プロローグ
※この話には流血表現があります。苦手な方はご注意頂き、高速スクロールでお願いします。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
フェイラス帝国からの帰りの馬車内。
双子のあの一言で、行きのある意味楽しい空気から一変して、重苦しい空気が漂う。
コロセス遺跡の一件があって、会議は中断、というよりルメール王国は以降不参加を宣言し、私たちは即刻帰国することとなった。
王弟殿下曰く、『大陸の揉め事は大陸で処理してくれ』であったが、それは表向きだと私は思っている。
なぜなら、王弟殿下が『アルカイオス』の名を聞いた後、しばらく難しい顔をしたから。
たぶん、欲深い元賢者や酔っぱらい伯爵なんかが企んだよりも、よりルメール王国にとって深刻な事態になる。そうでなかったら、こんな強引に帰国しないと思う。
こうして、私達は来た時以上の速さで帰路についた。
速度を出して酷く揺れる馬車の中で、私は、ヤツのことを、あの忌々しい緑男のことを考えていた。
そして、忘れられない、忘れてはいけない、過去の事を想った。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
過去を語るのは、私は、あまり好きじゃない。
何故なら、苦しくて、歯痒くて、何より取り戻せないから。
あの緑野郎に理不尽を強いられた時、私は酷く傲慢な子供だった。
サラという最強の友達が居た私は、自分もサラと同じように万能だと勘違いしていた。
・・・・ああ、本当に過去の自分を殴りたい。
その当時、私の流行りは『間者ごっこ』だった。
兄様に読んでもらった物語で『間者』という言葉を知った私は、馬鹿の一つ覚えみたいに周囲を指差し『仲間』に指名していった。
勝手に指名したにも関わらず、あの優しい人達は、私の言葉を笑って受け入れてくれて、『仲間』になってくれた。
その優しさを勘違いして調子に乗った私は、次々と領内で『自分が思う悪者』を探し出し、『自分が思う悪事』を暴きたてていった。
・・・・その度に父様と母様が倒れても、兄様が対応に追われていても、自分が正義だと疑わなかった。
そう、私は理解してなかった。
人を集め動かすことの意味も。伯爵家の私が何かを命ずる責任も。
どうしようもなく幼くて無責任なのは私だった。
なのに。
そのツケを払ったのは私ではなかった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
手を出してはいけない組織であることを、私が知ったときには、もう遅かった。
それに興味を持ったのは、ほんの少しの好奇心から、それだけだったのに。
勝手にアジトとしていた小屋に、私は一人立ち尽くしていた。
----辺り一面、血の海に囲まれて。
しょうがないなと笑った『サム』も。
孫のようだと言った『トラン爺』も。
花のように明るい『サニア』も。
妹に似ていると言った『ダン』も。
あたしに任せろと拳を作った『アイサ』も。
美味しいお菓子を作ってくれた『ユート』も。
俺に頼れよと背を叩いた『ザック』も。
子供が居たらと頭を撫でた『グンド』も。
あらあらと泥を払ってくれた『ララナ』も。
みんな、死んだ。
頭では理解したくなくて、でも、鉄臭い匂いを嗅いで、もう皆はだめなんだと身体が知った。
呆然とする私の目から、どんどん涙が溢れて、止まらない。
「きみ、伯爵のとこの子、だよねぇー?」
その犯人が、まだ、私の目の前にいた。
細い目の、どこにでもいるような、そんな男だった。
今さっき人を、私の大切な人たちを斬ったというのに、親しい友人のような気楽さで、私に話しかけてきた。
「きみの仲間、別に放っておいても、よかったんだけど」
