表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/86

11話

 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 ぽたり、と騎士団長の指先から、赤い血の雫が垂れる。

 分厚い騎士服ではない、薄い白いシャツが至る所で赤く滲んでいた。


 ―――怪我、してる。


 あの『堕ちた英雄』に相対したときでさえ、ほとんど血も見せず平然と動き回っていた、あの騎士団長が。

 額から流れるそれを拭う素振りすら見せず、平然とこちらへ歩み寄る。が、ピタリと動きを止めた。


 ちらりと私を見、唐突に天眼竜に向けて剣を構えた。


 ―――重苦しい威圧が満ちる。



「彼女に何をした」



 天眼竜様はその圧を心地よいもののように受け止め、微笑みを浮かべながら騎士団長へ答える。



《彼女がここに馴染みつつある、それだけだ》



 簡潔に述べられたその答えが気に食わなかったようで、騎士団長は全身に緊張を漲らせて答えを跳ね除けた。

 それを不快に思うこともなく、天眼竜様はむしろ気に入ったように笑みを深めた。



《そう撥ね退けるでない。そう、そなたは半分我らであったな。――共に来るか?》

「断る」



 騎士団長にとって、重要であるはずの出生の秘密が垣間見えたはずなのに、即断する。

 そして、燃えるような圧をこちらにも飛ばしてきた。


 ―――今の私でなければ、世界からの情報量に包まれていなければ、気絶してもおかしくない程、濃密な魔力による圧だ。


 それを浴びても、表情を変えなかった私を見て、今にも斬りかからんばかりの形相になる。



「――共に行けば、ルルリーア嬢は元に戻るのか?」

《それはないな。この場に居る、という選択をすれば、この彼女を選択するということに他ならぬ》


「………なんだ、それは」



 話にならんとばかりに、吐き捨てる。

 剣先を下ろすと、鞘には納めないまま、つかつかと私の方へ歩いてきた。


 私から数歩のところまで近づき、騎士団長は私の目を真っ直ぐ覗き込む。

 その彼へ視線を返すと、彼は舌打ちせんばかりの顰め面になった。



「……この人形のようなのが、ルルリーア嬢だと?」



 食いしばった歯の隙間から、唸るように言う。

 それに対して、否定も肯定もしない私に、顰め面は更に増していく。



《其方の知っている反応ではないだけで、彼女は彼女だ。そして、選ぶのは彼女だ。我らはそれを受け入れるだけよ》

「………」



 天眼竜様の声を聞いているのかいないのか、騎士団長は無言でこちらをじろじろと見る。

 と、いきなり私の顎を鷲掴んできた。


 ―――頭の隅で、反射的に何かを言おうとして。


 それは無意味であると、止める。私と彼の身体能力の差は歴然。

 抗っても、それは彼にとって抗いにすらならないものだ。


 じっと、されるがままに彼を見つめると、騎士団長は行儀悪く乱暴に舌打ちをした。

 そして掴んだときとは対照的に、そっと手が離れていく。


 その顔は、どことなく、そう、拗ねている、ように見えた。


 ……どういうこと?この場で、世界の行く末を選択するこの局面で、何の気分を害したというの?


