2話
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目の前に、壮麗なヴィシュヌの女神像がそびえ建つ。
我が国が信ずる、海の女神ヴィシュヌ様だ。
その瞳は優しく祈る民を見つめ、全てを包み込むように両手を広げている。
ああ!慈悲深きヴィシュヌ神よ!!
これから試練に向かう私をどうか見守って下さい!!もし出来れば助けてください!!!
王都にある神殿内に来ております、私はルルリーアでございます。
決してあの恥ずかしい感じの二つ名の持ち主ではございません。
神の前では身分も性別も・・・二つ名も関係ない、皆同じヴィシュヌ神の子である。
そのため、今私が居る祈りの場は、平民貴族問わず同じ場で祈りを捧げられる場なのだ。・・・まあ流石に高位貴族になったら警備上の理由から同じ場にはならないがね。
しかし、私はかなり鬼気迫る様子で祈りを捧げていたようだな。
誰でも等しく利用できる祈りの場だと言うのに、私の左右はぽっかり空いている。
別に噛み付いたりしないよ???私淑女だよ??
「・・・あのー、もしや貴方様は、ルルリーア・タルボット嬢、ですか?」
恐る恐る、といった口調で後ろから話しかけられた。
あぁ!!振り向きたくないっ!!!振り向いたらきっとナニカが始まる、そんな予感がするよ。
「ち、ちがいます???あっやだ、すみませんでしたっ!!」
このまま勘違いさせて帰っちゃえよ、と私の中の悪魔が囁く。・・・・神殿内なのに穢れが落ちないな私。
・・・・・駄目だっ!いくら家に帰りたいからって、もう陛下に言われた時点で詰んでいるのだ。今回は諦めよう、私。
諦めるんだ!私!あぁ、身体が動かない!
「やっぱり竜騎士の花嫁様とお呼びしたほうが」
「どうもルルリーアでございます」
振り返って間髪入れず名乗る。
その名は私の前で言うな。絶対言うな。
目でそう訴えると、顔を青くした神官様が口を両手で塞ぐ。え?いやそんなに過剰に反応しなくても・・・。
「もご、むががむむがもむが」
「・・・・一言もわからないのですが、神官様」
ジト目で見ると、今度は顔を赤くして慌てた様子で両手を外す。そして後ろに手を隠す。
・・・・ほんとに選ばれし神官様なのか????
神官、しかも王都の神殿で仕える神官になるには、相当厳しい修行と資格が必要って聞いたけど??
まるで幼子のようにキョロキョロと落ち着かない神官様だ。
「えー、もう皆様あつまっていらっしゃるので、竜騎、ひっ・・・ル、ルルリーア様、もおいで下さいぃぃ」
「ありがとうございます。案内頂けますか?」
目の前の神官様に若干の不安を感じるが、案内に来てくれたのは彼女なので彼女に頼むしか無い。
やばい、私最後か、待たせている皆様全員私より位が上だというのに。
・・・・・熱心に祈ってたってことで見逃してもらおう。
「こっ、こちらですぅ・・・」
そして。
神官様よ、私は猛獣じゃないから、そんなに離れて歩かんでもいいんではないか?
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「遅い」
「申し訳ございません、魔術師団長閣下」
あー、やっぱり言われちゃったか。てへ。
でも内なる悪魔に打ち勝って此処に来たんだから大目に見てほしいな。
「良いではありませんか。ルルリーア嬢は熱心に祈りを捧げていたと聞きました。大目に見て差し上げましょう」
「ご温情感謝いたします、神官長様」
さすがは神に仕える御方。心が広いな!!
祈りを捧げた効果がもう出てきたのでは!!??帰りは捧げの場に行って、果物をヴィシュヌ神に捧げよう!!!
「では、始めようかの」
のんびりした陛下の声で、全く参加したくない会議が始まってしまった。
・・・・早く終わらないかなー。
「・・だからよぉ!神と魔法の因果関係はねぇんだよっ!」
・・・・はっ!びっくりした!!大きな声出さんでくださいよ、魔術師団長よ。
え、あ、いや、寝てないですよ??ほんとですよ??
「では神聖魔法はどう説明付けるのです?信仰のある神官にのみ操ることの出来る、この魔法のことは」
さて!まだ小難しい話をしているので、もう一眠りしようかな。
「大体こんな小娘が『貴族代表』だってとこも、俺はまだ納得してねぇぞ」
ギロリと私を睨む魔術師団長。
・・・・・よし!居眠りしてたことはバレてないぞ!!
私だって納得してないよ、そんな大層な肩書。嫌がらせにしてもこれは度が過ぎてるぞ陛下。
「それは私も聞いておきたいですね。この三権協議会に四人目がくる、という意味を」
いやいや、二人にそんなに威圧されても、私だって意味なんてしらないからね?
