8話
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「それにしても、さき、が、見えないなぁ……」
「きゅる?」
苦しさを紛らわすように、息と共に愚痴を吐き出す。
どうも……息も絶え絶え歩き続けている淑女、ルルリーアです……。
その私周りを、何の苦も無く好奇心いっぱいに飛ぶダドラに、優雅に身体をくねらせて滑るように飛ぶ金剛龍様。
……飛べるって、羨ましいナァ。
少し前まで、友人たちと和やかに相談会をしていただけなのに、何故に黒い塊に襲われなければならなかったのだろうか。
そして今、私はか弱くて平凡な乙女だというのに、何故にこんな真っ暗い空間の、全く先の見えない廊下もどきを、ひたすらに歩かなければならないのだろうか。
とっても大変だなー、歩くの疲れた、ような気がしないような気がするけど、ずっと歩いてるしすっごく大変だなー。
誰か、途中を端折って廊下を短くするとかなんとか、してくれないカナァー?
……頭上から感じる、呆れたような視線は、うん、無視しよう、そうしよう。
コツリコツリと足音を響かせながら、摩訶不思議な空間をひたすら歩く。
暇だからと四方に散らばっていく音の反響を辿っていると、頭が混乱しそうになって慌てて意識を逸らす。
転じた視点の先で、窓の外を見てしまった。
そこには、塗りつぶされたような平坦な白い光同士が渦巻いて弾かれて、そして吸い込まれていった。それが無数に現れ、また散り―――その様を見ていると、なんだか、くらくら、してきて。
《……あまり、其れを見過ぎるでないぞ。戻れなくなるでな》
「――ぅあっ」
金剛龍様の声で、我に返って、慌てて足元を見る。
………なんだか今、すっっっごく危なかった気が……。
一足遅れで、項がざわりと慄く。
あれは一体、何だったんだろう……??
《ふむ、今の現象は、そうさな、――の地平線から物質が放出される領域での。それらが――た結果により、ほれ今、対消滅したところじゃ》
音の無い衝撃が、窓の方から伝わってくる。ってよくその程度で済んだな……。
金剛龍様が言ったみたいな現象なら、私達のいる場所まで巻き込まれてもおかしくないよね。
………………ん?
んん??あれ?なんか、金剛龍様の言ってることが、微妙に理解できるようなそうでもないような……?
「きゅるぅ」
頭上を飛び回っていたダドラが、心配だと身を寄せてきた。
……え?なに?『ふらふらしてる、だいじょぶ?いっしょに飛ぶ?』っていやいやいや、こんな危険空間で飛ばないから、そっちの方がダイジョブじゃなくなるから!!!!
きっぱりと拒否の意を込めてダドラを睨むと、きょとんとした目を目があった。
―――そしてダドラが何かを理解する。
「きゅうっ!!」
「――っわ!な、なにダドラ!!ちょ、鱗がザリザリしちゃうから!!擦り擦りするのやめてぇぇぇ!!」
突然、ダドラが体当たりをするかのような勢いで、全身を使ってへばりついてきた。
いやいやいや、キミ、小さくなったとはいえ、小型犬くらいあるドラゴンなんだからね?そんな全身鱗で擦りついてきたら、私のやわはだ………あれ?痛く、ない?
べり、とダドラを引きはがす。上下左右ひっくり返してみても、ここ最近撫で慣れたダドラ鱗を確認してみる。
……撫でた感触は今までと変わりないように思えるけど、いや、何か違和感が?
なんだか、触れた気配だけするような、触れた記憶をなぞっているような、そんな―――
《……だから、あまり深く考えるなと言うとるに。容を保てぬぞ》
―――思考が、引き戻される。
途端に、ぞわりと恐怖が押し寄せてきた。
………大丈夫大丈夫、ダドラを持っていた指の輪郭が、ちょっとぼやけてたナーとか、そんなことはそう、気づいてないったらない。
―――ここ、ヤバイな。長くいたら、ヤバイ。なんだか理由は明確に出来ないけど、とにかく、ヤバイ。
ダドラを空中に解き放って、金剛龍様へと向き合う。
「金剛龍様!!!早く進みましょう!!近道行きましょう、そうしましょう!!!」
《……お主…そうか…本能は一人前じゃが……いやしかし、まだ希望は捨ててはいかんぞ?もしやすれば、なにがしかの才気に目覚めるかもしれんしの》
これ以上ない程の名案を献上したというのに、金剛龍様より非常に不本意な視線とオコトバを賜りました。……ナンデダロネ???
