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10話

 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 ―――気が付くと、頬が濡れていた。


 重い瞼を閉じると、涙が溢れていく。


 退廃的なサラ、孤独になってしまったソラン君、絶望したアイリーン様、そして狂気に堕ちた騎士団長。

 見せられたそれらが、頭の中をぐるぐると駆け巡る。……これは。



《選択されなかった、未来だ》



 私が見つけられなかった言葉を、天眼竜様が声にして形にする。

 頭の隅から声が囁く――これは『私が』選ばなかった未来であり世界だ。


 とめどなく流れる涙の温かさを感じながら、私は見せられたこの未来を選ばなくてよかったと、心底安堵した。

 みんなが死ななくて、人のままでよかった、今まで正しい選択を選んできたのだと。


 なのに。


 囁き声だったものが、「本当に、正しかったといえるの?」と明瞭めいりょうな声で、私に問いかけた。


 ――彼ら以外の人は?国は?この世界にとって、本当に正しい選択をしたと言えるの?


 広い視野で見なくては、軽々に判断などしてはならない、そう冷静な声で。

 冷たくて無機質で、ぞわりと心が騒めくような、そんな声音だった。


 矛盾した二つの思考を内側に抱えたまま、天眼竜様を見る。

 私の視線に、天眼竜様は、そうさなと目を伏せて、言葉を続けた。


 それは、私が選ばなかった、あの酷い過去たちの続きの未来だった。


《世界の半数が滅ぶが、後に統一国家が誕生し、戦はなくなり栄華を極めることとなる。

 魔術師との亀裂が生じ、世界は科学へと方向転換し、更に人類が繁栄することとなる。

 民衆が立ち上がり、王政が廃され、世界初の民主国家として歴史に名を残すこととなる。

 血塗られた戦争によって、魔物は激減し、以降人類にとって安寧の時代となることとなる》



 そう言う天眼竜様の言葉を軸に、あろうべき未来たちの情報の渦が私を巻き込む。

 ―――様々な民族、種族が平等に行き交い、活気に満ち溢れた国。

 ―――天に届くほどの高い建物に驚くほど多くの人の波。

 ―――生き生きとした表情の人々が盛んに意見を語り合う姿。

 ―――低い城壁に薄い衣服の人々と美しい音楽に笑い声が絶えず聞こえる街。


 ……わたしが、選択しなかった、未来。


「ほら、これでわからなくなったでしょう?何が正しかったのか」と、嘲るような声が耳のすぐそばで聞こえる。

 私は、はっきりと否定できなくなっていった。

 声に出して言いたいのに、「それでも、みんなが無事でよかったんだ」と。


 纏わりつくような膨大な情報をかき分けて、必死に自分を保ちつつ考える。

 私の選択は、間違えていたのだろうか。

 そんなに、悪い選択をしてしまったのだろうか。



《選擇は善でも悪でもなく、未来を決める岐路に過ぎない》



 そう天眼竜様に言われても、恐れは拭えない――あぁいや、もう恐れているかすら、あやふやだ。


 私は。

 そんな選択をしていたなんて知らなかった。

 そんな未来を背負うなんて知らなかった。

 そんな――


 ――どうして、私なの?


 疑問を思い浮かべると、耳の奥で、クスリと無知を嘲るような笑い声が残る。

 のろりと天眼竜様を見上げると、憐れむような慈しむような、そんな目で返された。



《――世界とは、流るる川のようなもの。だが、無為に流れるままであれば、それは荒れ狂う只の力となってしまう。故に、分岐を選擇する者が選ばれるのだ》


 ……それが、私、なのだろうか。

 その『選擇する者』が必要なのは、分かった。

 この世界での、流れを選択していたのが、私であることも。…だけど。



 ―――どうして

「―――私なのかしらね?」

 


 もう囁きではない声が、私の口から聞こえる。

 は、声に出していないはずなのに。

 これは私、だけど、なら、選ばれなかった未来の私?


「さぁ、どうかしら」と、声は私の代わりに応える。まるで私であるかのように。


 戸惑う私を置いて、私はそのまま天眼竜様へ問いかけを続ける。



に教えてくれるかしら、私でなければならなかった理由を」



 まるで答えを知っているかのような私に、天眼竜様は口を開いた。

 私が産まれたその瞬間に、いや星が分かれたその瞬間に、私が産まれたことを。

 その瞬間に、流れを決める必然が私へと定着したことを。

 ……そんなの、まるで。



「偶然、みたいね?」



 只の確率、只の巡り合わせ、たまたま、私だったというだけなの?