そうです。陛下の作戦にまんまと嵌まって出席しているこの場は、陛下・魔術師団長・神官長が討論する、『三権協議会』である。
陛下に『三権協議会に参加しろ』と命令された後、意気消沈してトボトボと帰った。
そうしたら、最近強制的に茶飲み友達となった魔術師団長養子君が、我が家に居た。
だって、いつの間にか居るんだもん、しかも美味しいお菓子持参で。
美味しく頂きましたよ、ありがとうございます。
しかしよく来るなーソラン君。
その彼が、どこかで『三権協議会』に私が参加することを知ったようで、その協議会について色々教えてくれた。
情報仕入れるの早いなソラン君。・・・・・誰かを思い出すぞ。
『三権協議会』とは、王家・魔術師・神官の三権威が半年に一度開かれているらしい、私知らんかった。
特に重要事項を話し合うわけでもなく、それらのバランスが取れていると示すためだけの定期的な会議、らしい。
その他に何か言ってたと思うが、正直覚えてない。すまんソラン君。
へー。・・・・改めて思うけど、私なんで呼ばれたんだ????
帰り際、ソラン君は魔術師団長への対策としてお守り(魔法石)をたくさんくれた。・・・え?会う時お守り持たないといけない人なの???竜舞踏祭のときの『オラオラ死ねやぁ!』の魔術師団長は、お祭りだからこそのアレだよね??
それにしてもソラン君は良いやつだ。
たまにアイリーン様の話を気持ち悪い程してくるけど、それ以外はよく気がつく良いやつだ。もう友達だな。
我が親友サラも『そうね、盾としては中々使えるんじゃない?』と太鼓判を押してくれた。うん、太鼓判だ。
「おい、聞いてんのかぁ?小娘」
聞いてる聞いてる。聞いてるけど知らないものは答えようがないんですけどー。
ちらっと陛下を見ると、ウォッホンと咳払いをした。・・・うんわざとらしいね!
「お主ら、そういじめるでない。ルルリーア嬢を呼んだのはわしじゃ」
二人の視線が陛下へ向く。よかったよかった、陛下!ちゃんとした理由言ってよ??
「彼女は魔法に傾倒しとる訳でも、神に仕えてる訳でも無いからの」
え?それじゃ私じゃなくてもよくない??そういう人いっぱい居るよ???
兄様とか兄様とか兄様とか!!!
「それに、なんといっても『竜騎士の花嫁』じゃからな。常識に囚われない良い意見がでるはずじゃ」
ああああああああああ!へいかぁぁぁぁ!!
思わぬ角度からの攻撃に気が遠くなる。それ関係ないよ!!良い意見なんてあるわけないよっ!
大体、さっきからこの人達『神の力と魔法の関係』について喧嘩してるだけじゃん!!!
どうでもいいよ!私心底どうでもいいとしか思ってないよ!!!
・・・・どうでもいいって言ったら・・・・怒られるよな・・・。
「ほう、やはり彼女でしたか」
「そうは見えねぇな。魔法回路も・・普通だしな」
あぁ・・・机の下に潜りたい。いやオウチカエリタイ・・・。
普通だから、帰って良いかな?
「では意見を聞かせて頂きましょうか」
げっ!!何も思い浮かばない!!
兄様ぁぁぁぁ!!!助けてぇぇぇ!!!
幻影の兄様が『報いを受けよ』と突き放してくる・・・。ぐすん・・・。
「えーーーっとですねぇ・・・」
魔術師団長は、『魔法は純粋な魔素によって成されるもので、神の力は関係ない』って意見よね。
神官長は、『神聖魔法は神官のみが使えるから、全ての魔法には神の力が介している』って意見か。
・・・・やばい、平行線だよ。これ学者様の領域じゃない??
適当に言うか。多分何言ってもどちらかに否定されるだけだろうからね。
「神聖魔法は女神ヴィシュヌ様のご加護があり、その他の魔法はそれぞれの特性の魔素を元に発動しているのでは無いでしょうか」
お?適当に言った割にはいい感じじゃない???
「ふん、素人が言いそうなことだな。そのヴィシュヌ神の加護とされてる現象も魔素によるもんだってーの」
「神聖魔法の持ち主は、全ての属性魔法が使用出来るのですよ?無関係とするのは短慮ではありませんか」
どっちにも怒られたぁぁぁぁ!!!!
えぇえええええ・・・。じゃあ何言えば良いのさ、もうっ!!
「大体、『神の力』なんて曖昧なもん、検討する価値ねぇだろ。嬢ちゃん」
「不信心者が何か言ってますが、神を信ずるものしか授かることの出来ない神聖魔法が全ての根拠ではありませんか。竜騎士の花嫁よ」
え??ええええ???
私に話しかけてるみたいだけど、互いの顔を睨み合う魔術師団長と神官長。
何この二人、仲いいの?悪いの?どっちでもいいけど、私を挟まないでくれないかな・・・。
・・・あと神官長様・・・お願いだからその名前で・・・呼ばないで・・・・。
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