それらの受け取りを視線を逸らすことで拒否しつつ、歩を進める。
この黒い空間に来てからの、何処かのんびりした自分は吹き飛んだ。もうきれいさっぱりいない。いないったらいない。
これはもう、私の出来る限りの全速力で駆け抜けて、脱出を図らねば!!
決意を新たに、再び私の行く先である廊下の奥へを見据える。
…………………人間って、先が見えないと、やる気、なくしちゃうよね???
「………金剛龍様、その、この廊下って自動で進んだりとか《せぬぞ》――ですよねぇ……」
思いの外強く否定され、更にやる気が失われていく。――しかし本能は『早く脱出するが良し』と大声で叫んでいる。
そうして私は、やる気を振り絞るように息を吐き出して、全速力で走るべく、一歩を踏み出した。
―――お願いだから、目的地がすぐ近くでありますように!!!!!!
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―――王宮の正門と同じくらいの高さの重厚な門が、唐突にそびえ立つ。
「―――つ、着いた、の………??」
「きゅるぅ?」
果てしなく続くかと思われた廊下を走り続けること、体感何時間か。
途中、本能に逆らってもう歩いてしまおうかと思ったけれど、頭上からの『もう止めるのか?』と言わんばかりの視線が追い風となって、なんとか走りぬくことが出来ました。
その結果、淑女と言うには口篭もってしまう程の面相になってしまった。
……まあ!気にしない気にしない!!たどり着いたこと、これこそが肝心で全てなんだからね!!
整わない荒い息を諦めて見上げると、ずぅっっっと頭上を悠々と浮かんでいらっしゃる金剛龍様。
別に何とも思っていませんよ?いいなとか羨ましいとか乗せてくれないかなとか、そんなこと頭によぎったりなんて……そうか!!乗せて貰えばよかったんだ、失敗した!!!
《……其方、わらわが其方の思考が読めると、気づいておらなんだか??やはり其方、阿「ようやく、着きましたね!!ここで到着ですよね!?金剛龍様!!」……う、うむ》
この世は所詮勢い。そう、勢いで押してしまおう、何事も。
だから、諦めたようなドラゴンの視線とか、そういうのも、そう、勢いで!!流そう!!!
気を逸らして目の前に集中する。ようやく息が整って、周りを眺める余力が出てきたぞ。
見上げる程大きな扉の表面を、じっくり観察する。
……うーむ、この門、全面石造りですごく重そうだ。
よく見ると人と竜の綺麗な細工が全面に施されていてとっても繊細で、私の軟な爪ですらでうっかり傷つけそうだ。
そうしてじっくりと観察していると、扉全体が迫ってくるというか、二重に見えるというか、自分が二重になりそうで、思わず後ずさる。
走っているときは、あれほど早く進めとせっついていた本能が、今ではすっかりと鳴りを潜めて、何の頼りにもなりそうにない。
「……あの、ここが目的地で、合ってますか?金剛龍様」
肩回りを飛んでいたダドラを捕まえて精神安定のために撫でつつ、金剛龍様へ振り返る。
―――その時、初めて、壁も窓も消えていたことに気付いた。
左右に広がるのは、最初に見た黒い空間。流れで床を見ようとして、本能で思いとどまる。……見てはいけない、絶対に。
それまで背後に居た金剛龍様が、ダドラをきつく抱え込む私の横を通り過ぎ、扉の前へ進み出た。まるで門番のように。
―――ピンと、空気が張り詰める。
《此処より先は、人の子では届き得ぬ場。先には未来のみ、幾重にも分かたれる、選擇の場である》
慣れ始めていた金剛龍様の声が見知らぬ音に聞こえ、二重三重と折り重なり、あるはずのない空間に響き広がっていく。
金剛龍様に上から覗き込まれ、自分の存在の小ささに、堪らず足が震えた。
《さあ、選擇をするがよい、。――進むか、退くか》
問われて、金剛龍様の目に真っ直ぐ射貫かれる。そこには、さっきまでの揶揄いも呆れも何もなく、ただ私へ問いかけていた。
まるで、私が重大な何かを決めなくてはいけないかのように。
『選擇の場』って何?私は何を選ぼうとしているの?……何もわからない。
……全てが、恐ろしくて、逃げ出したくて、待って欲しくて。
頭の中で、不意に、「逃げてしまえば?」と浮かび上がってその言葉に戸惑う。
少し前まで単純に走っていた思考が、ごちゃ混ぜになって混乱する。あれ、私、なんのために、何をして。
その迷いにそのまま体が反応して、後ろへ一歩、下がりかけた。
――ルルリーア
呼ばれた名前に、はっと足を戻す。気付かないうちに、『退く』を選ぶところだった。
