2話
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結局のところ、王太子殿下の申し立ては虚偽であったと、何やら嬉しそうに王弟殿下が判決を下した。
・・・・あれ、完全に『狙ってたアイリーンが婚約者無しなったぞ、よし!』って喜んでるな。
魂の抜けたように呆然とした王太子殿下とマリアさんは、仲良く騎士様方に連れて行かれた。これは廃嫡だなー。
その後、まるで何事もなかったかのように、王弟殿下の手腕によって卒業パーティは続いた。
・・・・えぇぇぇー、いいのか?これで??
王太子殿下の所為で妙に目立ってしまった私に偉い人たちが寄ってきそうだったので、ひたすら人影に隠れ続けた。
くっ!!特製デザートが犠牲となったが、尊い犠牲のお陰で誰にも捕捉されなかった!!
それに後で包んでくれと使用人に頼んだ私の大勝利である!
そうして、形だけだが平穏にパーティは解散となった。
あぁ・・・せっかくの卒業パーティーが台無しになった気分だが、気にしない。それよりも早くおうちへ帰りたい。
さっさと帰ろうと、人の波に乗っていたのに、後ろから呼び止められたので渋々振り返る。
油断したぞ、まったく。だーれーだぁー??
「ルルリーア・タルボット様、アイリーンお嬢様が、是非一言お礼を、と。こちらへ来て頂けますでしょうか」
優雅に礼をする無駄に美形なアイリーン様の従者が目の前にぃぃぃ。
おうち、とおい。ぐすん。
「これはご丁寧に痛み入ります。私などにお礼などと・・。只真実を申し上げたに過ぎませんわ」
帰りたい気持ちを押し隠してにっこり微笑む。公爵令嬢に誘われちゃ帰れないじゃないかーー!
・・・・行くしか無いのか?無いですよね・・・。
「とんでもございません。あの場で、王太子殿下に請われるなか、堂々と真実を話すなど中々できることではございません」
にこやかに褒めてくれる従者どの。でも褒められてる気全然しない。
案内に紳士らしくエスコートしてくれようとしたのを断り、従者どのの先導に従って歩く。
だってだって!!この従者どの、従者なのにファンクラブあるんだもん。手なんて乗せたらっ!!ガクブルっ!!
ていうか、従者どのの笑顔がなんか薄ら寒い。もしや日和ろうとしたのこやつにもバレていたかっ!
私、伯爵令嬢なのにぃぃぃぃ!!!
背中に冷や汗をかきながら、ひたすら歩く。オウチカエリタイ。
しっかしホント、アイリーン様は見事に色々な殿方に好かれてるわー。しかも全員美形(笑)。
べ、べつに羨ましくなんて無いんだからねっ!家に帰れば、イケメン・・・に見えなくもない兄様にかまってもらうんだからねっ!
と、現実逃避してる間に到着したようだ。
従者どのが軽くノックをすると、これまた美人で有能そうな侍女が顔を出す。
アイリーン様の侍女かなー、いいなー。
「ルルリーア・タルボット様をお連れ致しました」
「どうぞこちらへ」
案内されて静々(しずしず)と中へ入る。もうかえりたい、すぐかえりたい、いまかえりたい。
「お嬢様、ルルリーア・タルボット様がいらっしゃいました」
「どうぞお入りになって」
そう言われて入った室内を見て一言。
-----もうかえっていいかなぁぁぁぁぁ!!
そうして魂を一瞬他所へ飛ばしてから、カーテシー。なるべく優雅に見えるよう努力努力。
「お呼びいただきありがとうございます。タルボット伯爵家が娘、ルルリーアでございます」
はいはい、丁寧過ぎじゃないって???アイリーン様だけだったらこうしないですよそうですよ。
「うむ。我らのことは気にせず、そう固くなるでない」
無理に決まってるだろうがぁぁぁぁ!
・・・・あぁ、こういう時か弱いご令嬢であったのならば即気絶、後日改めて・・・だったのにぃ!
無駄に太い我が神経が憎い・・・。
「ご配慮頂き光栄に存じます。陛下」
はいそうですよ、陛下ですよ。顔上げらんないですよ、上げたくないですよ。
部屋にいる方々をご紹介しよう。上からね。
国王陛下。
王弟殿下。
隣国の第二皇子。
騎士団長(殺気野郎)。
学園長(侯爵閣下)。
アイリーン様(公爵家)。
従者どの。
言っていいかなぁぁ。人口密度高っ!
この部屋に権力が集まりすぎてて辛い。なんで従者どのは平然としてるの・・。本当に従者??
