【閑話】どうでもよくなる少年は目指す
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必死でミシェルさんの手から逃れようとする彼女、ルルリーア嬢を見る。
そこにはあの時の勇敢な姿はなく、普通の少女が居た。
あれだけの立ち回りをして、あれだけのことを治めたというのに。
・・・膝の上にドラゴンを乗せている時点で普通ではないけれど、その光景が普通に感じてしまう。
---どうして、なんだろう。僕と何が違うんだろうか。
・・・それは、どれだけ彼女を見ていても、判らないかもしれないな。
そう、自然と口が緩んだ。
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僕は、魔物の危険と隣合わせの、この辺境で生まれた。
時としてドラゴンとも対峙する此処で、屈強な男たち女たちに囲まれて育った。
小さい時は、僕と同年代のみんなとの差は殆どなかったんだ。・・・ちょっと色が白いくらいで。
だけど、背も伸びて、肌もしっかり焼けて、みんな大人になっていく。
---なのに、僕だけ、白くて細くて小さくて・・・弱々しいまま。
母上は身体が弱く、もう次の子は望めないと言われた。
だから辺境伯家には、この辺境を庇護する辺境伯の跡継ぎには、僕しか居ない。
なのに、『ひ弱な跡継ぎ』『頼りない若様』『辺境の姫君』・・・他にも色々。
物心つく頃からそう影で言われ続けて、自信も矜持も、どんどん萎んでいった。
だから僕は、こんな僕が大嫌いになった。皆の期待に応えられない、こんな姿の僕が。
『・・・私は私のために、此処に居るの。だからそんなに感謝しないで?』
王都へ向かう途中、盗賊に襲われた時運悪く馬車ごと谷に放り出された。
母上をかばった父上が岩に叩きつけられそうになるところを、アイリーン嬢が颯爽とどこからともなく現れて、救ってくれてた。
怖くて恐ろしくて竦んで身体が動かなかった僕まで救ってくれた、僕よりもか細い彼女。
僕にとって、どれだけ感謝しても足りないことをしてくれたのに。
---アイリーン嬢は、小さな声で聞き取れなほど微かな声でそう言って、寂しそうに綺麗に笑った。
それが、とても美しくて、触れられなほど繊細に見えて、素直に憧れを抱いた。
僕のような凡人にはない、そう年も変わらない彼女の、才を持つ人間の、その雰囲気に呑まれる。
・・・ああ、彼女のように、謙虚に、でも強くなりたい。
そして出来れば、あの気高くて触れがたい、でも何処か影のあるアイリーン嬢の隣に立ちたい、とも思った。
それから、僕はアイリーン嬢に少しでも近づきたくて、必死で鍛錬した。
朝でも晩でも、雨でも晴れでも、暑くても寒くても。
『お前に此れを託せることを、誇りに思う』
そう言って父上は僕に『大槌』を渡してくれた。
我が辺境伯家に代々伝わる『大槌』を、辺境伯たる者が持つことを許された『大槌』を。
それを手にした時、その重みが酷く心地よかった。
此れさえあれば、僕にはない威厳や自信を補ってくれるに違いない。
・・・僕はまだ『辺境の姫君』のまま、だから。
それを機に、あの事件でぎっくり腰になってしまった父上に代わって辺境伯を継いだ。
まだ早いと言う声もあったけど、『大槌』を軽々と振るえば歓声を浴び、兵にも領民にも領主として徐々に認められた気がした。
---だけどやっぱり、僕は弱虫だった。
彼らが僕に、辺境伯として領主として丁寧に接する度に思う。
僕に笑いかけるその裏で、『大槌』がなければ只の小僧だと思われているのではないか。
僕に額ずくその下げた顔には、父上が居なければ嘲りの顔を浮かべているのではないか。
ではないか。ではないか。ではないか。
僕の姿形が頼りないから、いつまでも成長できないから、だから僕は弱虫で平凡で、人を束ねることも期待に応えることも、出来ない。
・・・・これでは非凡なアイリーン嬢の横に立つなんて、夢のまた夢だ。
出来なくちゃ、やらなくちゃ、応えなくちゃ・・でも出来ない、やれない、応えられない。ああ。
焦りだけが募って、僕は『大槌』を手放せなくなってしまった。
この『大槌』の重みがなくては、寝ることも食べることも出来なくて。
・・・こんな有様じゃ駄目なことは、僕だってわかってるんだ、だけど。
そんな焦る僕の前に、ドラゴンを従えたルルリーア嬢が現れた。
『竜騎士の花嫁』であり『救国の聖女』という、僕の渾名とは似ても似つかない、勇ましい二つ名を持つ女性。
てっきりアイリーン嬢のような凛とした女性か、噂に聞く右元帥左元帥のような女傑が来ると思っていた。
---彼女は、そのどちらでもなかった。
傑物特有の威厳や威圧感が、彼女から全く感じられなかったから、拍子抜けしてしまった。
ありふれた髪色と目、素朴な容姿。長旅に疲れた表情。
そんな、普通の少女のようなルルリーア嬢。
・・・ひょっとして噂が先行しているだけで、ルルリーア嬢は僕と同じ、なのかな??
