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2.ウルとアリシアの出会い~押しかけ魔王さま~2.





 ウルが移動してからしばらくすると、アリシアが扉を開けて首だけを出した。彼女が周囲を確認してホッと息を吐いた瞬間、ウルの表情が引きつる。そこまで警戒されていたとはさすがに思ってもいなかったからだ。地味に傷ついたと言わんばかりに体から力が抜けてしまう。

 くじけそうになる心と体に負けるものかと気合を入れて、アリシアの姿を追う。

 アリシアはウルの来訪で途中となってしまっていた洗濯を再開した。女性の衣類だけではなく、シーツも洗っている。やはり幼い子供にさせることではないと改めて思う。

 正直いって見ていてあまり気持ちのいいものではない。

 日課なのか手慣れてこそいるようだが手際はあまりよくなかった。やはりアリシアのような少女には量が多く、泡立てた洗濯をすすぐにも何度も水を交換しなければいけないために何度も手を止めては水を汲んでいる。

 時間はまだ午前中だが、この調子だと昼を過ぎてしまう可能性もある。

 洗濯を邪魔してしまったウルとしては、恩を売るつもりだったのに逆のことをしてしまったことに罪悪感を覚えてしまう。

 このまま見ていたらきっと手伝ってしまう。しかし、彼女はそれを絶対によしとしないことはわかりきっていた。

 見ているだけでなにもできないというのは辛い。そして、アリシアに一人で洗濯を押しつけて家族はなにをしているのだと何度目かわからない怒りの感情を胸に宿すのだった。

 ウルは行動することに決めた。

 向かうべきはアリシアのもとではなく町だ。

 もしかしたらアリシアの話を聞けるかもしれない。少なくとも勇者の娘であるアリシアのことを知らない人間はいないはずだ。

 同時にアリシアの家族のことも聞けるだろう。もしかしたら、言い方は悪いが虐待をしている可能性もある。だとしたら見過ごすわけにはいかない。

 まったく魔王らしくないことを考えるがウルだが、別にウルが珍しいわけではない。

 魔族だって生きているし、家族もいる。人間のように誰かを愛して婚姻だってするのだ。

 まるで悪の化身のように昔から言われることもあるが、ウルにとっては魔族と人間は種族の違い程度にしか思っていなかった。

 もちろん、魔族が全員そのような考えではない。まったく逆の考えを持つ魔族もいる。ウルの父親である前魔王などは、人間を滅ぼすべきだと無謀なことをしようとしていたと記憶に新しい。

 亡き父のことを思い出しウルは首を振る。

 そして思うのだ。


「あの子は……アリシアは、俺の父親が前魔王だと知ったら、父親と相打った仇だと知ったらどう思うんだろう」


 それだけが、ただ、不安だった。



 *



 ヒルクライム王国の首都から少し離れた場所にアリシアが暮らすトルマイという田舎町はあった。

 緑に囲まれ、水源も豊富、自然にあふれた心地よい町。それでいて自然に囲まれながらも常駐しているヒルクライム王立騎士団をはじめ、町の自警団がいるために獣に怯えることはない。

 そして大陸では知らない者がいない最大の宗教『十字星教会』のトルマイ支部があり、教会が抱える騎士団『十字星騎士団サザンクロスナイツ』もいる。

 田舎町ではあるが、暮らしている人は多く、人の出入りも多く賑やかだ。

 そんなトルマイの一角で、商店の女性を相手にウルはアリシアの話を聞いていた。


「アリシア・スウェインに家族はいるけど、血のつながらない義母と義姉か……。関係もあまりよくはないんですか?」

「私もねぇ、あまり人様のことを悪くは言いたくないんだけど。アリシアちゃんの父親のマードックが亡くなってから急に態度が変わったからこっちも驚いちゃって」


 四十手前ほどの恰幅のよい女性は店が暇なこともあり、ウルとの会話に付き合ってくれた。

 最初こそ、どうしてアリシアのことを聞くのかと疑うように尋ねられたので、アリシアの父の知り合いだと言うと、女性は笑顔になって話してくれた。

 嘘ではないが、騙しているので心が痛む。


「その問題の義母もマードックさんが健在のころはいい人だったんですか?」

「う、うぅん、そうねえ、でもこういうこと言っちゃうのは悪口になっちゃうのかしらねえ……」


 根がいい人なのだろう。こうして言葉に迷っている時点で、アリシアの義母があまり好印象のもち主ではないとわかるが、それを口にしていいものかと女性は悩む。

 ウルは買収目的ではないが、目についた王都限定と書かれている飴と焼き菓子を手に取ると女性に代金を渡す。


「べつに買い物をしてほしくて言い渋ったんじゃないんだけど……」

「誤解しないでください。アリシアちゃんへのおみあげですよ。急いできたので用意してなかったんです」


 困った顔をする女性に、アリシアの名前を出して誤魔化す。実際に、あとでアリシアにあげようと思ったのは事実なので嘘ではない。


「そう? ならいいけど……。アリシアちゃんの義母の話だったわよね、メリンダって言ってマードックと同じでこの町で生まれてこの町で育った、幼馴染みって関係だね。父親が王都の人間だったから都会への憧れが強くて、父親もそんな娘に甘くてね。よく娘を王都に連れていってはメリンダは子供たちに自慢をして、気づけば女の子のリーダーになっていたね」


 過去を懐かしむように女性は言う。


「結構わがままなところもあって、私たち年上は扱いに困ったよ。それでもマードックにだけは素直で言うことは聞いていて、大人になれば二人が一緒になると私も含めて誰もが思っていたんだ」

