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1.ウルとアリシアの出会い~押しかけ魔王さま~1.





 ウルは呆然としていた。

 願いを叶えようとして、まさか間に合っていると言われるとは微塵にも思わなかったからだ。

 そもそも人間は、いや人間でなくても生きているかぎり願いがないはずがない。

 豊かな暮らしがしたい、家族にいい暮らしをさせたい、単純に金が欲しい、それらの理由で働き収入を得る。それ以前に、働かなければ生活できないシステムが人の社会ではできあがっている。その大元はやはり金だ。

 幼い少女の願いにはいささかふさわしくはないが、子供であっても金は欲しいと思ってしまうことは決しておかしくはない。むしろ普通だ。

 子供なら子供ならではの願いはもっとたくさんあるだろう。

 別に金や物がほしいとかではなくとも、子供らしいかわいい願いがあるはずだ。

 しかし、彼女は、アリシア・スウェインは間に合っていると言った。確かにそう言いきった。

 それでは計画が狂ってしまう。と、ウルは人様の家の前にも関わらず迷惑にも頭を抱えてしゃがみこむ。

 しばらくそのままの格好でうんうんと唸っていると、はっとなにかに気づいたように立ちあがった。


「やっぱり俺のこと怪しい奴とか、頭おかしい人だとか思ってるとかないよな?」


 だが、アリシアが家の中に入って鍵を閉めてしまったことも含めて、可能性が高い。

 いきなり現れて、魔王だ、願いを叶えてやろうなどとおかしなことを言ったら、子供でも警戒するに決まっている。


「うわぁ、もしかしなくても俺ってちょっと痛い人?」


 第三者がこの場にいれば、きっとなにを今さらと呆れるだろう。そして、ちょっとではなく凄く痛い人だと指をさして大笑いするだろう。

 町の自警団に通報されないだけ運がいいとしかいえない。

 だが、ウルもただの馬鹿ではない。しっかりとした目的があってアリシアに会いにきたのだ。決して幼い少女に痛い人だと思われるためではない。

 ウルディーナ・ルキフェイルはアリシアに信じてもらえなかったかもしれないが、自分で名乗ったように本当に魔王である。

 年齢こそ十八歳と歳若いが、魔族と呼ばれる種族を束ねる王としてふさわしい血統と力を持っている。

 ではなぜ、そんな魔王がアリシアという少女の願いをわざわざ叶えにきたのかというと、理由は簡単だった。


 ――古の勇者の末裔であるアリシア・スウェインに恩を売るため。


 もちろん、可能であれば味方に引き込みたいとも思っているが、贅沢をいうつもりはない。重要なのは、アリシアがウルに恩を感じてくれれば、とりあえずはそれでよかったのだ。

 先代魔王、つまりウルの父親は勇者の末裔であるアリシアの父親によって敗れている。ただし、相打ちという形でお互いに勝者も敗者もなくただ死んでしまった。

 そしてウルが十三代目魔王となり、魔王となり魔族に新たな王をとして認められるまで数年の時間がかかり現在に至る。

 今、最も大切なのは、現魔王であるウルは勇者の末裔と戦うつもりは一切ないということだった。

 当たり前だ。好き好んで戦いを求める者はいない。皆無とは言えないが決して多いわけではない。そしてウルもまた戦いを望まない者だった。

 自分がひとりで戦うのなら、まだ百歩譲ってよしとしよう。だが、大きな戦いになり、戦争となれば魔族だけではない人間にも大きな被害が出ることは間違いない。そして、戦争になれば泣くのはいつだって弱き民だ。

 傷つく者、命を落とす者、大切な人を亡くしてしまう者。

 そんな悲劇を繰り返さないためにウルは魔王となったのだ。そして、まだ力こそ覚醒していないが、いずれは自分の血筋を知ることになるだろうアリシアに幼い内から恩を売るのだ。その結果、味方にはなってくれなくても、魔族と戦いたくないと思ってくれればそれでいい。

 随分と気長でみみっちい作戦ではあるが、幼いアリシアを今のうちに殺してしまうという馬鹿げた案よりマシだ。だいぶだいぶマシだと思う。


「諦めるなよ、俺! まだ始まったばかりだろ!」


 自身を叱咤して立ち上がると、アリシアが鍵を閉めてしまった扉をノック。

 もちろん反応があるわけがない。

 随分と警戒されてしまったものだ。

 ふっと暗い笑みを浮かべてみるが、恰好などつくわけがない。そもそも、ウルの言葉が悪かったせいでこうも警戒されているのだから自業自得としかいえない。

 ノックを続けると、ガチャンと音がして鍵が開けられた。そう思い、ノブを掴むが扉が開く気配は全くない。


「鍵をもう一個締めやがったっ!?」


 先ほどよりも強く音を立てて扉を叩く。

 正直な話、この程度の強度の扉なら壊すことなど容易い。だが、それをしてしまえばただの悪人だ。現時点でも十分に不審者かもしれないが、ウルが強盗などになった記憶はない。あくまでも未来の勇者に媚びるためにきたのだから。