彼女と一緒にいる面々とは全く違った。
滲み出る非凡さと荒々しい美貌に燃えるような赤髪のベザレル殿や、常に周囲へ探知魔法を巡らせている柔らかながらも整った容貌のレナルドさん、白銀の髪を靡かせて精密な防御魔法を張り鋭い美しさを持つミシェルさん。
僕みたいな貧弱な身体で平凡な奴とは違う、才のある人達。
そんな人達と比べてしまい、彼女にとても失礼な事を思ってしまった。
・・・でもそれは違うと、すぐに判る。
彼女が、父上に対しても堂々と振る舞い、ドラゴンも鮮やかに手懐けているのを見て、酷く暗い気持ちになる。
---ああ、彼女も、僕のような凡人じゃ、なかった。
重く肩に食い込む気がして、ぎゅっと『大槌』の柄を、強く握った。
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「ガァアアァァァアアァァァアッ!!!」
ルルリーア嬢のドラゴンが叫び、ドラゴンブレスを放つ。
僕はすぐさま障壁を展開して、その熱をやり過ごす。
それでも黒い帯は、こちらに向かってくる。
・・・此処数カ月間、かなり接近した辺境の調査隊には全く反応しなかった、黒い物体。
恐らく、ルルリーア嬢かあのドラゴンに反応しているのだろう。
予想外の動きをする黒い物体への恐ろしさに動けない。本当に僕は、なんて弱いんだ。
自己嫌悪に陥りながらも、彼女はどうするのか、その行動を確かめたくて見る。
---彼女は、腕に軽い火傷を、負っていた。
心底驚いた。・・・火傷を負ったってことは、障壁を展開出来なかったってことで。
今も火傷を負っているってことは、それを魔法で治すことが出来ないってことで。
---もしかして、ルルリーア嬢は、僕より弱いの??
そんな考えにとらわれて呆けていたら、黒い帯が再度向かってきた。
その底知れない黒さを前にして、途端に意識をそれに奪われる。
「ほらっ早く逃げるよっ」
そう言って僕引っ張るルルリーア嬢の声はきこえているけど、まるで足が動かない。
だってあの黒い帯は、まるで空間を切り取ったみたいで、吸い込まれたら死ぬよりも恐ろしいような気がして、抗う力が湧かないんだ。
目前に黒い帯が迫って、ああ僕は死ぬんだなと思った。
『大槌』を盾にすればよかったのに、震えて只握るしか出来なかった。
---それなのに。
ルルリーア嬢が、僕の前に、僕を庇うように、立った。
それが僕の目に映ると、一瞬の空白の後、全身が燃える様な恥ずかしさに襲われた。
か弱い女性であるルルリーア嬢に守られて、僕はなんて情けない男なんだ。
ドラゴンの背に乗って、飛んでいくルルリーア嬢を見送る。
黒い物体が、その後を追いかけていくのが見えた。・・・助けに行くべきなのに身体はやはり動かない。
そんな自分に、全身が羞恥で震える。・・・ああ本当に今すぐに消えてしまいたい。
「おい、辺境伯」
いつの間にか近くに来ていた、魔術師団長であるベザレル殿に話しかけられたけど、僕には返事をする資格すらない。
・・・もう僕が辺境伯を名乗ることなど冒涜に等しい。
ああ、早く父上に言って僕を廃嫡----ゴッ。
「いっ!??!??」
「ごちゃごちゃ考えてんじゃねえよ。・・・ったく、どっかの誰かを思い出すぜ」
僕の頭に拳を振り下ろしたベザレル殿は、実に鬱陶しいものを見るような顔で僕を見ていた。
・・・やはり僕は存在すら鬱陶しいということか、それならばいっそ---ゴッゴッ。
「っっっ!!???」
「すんなっつっただろーが」
強烈な二発を見舞われて、頭が痛みで真っ白になる。
「今は嬢ちゃんを助けることだけを考えろってーの」
「・・・た、たすける??」
僕が??だって僕は自分よりか弱い女性にすら庇われる情けない奴で・・・。
「あの数じゃ、ドラゴンも嬢ちゃんも、黒い奴に捕まっちまう・・・だから俺らで、食い止めるしかねぇ」
「食い止める??あの、黒い帯を??・・・ぼくも??」
自信どころか存在意義すら消えそうな、この僕に???
