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5.ウルとアリシアの出会い~押しかけ魔王さま~5.




 願いがわかったからとはいっても、すぐに叶う願いではないことをウルはもちろん聡いアリシアもわかっていた。

 泣き止んですっきりした顔のアリシアに案内されて、ウルは彼女の部屋へと招待された。

 二階の一角にある小さな部屋。幼いころから使っていた部屋だという。

 部屋の中にはベッド、本棚、机と必要最低限の物しかない。少女らしいぬいぐるみも、可愛らしい装飾品の類も一切なかった。


「これが、お母さんの残っている写真です」


 ウルが部屋を見回していると、机の引き出しから取り出された一枚の写真。

 一冊の本に挟んで大切に保管してあったのは、もしかすると義母たちに見つからないようにするためなのかもしれない。


「お父さんとお母さんと小さいころの私の三人で撮った、たった一枚の写真です」


 写真を受け取ると、確かに今よりも幼いアリシアと、彼女を笑顔で抱きしめる女性。そしてウルが一度だけ見たことのある男性、マードックが写っていた。

 三人とも笑顔で、幸せそうな写真だった。

 どうしてこの後、アリシアの母が失踪してしまうことになるのかウルには皆目見当がつかない。のっぴきならない事情があったのか、それとももっと別のなにかがこの家族に訪れたのか。

 幼かったアリシアはもちろんわからないだろう。亡きマードックは理由をなにかしら知っていたようだったと商店の女性が言っていたが、それも本当かどうか不明だ。なにより、もうマードックは死んでいるので、たとえ事実がどうであったとしても答えを知るすべはない。

 ならば、地道に探すしかない。

 魔王なら魔王らしく、指をひとつ鳴らすだけでここにアリシアの母テオナを連れてきてやりたいが、そんなことが可能なほど魔王は万能ではないのだ。所詮は魔族の王という役職名。不甲斐ないばかりだ、と思う。

 少女一人の願いも簡単に叶えられないというのに、なにが願いを叶えて恩を売ろうなんて考えついたものだと過去の自分を殴り倒したくなる。

 礼を言って写真を返すと、ウルは考える。地道に探すとしても、どこからどう探せばいいのかわからない。


 ――そもそも、どうしてテオナ・スウェインは消えた?


 その理由がわからなければ、彼女にたどり着くことができない。


「アリシア……母親の荷物とか、残していったものはまだあるかな?」

「ありません。もともと母の私物は少なかったんです。少しは残っていたのもあったんですけど、お義母さんが捨ててしまって……ごめんなさい」

「アリシアが謝ることじゃないだろ。謝らなくていい、本当に謝らなきゃいけないのは、わずかな思い出の品を捨てた女だよ」


 どこまで俺を怒らせれば気がすむんだ。ウルは未だ面識もないアリシアの義母メリンダに何度目かわからない怒りを覚えるのだった。

 その時だった。


「アリシア! アリシアはいないのっ!」


 かん高いヒステリックな声が家中に響いた。


「家族が帰ってきました……」


 怖がるように声を揺らしてウルへと教えてくれるアリシアに、大丈夫だよと笑顔を向ける。

 ドンドンドンと足音を鳴らして、階段をあってくる音が聞こえる。そのまま足音はアリシアの部屋の前までくると、断りもなく勢い任せに扉を開けた。


「アリシアっ! いるなら返事ぐらいしないさい!」

「ご、ごめんなさい」


 とっさに謝るアリシアだったが、現れた女性はそんな彼女よりも、本来ならいるはずのないウルに目を奪われた。

 一瞬、呆然としていたようだが、すぐに我に返ると怒鳴るように大声を張り上げる。


「あなた誰よ! どうして私の家に勝手に入ってきてるのっ?」

「俺は魔王だよ。ていうか、別にこの家はアンタだけの家じゃないだろ、オバサン」

「オバっ……このっ!」

「なんだよ、ちゃんと喋れよ? この、じゃわからないって」


 小馬鹿にするように、メリンダを挑発するウル。すると、メリンダの怒りは幼いアリシアへと向かう。


「アリシア! アンタ、知らない男を家にあげるだなんて、その年でいったいなにを考えてるの!」


 メリンダの平手がアリシアへ向けられた。思わず目を閉じ身を固くするアリシアだが、いつまでたっても彼女を痛みが襲うことはなかった。

 不思議に思ったアリシアが恐る恐る目を開くと、メリンダの腕を掴むウルがいた。ただ、ウルの表情に怒りが宿っている。


「オバサン……すぐに手が出るタイプみたいだけど、まさか日常的にアリシアのこと殴ってないよな?」

「これは躾よ!」

「ならこれは虐待する親への躾だ」


 冷徹にウルはそう告げると、メリンダの腕を掴んでいた手に力を込める。


「ぎゃっぁあっ!」


 突然襲いかかってきた痛みに醜い悲鳴を上げて床へと膝を着くメリンダに、ウルは冷たい瞳を向ける。

 ウルの怒りは今、頂点に達していた。

 もともとメリンダに対していい感情を持っていなかったウルだが、それでもここまでするつもりはなかった。

 だが、アリシアに躊躇いなく手を上げようとして、あろうことか躾と言ったことで我慢の限界が訪れたのだ。

 ウルの怒りに同調するように、カタカタと家中が音を立てて震えだす。


「な、なによこれっ!?」


 地震でもないのに家が揺れはじめたことに、驚き叫ぶメリンダ。

 アリシアたちは気づくことができないが、揺れの原因はウルから発せられている魔力だ。怒りに連動して、感情のままに漏れ出した魔力が力となって家を揺らしているのだ。


「ママッ!」


 階段を駆けあって現れたのは、アリシアよりも少し年上の少女だった。おそらくメリンダの娘だ。つまりアリシアの義姉だ。

 ウルの神経を逆なでするように現れた義姉を見て、ウルが制御しきれていない魔力がさらに溢れようとしたときだった。


「やめてくださいウルさん!」


 アリシアの叫びに揺れはピタリと収まった。

 水をかけられたように冷静に戻ったウルだが、自分を見つめる大きな瞳を直視して動揺する。


「アリシア、俺は、こんなことをするつもりはなかったんだ」


 自分がしでかしたことに後悔の念を覚える。同時にメリンダを掴んでいた手の力が緩んだ。その隙に彼女はウルの手を払いのけて娘を抱えると、アリシアの部屋から飛び出すように逃げていってしまう。音を立てて階段を駆け下り、そのまま扉を勢いよく開けて外へ出たのがわかった。

 追いかけるつもりはない。次に怒りを覚えればなにをするか自分でもわからないから。


「ごめん、アリシア」


 その場に座り込んでウルはアリシアに謝罪する。

 感情のままに魔力を暴走させてしまった己の未熟さを恥じることしかできない。


「別に私は怒ってません。でも、あのままだったらきっとあとで今以上にウルさんが後悔すると思いました」

「面目ない」


 言われたとおりだった。きっとあのまま魔力を暴走させていたら、最悪の場合この家を壊してしまっていたかもしれない。

 アリシアの生まれ育った家を。

 両親の思い出が少ないとはいえ唯一存在するこの家を、ウルの感情のまま壊していたかもしれない。

 そうなってしまったら後悔だけではすまない。アリシアにどんな顔をすればいいのかわからない。

 止めてくれてよかった。止まることができてよかった。

 心底ホッとするウルは、顔を上げて心配そうにこちらを見ているアリシアと視線を合わせると、


「止めてくれてありがとう」


 勇気を出してくれた彼女へ感謝の気持ちを伝えた。





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