血溜まりも気にせず、どんどん私に近づいてくるソイツ。
「たまたま、通りかかったからさぁ?まあついで、かな?」
----たまたま、ついで・・・・・
その信じられない言葉に、呆然としながらも、目の前の男をただ見た。
目の前が霞んでいても、ひりつくほどの恐怖を感じていても、ただただ、その男を見た。
へぇ、とわずかに表情を変えたソイツは、私の目を覗き込む。
「もしかして、理不尽、とか思った?」
ニヤリと嗤うソイツに、言い知れない気持ち悪さを感じた。
正体の分からない、悍ましいものに触れたみたいで、今すぐ逃げ出したかった。
・・・・・・それでも。
私が目をそらしたら、一歩でも後ずさったら、私が大切にしてきたものを、全て壊してしまうようで動けなかった。
一歩も動かない私に、ソイツは更に近づいてきた。
「君が知らなかっただけで、世界は理不尽で溢れてるんだよ」
その花綺麗だね、とでも言ったような普通の声で、私に残酷な言葉を投げつける。
「きみは生かしといてあげるよ。一歩も引かない、その根性に免じてね」
血に染まった剣を一振りし、鞘に収める。
私の大切な人たちを奪ったソイツに、怒鳴りつけてやりたいのに、敵をとってやりたいのに、身体が凍りついたように動かない。
「つぅまぁりぃ??」
私の頬についた誰かの血を、ヤツが指先で拭う。
「きみは、今、俺の気まぐれで、生きてるってことだねぇ??」
ソイツは楽しげに、自分の指先についた血を、私の頬に塗り広げていった。
「ねぇ、理不尽に感じた??ね、ね、屈辱??どんな気分??」
今までで感じたことのない、激しい怒りを感じた。
そうして、ありったけの気力を集めて、優しい人たちの記憶をかき集めて、私は、ソイツを、憎しみを込めて、睨みつけた。
すると、ソイツは、さも面白い冗談を聞いたかのように、狂ったように嗤い始めた。
「あはっ、あはは!!あははははぁ!!はぁ!いいね、いいねぇ!?」
そう言うと、ソイツは手を振り上げた。
「俺が憎い?俺を殺したい?でも、今の君じゃ、無理だねぇ」
殺されるかもしれない、それでも私は睨むことをやめられなかった。
「じゃあ、待ってるよ?勇敢なお嬢さん」
その言葉の後に、首の後ろに衝撃が走って意識が遠のく。
最後に目に焼き付いたのは、ソイツの、場違いなほど明るい緑の髪だった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
気がついたら、蒼白な顔をしたサラに手を握られ、涙を流す母に抱きしめられ、自室のベットに居た。
----彼らを失ったあの光景。
虚ろな目、流れる血、もう言葉の出ない口、撫でられることもない手。
それら全てが受け入れがたくて、悲しみを受け入れたくなくて、私は殻に閉じこもった。
無表情で涙を流す私を、『ごめん』と言いながら抱きしめてくれたサラ。
何の言葉も発しなくなった私を、ただただ優しく背を撫でてくれた母様。
父様と兄様は、きっと領主として言うべきことがあったはずなのに、そんな様子の私に何も言わず、淡々と事後処理をしてくれた。
----そうして、時が過ぎて
気がついたら、何もかも、全てが終わっていた。
『サム』も『トラン爺』も『サニア』も『ダン』も『アイサ』も『ユート』も『ザック』も『グンド』も『ララナ』も----
あの時私に手を貸してくれた仲間は、もう弔いも済んだ後だった。
そのことに、私はどうしようもなく恥ずかしくなった。
あれだけ助けてもらって、楽しい時間を過ごして、そして、私のせいで死んでしまった皆の、弔いにすらでなかったなんて。
『外に行く』という私に、父様と兄様、母様にサラが、やんわりと押しとどめてくれた。
・・・心配、かけちゃったもんな・・。でもごめんね?