・・・・またベザレル殿が拳を振り上げたので、慌てて距離を取りつつ考えるのを止める。
どうやって僕の考えを読んでるのだろうか・・・。
「てめぇが持ってるその『大槌』ならアレに対抗出来んだよ。だからぶっ叩いて減らすか逸らすか、して来い」
「えっ叩」「はい、だろぉぉぉ???あぁぁああん????」「ぁっ、はいっ!!???」
ベザレル殿のあまりの迫力に、思わず返事をしてしまった。
その返事を聞いて、ベザレル殿はとても満足そうだ。
・・・これは、脅迫というのでは・・・いえなんでもありませんっ!!
ベザレル殿に言われるがまま、固定陣を展開して黒い帯へ向かう。
凄まじい数の帯が、ルルリーア嬢とドラゴンへ向かっている。・・・僕は息を大きく吸い込む。
---さっきまで存在自体消えようと思っていた僕だ。
あの黒い帯に吸い込まれた所でむしろ同じことでは???
『大槌』を振りかぶって、彼女たちに向かおうとしていた一つを叩く。
腹に響くような衝撃が大槌から伝わり、黒い帯がぐにゃりと曲がる。
・・・・・・・え?曲がった?????
確かめるように、他の黒い帯も沢山叩く。・・・消えはしないが、曲がる。全部曲がる。
信じられない思いで空を見上げる。
---そこには、さっきより少しだけ広くなった空で、くるりと飛ぶドラゴンの姿。
ああ、そうか。・・・僕にも出来ることが、ここにある。
配下の兵たちでもなく父上でもなく、弱くて情けない僕が、やるんだ。
目の前で彼女たちの方へ進む黒い帯を叩きつけ、『大槌』を握りしめる。
---絶対に、彼女たちの元へ、行かせはしない。
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大きな魔法陣が重なり、衝撃が辺りを走る。
---ああ、これで終わったんだ。
・・・彼女を、彼女たちを、少しは守れただろうか。
妙に身体が軽い。これは僕が成長したってことかな?・・・へへ。
その後倒れてしまった彼女の寝室で、ベザレル殿とレナルドさん、ミシェルさんがルルリーア嬢を取り囲み、楽しそうにじゃれ合っている。
本当に、本当に、ルルリーア嬢が無事で、よかった・・・・。
「そう言えば、辺境伯閣下。後ろのハンマーは??柄しか無いみたいですけど・・・」
「えっ???」
ルルリーア嬢が不思議そうな顔で指摘する。
・・・大槌の柄しか、ない???え、そんな訳---
後ろのに手をやって、大槌を取ろうとしたけど・・・本当だ、柄しかない。
「えっ!?気づいてなかったの??」
「・・・あー、それ気使って言わなかったのに」
「ん??壊れてたのか??」
どうやら大人三人組も気付いて、いや一人、ベザレル殿だけは気づいていなかったみたいだ。
柄だけになった『大槌』を手に持って、呆然と眺める。
・・・・・・・全然、気が付かなかった。
あれだけ『大槌』を心の拠り所にしていたのに、依存して、縛られていたのに。
---重さすら、存在すら、忘れてたなんて。
フツフツと笑いがこみ上げてくる。
「・・・・ふふっ・・あはははっ!!」
「・・・え、あれってあれですよね?大事な物が壊れて自分も壊れちゃった的な??」
「それ一大事だよ、ルルリーアちゃん。・・・どうする??」
「えーどうにも出来ないでしょ。それより破片どっかに落ちてない??」「ミシェルーー!!!」
「いやアイツならだいじょう「「団長は黙ってて」」・・・ちっ、なんだよ・・・」
僕の隣なのに、あれやこれやと対策を話し合う彼ら。
本当にもう止めて欲しい、笑いが止まらなくなるじゃないか。
「分かりました!破片を探して、この『魔法の接着剤』でくっつけましょう!!!それで元通り万事解決っ!!・・・ほらっ!ダドラ起きて!!お前の鼻が必要なんだっ!!」
「おいこら!!寝てるドラゴンを起こすなぁぁぁ!!!」
「・・・え?ドラゴンって鼻良いの??」
「・・・え?破片って特有の匂いするの???」
「くっくっくっ・・・くっわっはっはっはぁーーー!!!」
それまで静かだった父上が、堪えきれなかったように、大声で笑いだした。
「気持ちのよい奴らよな!!ルルリーア嬢、大槌は接着剤では直せぬぞ??」