「だけど違った?」

「そうさ。アリシアちゃんの母親のテオナさんとマードックが出会ったことで、メリンダとマードックの距離が開いていった。そのころからメリンダが荒れはじめたのかね……」


 ウルは話を聞きながら、随分と複雑になってきたと内心冷や汗を流した。


「王国の騎士団に所属していたマードックと医術の心得があったテオナさんが惹かれあうのは時間の問題だったよ。実際、テオナさんも気立てのいい人で、あっという間に町のみんなに好かれたからね。結婚のときはみんなで祝福したさ、だけど……」

「だけど?」

「アリシアちゃんが生まれて三年ほどでいなくなっちまったのさ、幼いアリシアちゃんとマードックを残して。マードックは理由を知っていたみたいだけど、誰にも言わなかった。いや、もしかしたら本当は知らなかったのかもしれない。そして、その落ち込んでいたマードックを慰めたのが、ちょうどよく未亡人になっていたメリンダだった」

「未亡人だったんですか? そうなると、メリンダさんもどなたかと結婚を?」

「ああ、そうだよ。言い方は悪いけど、父親の事業が傾いてね、その結果歳の離れた男へと嫁いだのさ。そこで女の子を一人産んだけど、その旦那もすぐに死んじまったみたいでね。正直、タイミングがよすぎたからゾッとしたよ。もちろん、メリンダが旦那になにかをしたってわけじゃないけどさ」


 慌ててつけ足すように言う女性に、わかっていますとウルは頷く。


「そして二人が再会して一年ぐらいで再婚したのさ。お互いに子供は幼いから、片親だけじゃ駄目だと思ったんだろう。私らもその考えには賛成したよ。ただ、メリンダはやっぱりテオナさんの娘であるアリシアちゃんが可愛くなかったのかね」

「こういうことは聞きたくないのですが、その、辛く当たったとかですか?」

「いや、そこまではしなかったさ。だけど、実の娘との差をあからさまにつけてね。娘はアリシアちゃんと仲良くしたがったんだがそれを叱ったりしているのも見たね。そういうのはよくないって何度か注意をしたんだけど、それも逆効果になっちまったみたいで。それでもマードックがいる間はよかったさ」

「でも亡くなってからは?」

「言っておくけど、虐待はされていないよ。これは町のみんなが知ってるからね。もちろん、躾程度で叩いたことはあったそうだけど、アリシアちゃん自身からもそう言う話は一切なかったから。ただ、マードックが勇者になっちまったのが悪かったんだね」

「どういう、意味ですか?」


 ウルの問いかけに、大きくため息をつき女性は暗い声のまま続けた。


「この町にも教会はあるだろう、いってみたかい?」

「ええ、存じていますが、時間が悪かったのか人が多くて……」


 魔族だから教会に近づきたくないは言えるはずもなく、言葉を濁すウル。


「別にいいさ。私が言いたいのは、勇者っていうのは十字星教会が決めるだろ? マードックは『聖女フェミリア』様の末裔っていうのは知っていたけど、まさか勇者になって魔王と相打つとは思いもしなかったよ。ずっと田舎町在住の騎士だったのにねえ。でも、それが悪い方向へ進んじまったのさ。教会はもちろん、国からも英雄とされた男の妻になったメリンダはその立場のせいで完全に変わっちまった」

「それは……」

「もちろん、メリンダだけが悪いわけじゃない。大きな声じゃいえないけど、高額の恩賞金を与えた国と教会、そして勇者だ英雄だともてはやした私たちも悪いのさ。今じゃすっかり人が変わったように金を使って豪遊、あとのことなんか考えてない。挙句の果てに、アリシアちゃんだけを家に残して、いつも古い服をきせたまま家事ばかりさせている。だけど、私たちの声はもう届かない。なにか言えば、メリンダはヒステリーを起こしたように教会に駆け込むからね。教会も亡き勇者の妻を邪険にはできない。そうするとこっちが悪者さ」


 女性は悔いるように言う。


「どこで狂っちまったんだか、メリンダとその娘はこの町では厄介者になっちまった。それでも今はただの厄介者だからいいさ、だけどね……いつかメリンダがアリシアちゃんになにかするんじゃないかって、それだけが気がかりで」


 だから、頼む。そう言って女性はウルの手を握った。


「もしもアンタがマードックの知り合いで、アリシアちゃんをあの家から救えるのなら、お願いだ救ってやってくれ! 可愛そうなアリシアちゃんをもう見てられないんだよ!」


 きっと女性も初対面のウルにこんなことを言いたくはないだろう。

 だけど、言う相手が他にいなかったのだ。

 アリシアの義母は勇者となった夫を失い、国と教会から支援された結果変わってしまった。悪い方向へと。ゆえに町の人たちは厄介者扱いするが、それだけならいい。しかし、幼いアリシアにいつかなにかをするのではないかと、そう思いなんとかしたいと思ってもそれぞれの立場上なにもできない。

 そんな自分たちを不甲斐ないと思っているのだろう。

 女性がウルを掴む手の力は強く、目尻には涙が浮かんでいる。

 アリシアを心から心配している証拠だった。


「任せてください。私は、アリシア・スウェインの願いを叶えるためにこの町へときました。彼女が望めばなんだってするつもりです。だから、どうぞこれ以上心配しないでください」


 ウルは女性を安心させるように精一杯の笑顔を浮かべる。

 確かに今のアリシアには希望はなかったのだろう。だからあんな瞳をしていた。だが、母が消え、父を失い、義母と義姉からは冷遇される今の暮らしの中に願いがないわけがない。

 必ず願いを聞きだそう。例えどんな願いであっても、叶えてあげたい。ウルはそう強く思うのだった。





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