 心の隅で、酷く小さな声が「私じゃなくてもよかったじゃない」と、吐き捨てた。


 その身勝手さがにじみ出る声色に、耳を貸したくなくて押し込める。



《……そして、其方そなた自身の、『選擇の路』を》



 その天眼竜様の言葉から、周囲がかき回され渦巻いてそして。


 ―――瞬きを、した。


 黒く包まれたダドラへ、手を差し伸べていた。

 居なくなってほしくない、帰ってきて欲しいと。

 伸ばした先から、ぞっとするほどの力が垂れ流れていき、そして私は―――死にたくないと、手を下ろした。


 ふつりと、力が私の身体にとどまる。後ろめたい安堵を感じつつ、空を見上げた。

 ……何もない、空を。


 薄くつながっていたダドラの感覚が消えていることに気付いて、広がる空を仰いで、驚き嘆き叫んで。


 そして、私は見慣れた天井を眺めていた。……私の、部屋だ。


 周囲を見渡せば、見知ったみんなが私を囲んでいた。

 ――ある人は表情を殺して、ある人は憚らず涙を流して、ある人は悔しさに顔を歪めて。

 そんな悲痛な空気だというのに、私は何故か満ち足りていて穏やかな気持ちだった。これでよかったんだと。


 僅かに残った力を振り絞って緩慢な動作で、周囲を見回す。あの、水色が見えない。

 冷たそうだけど本当は温かい、いつも助けてくれた、彼が。


 残念だなと溜息を吐くと、ころりと最後の命が零れ落ちた。もう瞼を開けていられない―――ごめんね、ちょっとだけ、眠るね。


 薄暗くなる視界の側から、誰かが私の名前を、呼んでいた。

 もう言葉もあまりわからないけれど、苦しそうで悲しそうで。



 ―――ゆっくりと、目を開く。


 最後の涙が押し出され、零れて消える。

 そうして、涙などなかったような乾いた目だけが残った。



《其方は人の子であるが故に、選擇は、その身に過ぎた》



 見返す目で、天眼竜様に問う。――これは、私の結末だったものだろうか。



《ああ、其方には、役割を果たし安寧の休息を得ることも出来た。……だが、其方は選んだのだ。細き道ではあったが、この道を》



 その言葉の裏を、他人事のような遠い視点で理解する。


 さっき私が観た光景が、一番良い人生の最期、選択だったようだ。

 頭の片隅で、誰にとって良いの、と疑問が浮かんで、そして消えていく。


 ―――そんなもの、世界にとってに決まっている。


 周囲に渦巻く波立つ世界の流れとして幾重にも重なった、選ばれた未来、選ばれなかった過去たちをなぞり、見る。

 膨大な情報の渦に放り込まれて、少しずつ私の何かが流れ出ていくのを感じる。

 それは感情か、心か、恐らく人である証かもしれない。


 構わず、見続けてくらりと眩む。


 それでも必要な情報をつまんで取り出して、私の結論が正しいことを知った。

 ――私はダドラを救わず、穏やかな最期を選ぶべきだったんだ。


 だがそれは、もう過ぎてしまった選択だ。だから、次の一手を考えなくては。


 脳内が酷く冷静に考え始める。そして結論は直ぐに出た。


 ―――私は戻るべきではない、と。


 戻れば、私はまた何かを選択せざるを得ない。それが、私の存在であるから。

 そしてそれが新たに分岐点を生み、私の存在が代償として消費され――そして、死ぬだろう。

 穏やかで安らかな死は恐らく望めない。

 ―――私がそれを、選択しなかったから。


 更に、流れる情報から読み取る。

 私が此処に留まる場合、人である私と竜である天眼竜との間に繋がりが出来る。

 それはかの世界に流れてゆき、魔術は飛躍的な発展を遂げるだろう。


 留まらなかった場合の世界の、荒廃した大地が、分岐として浮かび上がる。科学、が発展した世界だ。

 もちろんそうならない分岐もある。綺麗に整備された道に恐ろしく早く走る乗り物。争いのない平和な世界。


 けれど。


 見渡すと、荒廃した世界の分岐の方が多い。私が囁く、「合理的に考えたら?」と。


 そんなこと、言われるまでもない。結果は明白だ。


 ―――少しでもよりよい世界にするためには、私は戻らない方がいい。


 そう結論づけて顔を上げると、そこには竜ではなく人の姿の天眼竜様が立っていた。

 あどけない少年の顔に笑みが浮かび、ひらりと手を私へと差し出す。



《では、我と共に来るがよい。それが其方の選択ならば》



 その差し伸べられた手を取ろうと、ふらりと傾きかける、と。


 ―――世界に、亀裂が走った。


 音の無い振動が空間に響き渡り、周囲の世界を蹴散らしながら歪に裂けていく。

 そうしてひび割れたその隙間から、黒い影が物凄い速さで通り過ぎ、割る勢いで地面に落ちた。


 ゆらりと立ち上がった彼に、私はのろりと焦点を合わせる。



 ―――血塗れの、騎士団長に。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

「無事に、会えたかな……」

「大丈夫、だよ。きっと、二人ともすぐに戻ってくる」

「――戻ってきた時のお仕置き、考えておかなくちゃ」

「……いいね、それ」

「変な称号、増やすとか?」

「広場に銅像でも建てる?」

「――ふふ、リーアが嫌がりそうだわ」


消えた場所を見つめて、誰からともなく三人で手を握り合う。

――彼女が戻ってきますように。

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― 新着の感想 ―
[一言] そんなもん知るか! 私は私の求めるものを! それが正しい世界の選択ではないかと
[良い点] わーい!連続更新だ、嬉しいな。 [気になる点] 人の身で世界の情報……頭パンクしなくて良かったねルルリーナ。アホな選択してるけど。 [一言] ほらお迎え来ちゃったじゃないの、素直に帰りなさ…
[一言] この作品名を思い出すと安心して読める(˘ω˘)
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