「まぁ、顔を上げて。ちょっと集まりすぎちゃったかもしれないけど気楽にね」
そうのたまうのは王弟殿下だ。その麗しい金髪を引きちぎってやりたい。
「そちらに掛けられよ。ルルリーア嬢」
その前に(卒業したけど)生徒をここから出してくれませんかね、学園長。
「失礼致します」
指定された席が、なんと、騎士団長(殺気野郎)、の隣だとっ!???
出来る限り遠くに座ります。
「いやぁ、あそこで真実を語ってくれて助かったよ。ルルリーア嬢」
「貴族として、当然のことをしたまでにございます。王弟殿下」
柔らかな雰囲気の美丈夫であらせられる王弟殿下が、なぜか親しげにこちらに話しかけてくる。
社交界では不動の地位を誇る王弟殿下は、女性とは距離を取りにっこり拒絶することで有名だ。解せぬ。
「謙遜をするな、ルルリーア嬢。あの場にあって中々堂々としていたぞ」
「お褒めに与り、恐縮でございます。学園長」
誰かを褒めたことなど噂にすら上らない学園長が、なぜかその厳格だが麗しいご尊顔を緩めてこちらを褒めてくる。
その美しさのあまり、求婚者が後を絶たず、それを嫌って学園長となった経緯は学園の常識だ。解せぬ。
「私ではあの場で発言することも出来ませんでした。本当にありがとうございます」
「お心遣いありがたく頂戴させていただきます。ハロルド皇子様」
毒舌で有名な、隣国アルファイド皇国第二皇子が、なぜか嫌味を一言も入れず感謝の言葉を述べてくる。
皇子に相応しく涼やかなその美貌を持つが、女は軽薄だから嫌いだと公言しているのは皇国でも我が国でも広まっている。解せぬ。
「・・・・・・・」
なんか言えよっ!騎士団長(殺気野郎)!空気読めよ!
氷の騎士と名高い騎士団長(殺気野郎)は、その名の通り冴え渡る美貌をピクリとも動かさない。
いやいい、むしろ有名な女嫌い達にここまでの態度をされると、もしかして・・・なんて勘違いするよりも薄気味悪いので、騎士団長(殺気野郎)の態度のほうがまだましである。
ていうか、この女嫌い率なんなの????
「ルルリーアさん。私からもお礼を。・・・・あのように言っていただけると思いませんでしたので・・・」
座ったままではあるが、アイリーン様が優雅に一礼する。
最後の一言と共に憂いを浮かべた笑みを浮かべると、周りの男ども(不敬だがしょうがない)が一斉に慰め始める。
茶番第二弾だな、これ。
とんでもございません、と周りの声に紛れさせて返答する。はやく(以下省略)
アイリーン様がちやほやされているのを横目に、陛下が私に声をかける。そういえばなんで陛下此処にいるんだ?
「というわけでな。正式には無理であるが、内々にそちに褒美を取らせようと思うてな。欲しいものはあるか?」
はいきたーーーーー!なんかきたーーーーー!
いらないよ、ほんといらないよ。うち弱小貴族なんだよ、父様母様兄様全員胃腸が弱いんだよ、勘弁してください。
といっても断れないし、ほしいものとか無いし、兄様!今です降臨したまえぇぇ!
幻影の兄様に『無理だから』と素気無く断られつつ、無難なものを必死で思い浮かべる。
そうであるっ!私まだ父様に庇護されている伯爵令嬢であるっ!だから我が家になんかもらおっ!
「では陛下。ご温情に縋りましてひとつよろしいでしょうか」
「うむ、よいぞ。申せ申せ」
若干周囲の空気が冷たくなったような気もしたが、気にしない気にしたら負けです。
「我がタルボット家家長である父に、賜りたく存じます」
「ほうほう。もちろんよいぞ」
「ありがたき幸せに存じます。つきましては、後日父がご尊顔を拝しますゆえ、平にご容赦下さいませ」
はいはい、カーテシー、カーテシー。よしよし、父様に丸投げ完了。後で胃薬買ってから帰ろう。
おお、神よ、父様の胃を守り給え。
「欲のない娘よの。此処には結婚相手が選り取り見取りであるに」
「陛下」
楽しげにのたまう陛下を睨む王弟殿下。いやいやこっちも嫌ですから、此処にいる方々。
面倒な結果になる未来しか見えないぞ??
胃薬がいくつ在っても足りなくなるだろう、我が家の。
陛下の言葉は申し訳ないが無視。笑顔って便利だよね!
「あ、あの。もしよろしければ、来週我が家のお茶会にご参加いただけませんこと」
お、ここで誘うってことは、私と友だちになりたいのかアイリーン様。
そういえば、マリアさんもそうだったけど、女友達少ないよね、っていうか信奉者以外だと居るのか??アイリーン様。
期待に満ちた顔でこちらを伺うアイリーン様は、とても可愛らしい。
周りのやろうど・・殿方たち!!デレデレしない!!!
