、普通だったんじゃないですかぁ?」
二人して頭を捻るもよい答えは中々出てこない上に、ライオネル様からの反応もない。
なんだなんだ?一体どうしちゃったんだ???
「えぇ……じゃあ、あれですよ、顔がかっこいいとかそういう、容姿を褒める系が必要なんじゃないですかぁ??」
若干投げやりなヘレネスさんの口調が気になるが、そういうものかなと考えてみる。……んん?
「……あれ?私、褒めてなかったですか???」
「うーん、笑顔を褒めた、くらいですかね?騎士団長閣下は美男なんですからぁ、そこを褒めた方が、いーんじゃないですかぁ?……バカップルめ」
「ふーむ……」
未だに納得はいかないものの、他に良い案もないことだし、物は試しだやってみよう。
ということで、固まったままのライオネル様の顔を改めてじっくりと眺める。
うーん、確かに美形だよね、ライオネル様。
羨ましいくらい鼻筋はすっとしているし、切れ長の目は薄青でキラキラしてるし羨ましいくらい睫毛長いし……羨ましい。
んん?容姿を褒めるときって、部分部分でいいの?それとも、全体の造形を褒めるべき???
考え出すと、何が正解かどんどん解らなくなってきた。どうしよう!!!
と、視界が小刻みに揺れ始めた。なになに、何事っ!?
急いで辺りを見回すけど、カチャリとも音を立てないテーブルに、椅子ごと後退りたそうな引き切った顔をしたヘレネスさんが居るだけだ。
―――でも、私は、揺れている。
再び見上げてみると、先程と変わらず固まったライオネル様が……あれ、ライオネル様も、揺れてる?
下を見てみると、私が座っているライオネル様の膝が、揺れていた。
……………なんで?
「ライオネル様?どうしたんです?」
「――してる」「ん?」
「我慢、してるんだ」「ん??」
口を開くのも難しいと言わんばかりの口調で、ライオネル様から告げられる。
何を我慢してるんだ???
「よく解らないですけど、我慢なんてしない方がいいと思いますけど」
「―――いいのか?」
「はぃ……いや、ちょっと、その我慢の内容を」「よし」
―――気が付いたら、空中にいた。
あれ、もしかして私、また放り投げられた?いや、でも安定感が、違うような???
そして、頭を頬ずりされてい……ライオネル様ぁぁぁぁぁ!?!?!?え、一緒にいる、どういうことぉぉぉぉ!?!?
「投げるのが駄目なら、一緒ならいいかと思ってな!」
「なるほど、天才ですね!!!!」
放り投げられた浮遊感とそこから落ちるヒヤッとする感覚が嫌だったから、これならまあいいか―――
と思ったのも束の間、にっこにこのライオネル様が、私を高く掲げたままグルグル回ったり、突如物凄い速さで上昇したり、低空で固定魔法陣を点在させてスキップしたり。
待ってぇぇぇぇ!!これなら、放り投げられた方がまだよかった、いや、王都の皆様、なんでもないんです、劇とかじゃないんです、拍手はいらないからぁぁぁ!!!!
ライオネル様の暴走を止めようと必死に試行錯誤していると、遠くに居るはずのヘレネスさんの声が、耳元で聞こえた。
「もう胸焼けが酷いんで、取材は終了ということで。ありがとーございましたぁ」
―――瞬間、ピタリと止まる。
……あれ?なんで私達、こんなところに、王都の空中に居るんだ???
私を抱えて走り回っていたライオネル様も、不思議そうな顔で立ち止まっている。
「なんで、ここに居るんでしたっけ?」
「―――いや、わからないが……」
朧気な頭の中から、ライオネル様と一緒に出掛けていた、という考えが唐突に浮かんだ。
あれ、そうだったっけ??カフェに一緒に居た、気もするけど……?
「一緒に、出掛けてましたっけ?」
「あぁ……その筈、だが」
ライオネル様も、不審げな様子で首を傾げている。
ですよねー、なんかこう、何かが欠けてる…足りない、足りない???―――これだ。
なんとなくわかった私は、自信を指に込めて、ばっちりとライオネル様へ示す。
「……これは、つまり」「つまり?」
「物足りなかった、ってやつじゃないですか!?だから、違和感があるんですよ!!」
「ルルリーア……」
目を見張って、ライオネル様が私をまじまじと見つめる。
「天才だな!それだな!」
「でしょう!!」
褒められて胸を張る私を抱えたまま、くるりと一回転するライオネル様。湧く歓声。―――かん、せい???
そろりと下を見ると、沢山の人が、集まっているぅぅぅぅ!?なんでぇぇぇぇ!?!?
次を期待するような騒めき、やいやいと掛けられる野次、商魂逞しい売り子が張り上げる声が、一気に耳に入ってくる。
全く気が付かなかった!!ど、どうしよう、ライオネル様!!!!
「よし、何処に行きたいんだ?」
―――少しも、気にしてなかった。
……いや、解ってたけど、解っていたけれども!!期待したっていいじゃないか!!!!
よし、もうこうなってしまったら逃げよう、下の騒ぎなど知ったことか。
そもそも、なんでこんなに人が集まってるのか、原因なんてさっぱりわからないもの!!
何処か、ここから離れたところ……そうだ!
「ライオネル様、郊外に確か、恋人同士で行くと幸せになれるという湖が「よし、行こう」…ハイ、行キマショウ」
食い気味で返事をするや否や、ライオネル様は今より高い位置へ駆け上がると、あろうことかスキップ混じりで翔け始めた。
その勢いたるや、あっという間もなく、群衆も広場も彼方後ろになっていく。
風圧が!!!!ライオネル様のマントにくるまれて大分減ってるはずの、風圧で身動きが取れない!!!
「ゆ、ゆっくり、ゆっくりでぇぇぇお願いしますぅぅぅぅ!!!!」
―――後日、受けた覚えのないライオネル様と私の取材記事が、新聞に掲載された。
不審、を通り越して警戒するサラと王弟殿下に問い詰められたけれど、ライオネル様も私も、身に覚えがないので、自信満々で全くわからないと答えた。
その時の部屋は、とっても寒かった、とだけ述べておこう。
ライオネル様との出会いやら互いの印象やら、やけに詳しくて少しぞっとしたなぁ。
記事を書いた記者にも話を聞いたらしいけど、書いた覚えがないらしく、事件はサラには珍しく迷宮入りすることとなった。
喧嘩を叩きつけられたダークドラゴンと邪神様って、こんな顔するんだね。シラナカッター。
心配された私は、自動発動に進化した『よぶよぶ君』を追加で3個、説明されたけどよく解らない魔法の込められた魔石達を、首からじゃらじゃらつけることとなった。
めちゃくちゃ、めちゃくちゃ、重い。
―――まったく、誰なの、あの記事書いた人ぉぉぉぉ!!!!
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「―――うっぷ、まだ胸焼けしてるわぁー」
むかむかする感覚を早く消し去りたくて胸を何度か擦るも、なかなかすっきりとしない。
ああ、酷い目に遭った。
「あれが、ココでの『選擇する者』ねぇ……」
彼女は、随分と稀有な『普通の人生』を選んだものだ。
もっと波乱万丈愛憎血みどろな物語を期待していたけれど、まあ、これはこれで面白いか。
ふわりと浮いた彼女は、その姿を徐々に溶かしていく。まるで、存在しなかったように。
「それじゃあ、次に、行きますかぁー」