深く、息を吸う。落ち着け、落ち着くんだ私。
……なんだかよくわからないけど、絶対に流されて選択なんてしたくない。
正直、いきなりの展開で、頭の整理なんて追いつかないし、こんな重要みたいな選択を迫られるなんて、出来るなら誰かに相談したいところだけど、そうもいかない。
ここに居るのは、私とダドラと金剛龍様だけ。
進まないことを選択するのか、それとも進むことを選択するか。
進んだところで先は扉の中だ、そこに何があるかもわからないし、本当に帰れる保証もない。
かといって、留まって引いたところで、先程の場所に戻ったとして、帰りの入り口があるわけでもない。
……ん?ああ、なんだ。もう答えは出てたな。
ぐちゃぐちゃな頭をかき分けて、最後に残った、帰りたいという私の気持ち。
それを、金剛龍様へ伝える。
「――選びます。私は、みんなの元へ、帰りたい」
少し震えてしまった声と共に、一歩踏み出す。―――カツン、と妙に足音が響いた。
見上げた金剛龍様の目が、少しだけ優しく眇められる。
金剛龍様は、さりさりと鱗を擦り合わせながらその龍体を門へと近づかせる。と、すうと息を吸い込んだ。
―――それは、静かな咆哮だった。
形を成さぬその声は、静かに深く、空気へ染みこむように轟く。
ずしりと、自分の存在を問われているような重みが、全身を覆った。
へたり込みそうな足腰を叱咤していると、微かな振動が伝わってくる。
―――少しずつ、扉が開いていく。
重そうだと思ったらやっぱり重そうな扉だなんて、どうでもいいことを懸命に考えて、必死にこの場に飲まれないように歯を食いしばる。
僅かだった隙間はどんどん開いていき、やがて完全に開け放たれ、ピタリと止まった。
静寂が辺りに満ちる。
こ、これは、通っていい、やつだろうか……。
その扉の奥は、見えるはずなのに見えなくて、また余計な考えが頭に浮かんで慌てて振り払う。
気を抜けば退いてしまいそうな足を、気合だけで踏みとどまる。
門の前に居た金剛龍様が、するりとこちらに寄ってきた。……あれ?なんだか小さくなってない?
馬車と同じくらいの大きさだったその龍体が、私の腕でも抱えられそうな程の大きさになっていた。
「金剛龍様、その、身体が……」
《気にするでない。存在値が少しばかり減っただけじゃ。……元よりこれほど長く居座るつもりも、なかったでな》
『長く居座るつもりがなかった』ってそれは、私が龍紋を受け取ってしまったからだろうか。
どう返していいかわからなくて、そっと目を伏せる。と、ぐるると存外近くから音がした。
びっくりして顔を上げると、目の前に小さくなった金剛龍様の顔があった。
《気にするでないと言うとるに。……わらわは存外楽しめたでの。そなたの傍に居て》
楽し気な金剛龍様の声に、ほっとする。
そっか、楽しんでもらえたんだ、私の……んん??わたしの、そば、ってことは、ずっとその私の行動とかなんとかを見てたってことぉぉぉぉ!!!!!???
え、どれ、って、龍紋を受け取ってから全部かそうですよね!!!
帝国でのあれこれや辺境でのそれこれを必死に思い出していると、また、ぐるると楽し気な声と、きゅう?と能天気な声が聞こえた。
《ふふ、少しは気分がほぐれたかの》
そう言われて、肩の力が抜けていることに気が付く。
「ありがとうございます、金剛龍様」
ダドラもね、といつの間にか肩に寄り添ってくれていたダドラを撫でる。……うん、ますます落ち着いてきた。
相も変わらず、何も見えない、暗闇が渦巻いている扉の奥を見る。
まだまだ、この状況に頭が混乱してるし、崖っぷちに目隠しで立っているような不安と恐怖は消えてはない。
それでも進みたい、みんなのところに帰りたい――だから。
震える足を、震えたそのまま、扉に向かって踏み出した。
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※大変お待たせいたしました。そして、お待ちいただいた皆様、読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。
これから、シリアスパートになりますが、もう少しお付き合いいただければ幸いです。
※一方そのころ下界では…
王弟殿下「対策本部設置許可と予算をもぎ取ってきたよ」
サラ「人員確保と根回しは完了しましたわ」
ソラン「…そうか、この理論を応用して…」
アイリーン「うーん、それだとここに負荷がかかっちゃわない?」
魔術師団長「おいてめぇら、空間の楔の現状維持、気合入れてやれよ!…ライ、ちったぁ休めよ」
騎士団長「………」




