エピローグ
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揺れる感覚が在った。
ゆっくりと目を開けると、太陽の光が眩しくて目を細める。
仄かな磯の香りがして、耳元でちゃぷりと水が何かにぶつかる音がした。
「起きたか、英雄サマ」
声のする方へ顔を傾けると、舵を握る緑頭の部下の、イオの姿が見えた。
どうやら、船の上らしい。
「他の根城からの連絡がない。大方ルメールの奴らに潰されたんだろ」
どうでも良さそうに、言い捨てる。
そうか、潰されたか。
「これでもう、あんたとの契約も終わりだな」
「・・・なら、なぜ、たすけた」
ぽつりと呟くと、イオは、今気づいたかのような不思議そうな顔をした。
「・・・・さあな」
そう言ったきり、黙り込む。
空を見上げる限り、魔物一匹いる気配はない。
本来の計画が成功していれば、この見上げる空一面に魔物が溢れかえっているはずだったのだがな。
----ああ、私は敗れたのか。
溜息をひとつ吐いて、目を瞑る。
脳裏には、我々に屈しないと言わんばかりの、あの娘の顔が過ぎる。
あんな目は、久しぶりに見たな、と懐かしい感覚が蘇る。
そうしていると、今まで思い出せなんだ顔が次々と浮かび上がってきた。
忠誠を誓ったかつての主。
命を預けたかつての友。
この手で救った善良なる民たち。
そして、無残に殺された我が妻と息子。
いつから、私は忘れていたのだろうか。
『大陸の守護者』と持て囃され、気付けば戦いの熱に溺れていた。
それでも、私には『大義』があり、『守るべきもの』があった。
だから、辛うじてではあったものの、アチラ側へは行かなかった。
それなのに。
敬愛していた主は言った。『お前は最早我が国の民ではない。去れ、化物』
信頼していた友は言った。『お前のことが妬ましく羨ましく、そして何より恐ろしい』
裏切られ絶望する私に突きつけられたのは、暴徒と化した民に殺された、変わり果てた妻子。
その瞬間に、私は辛うじて保っていた何かを、失った。
守るべき国を、愛した者たちを失って、それからの日々を獣のように過ごした。
復讐のために国を滅ぼし、恨みのために人を殺し、荒れ狂う心のままに全てを壊そうとした。
しかし、段々と、心に深く刻まれていたはずの感情が薄れていった。
何もかもがどうでも良くなり、心が希薄になっていき。
そうして、いつの間にか、全てを忘れた。
国に見捨てられた復讐も。
友に裏切られた恨みも。
愛していた妻と子の顔も。
ただ残されたのは、空虚な己と、全てを壊す衝動、それだけだった。
今回の計画で、世界を壊すことが出来ると、それで全てが終わると、そう思っていたんだがな。
自嘲しつつ起き上がろうとして、右腕がないことに気付く。
ああ、あの青年に、斬られたのだったな。
狂気にかられて戦う姿は、私と変わらぬのに、決してコチラ側ではなかった。
・・・あの娘のお陰、か。
酷く愉快な気分になって、笑おうとして咳き込む。
何故かな、とても、疲れた。
息を深く吐いて、私は目を閉じた。
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目を閉じた英雄サマを見て、操舵を止め座り込む。
ルメールの赤毛にやられた箇所が疼く。
・・・だから、魔術師は苦手だって言ったんだけどなぁ?
疼く箇所を抑えると、血が滲み出てくるのを感じる。
これは、早く止血しないと駄目だな。
そうは思ってみたものの、さっき手持ちの止血剤全部、英雄サマに使っちゃったから、ねぇ。
自分に使う分は、一つも残っていない。
・・・・なんでそんなことしたのか、自分でもわからないけど。
薄く笑うと、肋骨が痛む。これは脱出のときの、落盤に巻き込まれた時のだな。
そもそも、金で雇われた依頼主を、身体を張って助けるなんて、俺らしくない。ホント、らしくないなぁ。
これもすべて、あの、忌々しい、妙ちくりんな、小娘のせいだ。そうに違いない。
あの小娘にした事は、他のやつにもしてきた。
たまたま、通りがかっただけの、幸せそうなやつら。
そいつらの大切なものは、存外容易く奪える。
だから、殺して壊して踏みつけて、そうして一人だけ、残す。
そうすると、そいつは、絶望にかられ、復讐にかられ、俺の元へ単身で来る。
大切な仲間を殺されてるんだから、当然だよねぇ?
俺を憎んで恨んで殺そうとする奴らを見て、『嗚呼世界は正常だ』、そう確かめることが出来たのに。
あの、弱っちい、無茶苦茶な小娘は違った。
・・・・あの強い目。
憎しみとも恨みとも違う、真っ直ぐな目で、俺を全力で潰しにきやがった。
しかも、仲間を連れて。
ホント、意味が理解らない。なんなんだアイツは。
お陰で、計画は水の泡だ。
英雄サマの『世界を壊せ』の依頼通り、俺は人を集め、国を乱し、人を殺しながら、何年も掛けて準備した。
手始めに、帝国と皇国、そしてルメール王国との間に戦争が引き起こったのを隠れ蓑にする。
その争乱の中、全ての国が竜脈によって強化された魔物たちによって、為す術もなく奇襲される。
そして、止めの、邪竜の復活。
それで世界は壊れていくはずだった。
だというのに。
今の有様はなんだ?
戦争は起こらない、魔物たちは奇襲にならない上に恐らく全て倒されている、邪竜は何故か復活しない。
ソレも全て、アイツが、あの小娘が関わったせいだ。
アイツは、俺の世界の、『異常』だったんだ。
まったく、変なやつに手出しちゃったな。そうでなければ今頃・・・・
・・・あぁ、くそっ。
出血のせいか、眠くなってきた。
英雄サマも起きないし、海も凪いでる。
しばらくは漕がなくても大丈夫そうだ。
なら、少しだけなら、寝てもいい、かな。
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両団長が海を力づくで越えて、ルメールに帰って早々、我が家へ寄り道して彼を呼んでもらう。
陛下に報告するよりも前に。
騎士団長に担がれたままの状態ではあるが、身体が動かないから仕方がないね!
暫くの間、私の足として、よろしくお願いします!!騎士団長!
「何か用ですか、おじょう・・って、うわぁぁ!!ボッロボロじゃないですか!」
あの頃より少し成長した少年が、目を丸くして叫ぶ。
一応、我が家の庭師見習いだ。
・・・別に私が雇ったわけじゃなくて、たまたま庭師のトムじいが見つけて連れてきただけだからね!
「・・・あのやろうに、いっぱつ、いれてきたよ」
拳じゃなかったけどね、と辛うじて私が笑うと、少年は目が零れ落ちそうなほど見開いた後、口をひん曲げた。
「馬鹿じゃないですか、お嬢様。あんな昔の約束、守るなんて」
「うん」
「・・・ねえさんだって、喜んでないですよ。危険なことして」
「うん」
「・・・っ、あり、がとっ・・・約束、まもって、くれて」
「おうよ」
今でも、泣き虫は変わらないね。
頭を撫でようとしたら、手が届かないことに気付く。・・・騎士団長の肩、高いな!
と思ったら、騎士団長が少し屈んでくれた。これなら届く。
「私は私の、約束を守っただけだよ」
少年を撫でる。無理な体勢だから、撫でるというよりも擦る感じだけど。
それでも、彼は黙って私の手を受け入れてくれた。
そうしていたら、ふと、誰かが笑ってくれたような、そんな気がした。
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※ここで作者から一句
『シリアスは 私のココロ 持ちませぬ』
次回より、通常運転に移行します。