それでも、私はどうしてもそこに行かなきゃ、だめなんだ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
涼しい風が通り抜ける見晴らしの良い丘に、無骨な岩が置かれていた。
その前には、溢れそうなほどの花が供えられていた。
護衛の騎士を連れて、その慰霊碑に近づく。
----殺されたのは、私の仲間だけではなかった。
サラ曰く、『何かを奪うための陽動』であったようで、各地で大量殺人が起きた。
そしてその内の『一件』が、私の仲間の事件だ。
そっと、慰霊碑の表面を撫でる。
私が仕出かしてしまったことの大きさに、どうしたらいいか、全くわからなかった。
「っお、おまえのせいだぁぁ!!」
幼い、震える声で、少年が私に叫んだ。
護衛騎士を制して、少年と向き合う。
「お、おっ、ひっく・・、おまえがっ、ねえちゃんを巻き込まなきゃ・・死ななかったのにッ!!!!」
心から憎いと、少年は私を睨みつけた。その目からは涙が溢れていた。
その憎悪を身に受け、私は当然のことだと思った。
「貴様っ!お嬢様に向かってなんて物言いだっ!!」
「いいの、カイト」
剣に手を掛けた護衛騎士を、手で制す。
そうして少しだけ目を瞑って、私は私に問いかける。
少年のように憎悪に身を委ねればいいのか?
・・・いいや違う。
みんなを殺した緑野郎を殺せばいいのか?
・・・いいや違う。
私のせいじゃないと自己憐憫に浸ればいいのか?
・・・いいや違う。
私は、どうするべき、なんだろう。
悩みながら、少年の側まで行き、少年の前に跪いた。
「ルルリーアお嬢様っ」
慌てるカイトを無視して、目の前の少年だけを、見つめる。
涙を拭いすぎて擦れた赤い目元、普段なら生意気そうな弱々しい目、涙の跡の付いた幼い頬、そして『サニア』と同じ茶色い髪。
「サニアの弟、サイスでしょ?」
「っなっ!!??」
少年、サイスが、目に見えて動揺する。
貴族が平民の名前を知っていると、ましてやその弟の名前を知っているなんて、思っていなかったんだろう。
「サニアの死は、私の責任です」
ぽろり、と言葉が出た。・・・これはずっと考えてきたことだからかな。
その言葉に対して、ひゅっと喉を詰まらせる少年。
私は少年の目を、力を込めて見つめる。
「みんなを殺したアイツは、私よりもずっと強くて、私じゃ敵を取ることが出来ない」
・・・・ずっと思ってきたことだけれど、それでも言葉にすると辛い。
この言葉は、諦めの理由だ。だから、これでいいのではと思いたくなってしまう。
でも、それでも、この、腹の底に在る、怒りや悲しみを、ドコにぶつければいいか、理解らなくて。
姉を理不尽に奪われた少年も、きっと、そうなんだろうな。
「そして、私は、貴方のねえさんを返してあげられない」
彼の目を見、また溢れた涙で濡れた頬に触れる。
憎みとは違う、恨みとも違う・・・・。
そうだな、許さない、と言う気持ち、が一番近いかな?
「でも、これだけは、約束できる」
そうして、自信たっぷりに見えるように、私は笑った。
「私は、みんなを殺したアイツを、必ず、一発、殴る」
「へ?」
「は?」
・・・・若干、間の抜けた返事が帰ってきたが、気にしない。
跪いたそのまま、私は心臓の辺りを握りしめて、続ける。
「ここで誓うわ。私、ルルリーア・タルボットは、あの忌々しい緑男を、必ず一発殴る」
ああ、これだったんだ。今私は酷く納得してる。
私が、やつにしてやろうと思っていたのは、こういうことだったんた!
「たとえどんな危険な場所であろうとも、たとえ殺されようとも、死ぬその最期の瞬間まで、私は絶対に諦めない事を誓うわ」
呆けた顔で、涙をぽろりと出す少年に、『お嬢様はああなので・・・』と呟いた忠実なる騎士よ、後で覚えておきなさい。
そうして、私はくるりと向きを変えて、家路につく。
少年の返事は関係ない、私がどうするかが問題なのだから。
そう、私は、決めたのよ。
私に『理不尽』を叩きつけたあの緑男を、私の『理不尽』をもって絶対ぶん殴ってやる!!!!!
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