だがしかし。
「お招きありがとうございます。よろしければ、サラ・ウェール伯爵令嬢もご一緒させて頂けませんか」
はい、お友達お断りの文句です。誘われた茶会に親しい友人を一緒に行かせてくれということは、茶会に行っても貴方と仲良くならんよ、という意味合いになるのだ。すまんな、アイリーン様。
だってね、アイリーン様と友達になんてなったら、もれなくこの部屋の全員がついてくるよいやだよ。
それにアイリーン様みたいに、押しに弱そうな、無自覚に殿方を侍らせている人って苦手なんだよねぇ。
ああ、ごめんよ、我が友サラ。巻き込んじゃった、てへ。
私からの実質お断りの返事に、顔を曇らせるアイリーン様を見て、またしても殺気立つ野郎ども(もうこれでいいや)。
「公爵家の心使いに答えないとは、随分思い上がったものですね」
お、毒舌が復活したよ皇子様。さっきまでの薄ら寒い態度よりこっちのがいいわ。別に私はマゾじゃないぞ。
おいお前ら、睨みつければ女なんて萎縮するとか思ってないだろうな。
売られた喧嘩は買うのが上等。
『お前の図太さが俺に少しでもあれば出世するのに!』と兄様が嘆くほど、肝が座ってる私でございます。
わざとらしく見えようが知ったことではない。扇子を少し開いて口元に当てて、少し俯く。
「まぁ、それは申し訳ございませんでした、アイリーン様!・・・来週サラとお茶の約束をしておりましたので、つい・・・」
真っ赤な嘘だが、ふらっと行くこともあるからいいよね?サラ。
白々しく演技をする私を、機嫌悪そうにみる野郎ども。もうビクついたりしませんよ。
それより、むしろ残念な気持ちになってきたよ。
良い年した(私から見たら)おじさん共が、16歳の少女にあからさまに入れあげててほんと見苦しいわ。
おっといかんいかん。陛下の御前で冷たい目で王弟殿下共々を見ちゃったよ。
それにしてもこの場って私にお礼を言いたいとかじゃなかったか?もうどうでもいいからおうちに返してくれよ。
どう頑張っても死んだ目にしかならない私を見かねたのか、先程よりももっと面白そうな様子の陛下が、素晴らしいお言葉を下さった。
「よいよい、面白い娘じゃの。今日はつかれたであろう、下がるが良い」
「ありがとうございます!!!失礼致します!!」
うっかり全力でお礼言っちゃったよ。まあいいか。
これでやっとお家帰れる!!!!!
喜びのあまり、帰りに胃薬を買い忘れたのは内緒だ。
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「というわけでね。結局、アイリーン様のお友達を確保しようと、いい大人が幼気な少女を脅そうとしたのよ。酷い話よねー兄様?」
「今の話から結論がそうなるお前の頭は、一体どうなっているんだ、リーア」
ああ胃が痛い、と呟くのは私の兄様。事実だもの、仕方がないじゃない?
「そんなことよりも、陛下からの褒美を父上に丸投げするなんて・・・。寝込んでしまったではないか」
そうなんです。帰ってからすぐに家族会議を開いて今日のあらましを報告すると、父様と母様は仲良く揃って倒れた。
なぜだ・・・なぜなんだ・・・とうわ言をつぶやきながら、爺やに運ばれていく父様。母様は兄様が運んでくれました。
陛下のあの様子ならよっぽどのものを欲しがらない限り、お咎めはないと思うけど。
首をすくめる私を見て、兄様が胃の腑の辺りを握りしめる。ああどうすれば・・・なんて言って兄様、適当でいいと思うけど。
「ふつーに報奨金とかでいいのでは?」
「金額が見えると不敬だろう・・」
まあそうだよね、私も思いつかなかったから父様に丸投げしたのだよ。
「それよりも、どう思います?兄様。あの困った方々」
そう言って思い出すのは、アイリーン様の取り巻きの殿方(笑)。
どう考えてもマリアさんの時より問題だと思われる。
「あぁ、そうだな・・・。アイリーン嬢の婚約が、もはや形骸化した今となっては、各々求婚されるだろうな・・・・」
唸るようにいう兄様。眉間の皺が癖になってしまいますよ?
やはりそこよねー。地位も権力もある方々が一人の麗しき少女(笑)を得るために争う・・・。洒落じゃなく内乱の可能性もあるのでは。
まあそこはやはり。
「兄様、頑張って!!」
「お前も少しは考えろ!!うぅ、胃がぁ!!」
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