 解らず首を捻ると、何故か恨めし気な目で見てきた。



「………まさか、ヤツを選ぶつもりではないだろうな。ルルリーア嬢」



 なるほど、彼は少し勘違いをしているようだ。

 私が迫られている選択が、『天眼竜様』か『騎士団長』か、だと思っているらしい。

 ……なぜ片方が彼自身なのかは不明だけれど。


 ぽたり、とまた血が垂れる。

 額を見ると、いつもあるバンダナはなく、むき出しの肌がざっくりと裂けていた。

 痛そうな傷口だというのに、拭うことも抑えることもしない。


 ―――きっとまた無茶してここに来たんだろうな。


 衝動的に、彼に説明しなくては、と考えをまとめる。

 彼は勝手に来ただけなのだから、説明なんてしなくてもいい、のだけど。

 それに、説明をしたところで結果は変わらない、私は世界のためによりよい選択をするだけなのだから。


 未だ拗ねたような顔で私の返答を待っている騎士団長へ、のろりと口を開く。



「天眼竜様を選ぶ選ばない、じゃない。世界にとって良い選択をしなければならないの」

「??なんだそれは」



 心底わからないという呆れ顔をされた。

 世界の情報に触れられないと、説明は難しい。けれども、何故かそれを放棄する気にはなれなかった。


 だから、出来るだけ簡素にわかりやすく、彼に説明する。


 ―――選択されなかった過去について。

 ―――影響のあった未来について。


 そして、これからの選択によって広がる、未来について。



「……だから、私は世界のために、ここに残る方が良いから、わたしは」

「世界の、ため」



 探るように、問いただすように、騎士団長は繰り返した。



「理解は難しいかもしれないけれど、今後よりよい世界になるためにも、みんなのためにも――」


「みんな、とは、誰だ?」



 問い返されて、思考が、止まった。

 ―――そして、動き出す。……私は、間違っていない。私は。



「……もちろん、世界に生きる人々のことよ」

「顔も知らない、奴らのためにか?」


「違う、そうだけど、でも私の周りのみんなも、入ってる」

「そうか?ルルリーア嬢の友人の、サラ嬢に『連れて帰ってこい』と凄まれたが」



 まるで師匠の様だったなと、騎士団長はどこか虚ろ気な目をした。

 ちらりとサラの顔が浮かんで、押し殺す。――揺らいではいけない。



「…ちがう、それはサラが知らないだけで、サラの為でもあるから、だから」

「俺が此処にくるための準備を待っている間、ずっと横でソランが『無事に帰りつくための理論』を話していたぞ」



 半分以上理解できなかったがな、と、騎士団長は苦笑いを浮かべた。

 その様子がまざまざと目に浮かんで、分かって、出そうとした否定の言葉が喉に詰まる。



「というのも、横からアイリーン嬢がよくわからない単語で解説をいれるものだからな。聞き取れない上に混乱もした」



 定期的に涙声になるものだから余計にな……と、少し遠い目をする騎士団長。

 また、前世の単語使ってしまったんだ、アイリーン様。しかも、泣きながらなんて。


 ―――みんな、らしいなぁ。


 ぽそりと呟きかけて、慌ててかき消す。

 でも、駄目だ違うだって、わたしは、間違えちゃ、いけない。


 それ以上言ってほしくないのに、空気の読めない騎士団長は、続ける。


 大規模魔法陣を展開すべく、調整と情報収集をする王弟殿下とか。

 理論の違いにつかみ合いの大ゲンカをした、魔術師団長と部下のレナルドさん。に仲裁するかと思ったら乱入していくミシェルさんとか。

 何処から聞きつけてきたのか、帝国の大使から大量に送られてきたドラゴンに関連する資料とか。


 私は冷静に考えたいのに、理論的に答えを出したいのに、騎士団長の言葉でどんどん乱れて余裕がなくなっていく。



「ルルリーア嬢のご両親と兄上に、揃って頭を地につけられて『連れて帰ってください』と請われたときは、かなり焦った――」


「――わたしがっ!!!」



 もう、悲鳴を上げるしかなかった。

 心からじゅくじゅくと抑えきれない濁った感情が、溢れ出ていく。



「私が戻ったら、みんなが苦しむことになるからっ!」



 冷静さなど、保てるわけもなかった。

 瞼に浮かぶのは、選ばなかった過去の、サラの無感情の顔、ソラン君の絶望した顔、アイリーン様の諦念の顔。―――そして、騎士団長の、獣のような狂った顔。


 選択しなかった過去だとほっとしたと同時に、私の選択によって過去・・ことが、酷く恐ろしくなった。



「私がいると、選択肢が出来るから」



 絞り出すように言葉を零す。


 そう、私はもう、知らなかった私には戻れない。


 選択する者である私が、もしここで帰る選択をすれば。

 戻ったあの世界に、また岐路に立つような選択肢が出来て、そして、私の周りに居る人達に、一番影響がでて。


 ―――そうして出来たその選択肢を、もしも私が、間違えてしまったとしたら。



「だから、だから、私は帰れない、帰りたくない。そんな選択したくないっ!!」



 叩きつけるように、殴りかかるように叫んだその言葉は、酷く自分勝手だった。

 自分が間違えたくないだけの、ただの我が儘。


 世界のためにもなるのよ、だからあなたは間違っていない――そう、誘惑するように声が囁く。

 ああ、この声にゆだねていれば、私は冷静でいられたのに。私は迷わずにすんだのに。


 だけど、酷く身勝手で弱いこの気持ちが、騎士団長の所為で引きずり出されてしまった。

 八つ当たりのように騎士団長を睨むと、やけに静かな蒼い目に真っ直ぐ見つめ返される。



「―――そうか」



 そう、一言だけ呟いた。


 らしくないとか、その通りだとか、否定も肯定もされなかったことに、気づかず止めていた息を吐き出す。

 その隙間に、するりと騎士団長の言葉が、入ってきた。



「俺は、苦しんだことなどないがな」



 ―――きしり、とまた心が軋んだ。




 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 待ってましたぁぁぁ(TT) 待ってて良かったです; 早く団長さんと戻って欲しいです。 ルルリーアが可哀そうすぎて;; 続き、本当に楽しみしてます! 是非最後まで走って下さい!
[一言] 毎日毎日チェックしています。 毎日毎日これでもかと続きが欲しくてたまりません。 大変だとは思いますが、お身体ご自愛の上無理ない範囲で続きを綴って下さい。 騎士団長、かっこいい! リーア、こ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