「えっ・・・そうなんですか・・・接着剤、万能だと思ってたんですが・・・」
何故か収納石から接着剤を取り出していたルルリーア嬢。
・・・なんでそんなものを旅に持ってきてるんだろう。
「それに破片は消えてしまったぞ?」
「な、なんですってぇぇぇぇぇ!!!!」「ミシェルうるさい」
物凄い勢いで父上の首を締める、ミシェルさん。・・・残念でしたね。
そんな彼らを見ていたら、ルルリーア嬢が近付いてきた。
「あの、やっぱり黒いグニャグニャを叩いた所為、ですよね・・・ごめんなさい。でも、助かった、ありがとう」
なんと、僕に謝った上に感謝の言葉まで言うルルリーア嬢。
いや、あの時守れなかった僕が謝ることはあっても、ルルリーア嬢が謝る必要なんて何処にもない。
・・・そしてベザレル殿に言われるまで動けなかった僕に、感謝なんて。
ふと、アイリーン嬢の言葉を、思い出した。
「僕は僕のために、やっただけです。だから謝罪も感謝もしないでください」
本当に、その通りだった。・・・僕が僕であるために『大槌』を振るって、そして僕が『大槌』を壊したのだから。
今ならアイリーン嬢の気持ちが、少し理解るような気がする。
「え?そうなの?ならそうするよ」
「へ??」
・・・いや、確かにしないでって言ったけども。
そう素直に言われると、ちょっとだけ微妙な気分になる僕は、修行が足りないんだろう。
「でもさ、少年辺境伯・・じゃなくて、ジークベルト様がどう思って行動したにせよ」
真っ直ぐ僕を、僕だけを見るルルリーア嬢。
「大事な物が壊れるまで、私とダドラを飛ばせてくれてありがとう」
じわり、と頬に熱が集まる。
こんなに真っ直ぐ、僕に、辺境伯じゃない僕に言葉を掛けられて、嬉しくて直ぐに返事が出来なかった。
でも、ルルリーア嬢は待っててくれた。
「・・・・ど、ういたしま、して・・・・」
僕の中で、何かがカチリと当てはまった気がした。
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「よいのか?」
「・・・はい、これで、良かったんです」
騒がしい人たちを見ながら、父上に答える。
いつもの癖で肩を探って、慣れた革の感触がないことで実感する。
---依存して執着していた、あの『大槌』が壊れたことを。
僕の肩は、その重みを感じなかったけれど、今までみたいに不安が襲ってくることはなかった。
「僕にはもう、重りはいりませんから」
「・・・・そうか」
そう言って漸く気付く。ああ、僕は僕以外になりたかったんだ。
僕にないものを持っている、全ての人になりたかった。
逞しい腕や頼り甲斐のある大きな背、自信、強い精神・・・・それがあれば、嫌いな僕じゃなくなるから。皆の望む僕になるから。
青くて広い空と舞うドラゴンを思い出す。
あの美しい景色を作り出したのは、僕の嫌いな僕。直前まで逃げ出そうとしていた、弱虫の僕。
・・・正直、まだ僕は僕が好きじゃない。だけど。
確かめるように探るように深い目で、父上は僕を見た。
その父上の目を、真っ直ぐ見返す。
「僕は、もう僕から逃げません。僕が僕自身でこの辺境を、領民を、皆を守ってみせる」
「っ!!ああ、期待しているぞっ!」
僕の言葉に格好を崩す父上。本当に嬉しそうだ。
・・・・今迄心配を掛けてしまっていたから、かな。
楽しそうにじゃれるルルリーア嬢を見ながら、心が軽くなるのを感じる。
弱い僕も居てもいいって、そんな気がしてくるんだ、何故なんだろう?
---ああ、彼女は本当に、不思議な人だ。
平凡で、非凡で、弱くて、強くて。・・・・なんと言っても彼女には当てはまらない気がする。
そんな彼女に、少しでも近づけるだろうか。
---敵わないとわかっていても、誰かのために一歩踏み出せる、彼女のような存在に。
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※作者一言
さあて!!いよいよ次は最終章!!盛り上がって来ましたよ!(私が)
皆様の一時に、少しでも楽しさをお届けできますように。