 ノックをしばらく続けていると、ガチャンガチャンと音が鳴る。まさか鍵をふたつ追加で絞められたと不安も覚えるが、小さく音を立てて扉が隙間をつくる。

 ホッとするウルだが、明らかに警戒しているアリシアの視線にたじろいでしまう。扉にしっかりとチェーンがかけられているのもなかなか悲しい。


「……うるさいです」

「あ、すみません。じゃなくて、君の願いを叶えさせて!」


 もう自分のほうがお願いしていることにウル自身気づいていない。

 そんなに一生懸命に願いを叶えたいと言うウルのことがわからなくて、アリシアは扉越しに首をかしげてしまう。


「本当に願いがないの? お金とか、なにか欲しいものとかないの?」

「お金には困っていません。家族は欲しがるかもしれませんが、私はいりません」

「じゃあ他になにか……」


 とにかくねばる。

 せっかくこうして会話ができるチャンスなのだ、無駄にしたくないと懸命に次々に提案の上げていくウルだが、そのすべてにアリシアは首を横に振った。


「私、本当に願いはないんです。どうしてあなたが私の願いをそんなに叶えたいのかわからないですけど、私は今のままで十分ですから」

「本当に?」

「はい、本当です。だからもう帰ってください。これからしなければいけない家事がたくさんあるから、いつまでもそこに居られると困ります。今、願いがあるとしたら、あなたが帰ってくれることだけです」


 そう一蹴されてしまった。

 本当に願いがないのだろうか、とウルは再度疑問に思う。ウルでさえ、願いを持っている。たくさんある。その中のひとつの願いを叶えようと、こうして少女の願いを叶えようと懸命なのだ。

 しかし、その少女には願いがないと言う。

 最初は信じることができなかった。だが、今、この瞬間、アリシアの言葉が嘘ではないと知ってしまった。

 気づいたのだ。扉の隙間越しに見えるアリシアの瞳に希望がないことを。

 絶望している瞳ではないが、希望を持っていないアリシアの青い瞳がウルを写している。


「そう、か……本当に、願いはないんだね?」

「はい。私に願いはありません。このままでいいんです」


 まるで自分自身に言い聞かせるような言葉だとウルは思った。だが、そのことを指摘してもアリシアはきっと否定するだろう。

 本当に願いがないのか。それとも、心の奥底に願いを隠しているのか。

 きっと後者だろうと判断する。

 だが、その奥底の願いを打ち明けてもらえるほど、ウルとアリシアに信頼関係があるはずがない。

 今日初めて顔を合わせたばかりで、きっと怪しまれているウルにアリシアが心を開くわけがないのだ。


「もういいですよね、じゃあさようなら」


 返事も聞かずに扉を閉められた。今度は鍵を閉められることはなかったが、明確な拒絶だった。ウルもまたこれ以上アリシアになにかを言うつもりはなかった。

 どうするべきか、と考える。

 思い出すのは少女の希望がない青い瞳。幼い少女がする瞳ではない。決してそんな瞳をしていいわけがない。

 大きなお世話かもしれないが、なんとかしたいと思ってしまった。

 考えは変えていない。アリシアに願いがないということはない、むしろきっとあるのだろう。だが、本人が願わないように心の奥底にしまって鍵を厳重にかけてしまっている。

 もしかしたら叶わない願いだと諦めているのかもしれない。

 願いを叶えてやろう、と偉そうなことを言ったウルだが、例え魔王とはいえ限界がある。叶えられる願いと、叶えられない願いがある。そもそも、アリシアの奥底にある願いがそのどちらかなのかもわからない。

 それ以前に、ウルはアリシアのことをなにひとつ知らなかったことを今さらながらに思い出す。

 今日初めて会ったのだから当たり前だ。それでも、彼女に違和感を覚えたのも事実。

 自分では言いたくないが、突然現れた怪しい男が娘と接触しているのに、家族が出てくる様子が一切なかった。そもそも家の中に人の気配を感じなかった。

 ならば一人暮らしかと思ってしまうのだが、アリシアの洗濯している衣類に大人の物が混じっていることから少なくても三人暮らしだとわかっていた。

 幼い子に家事をさせて親はなにをしているのかと気になり。いっそのこと洗濯の手伝いをしたい衝動に駆られたが、さすがに女性の衣類を見知らぬ男が選択するのはマナー違反もいいところだ。


「とりあえず、俺はあの子のことをなにもしらない。だから、知ることからはじめよう」


 ウルはそう決意すると、アリシアの家から少し距離のあるところにそびえ立つ大木を見つけ、その大木の太い枝へ向かい跳躍をする。

 そのまま腰を下ろすと、アリシアの家と庭が眺められることを確認して幹へと寄りかかったのだった。






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