16.望まぬ覚醒6.
白い剣と光の槍がぶつかり合う。
衝撃で、地面が削れ、風が巻き起こるが、フェミリアもクラディルも攻撃の手を緩めることはしなかった。
「長い時を生きていたと言うだけのことはあるっ!」
幼いアリシアの体で巧みに剣を操るフェミリアは、その姿からは不釣り合いな言葉遣いでクラディルを攻め続けていく。
だが、クラディルはフェミリアの攻撃の一撃一撃を光の槍で丁寧に受け止める。
「素晴らしい、と言いたいところですが、私は疑問に感じています」
「なにを疑問に思うことがある!」
「あなたはなにをそんなに焦って攻撃をしてくるのですか?」
「……なにを根拠にそんなことを言う?」
剣と槍がぶつかった余波で互いの背後の地面に大きな亀裂が入る。
「今の一撃です。私の聞き覚えている勇者フェミリア・スウェインは、私程度の下級天使など、一刀両断にしてしまうほどの強者だったはず。ですが、今はこの私と同等に、いえ、私の方に余裕があります」
クラディルの問いに、フェミリアは無言で剣を振り降ろした。
「この無言の攻撃が私の疑問に対する答えとして受け取っておきましょう」
左肩を縦一閃に斬り裂かれながら、血を流してクラディルは微笑む。
右手を傷口に当てると、淡い光が灯り、瞬時にその傷を回復させてしまう。
フェミリアは忌々しく、その光景を見ていた。
「天使のその回復能力は相変わらずズルいな」
「言っておきますが、これはあくまでも力によって治しているだけです。魔族のような再生能力とは違いますので、お間違えないように」
「そんなことは、とうの昔に知っている」
剣と槍の攻防が続くが、互いの実力は拮抗していた。
クラディルの指摘通り、フェミリアは押されつつあった。
なぜなら、フェミリアはかつて持っていた力の十分の一も力を出すことができていないのだ。その理由は、フェミリアが宿っているアリシアの体にある。
勇者の、いやフェミリア・スウェインの血を引く者として、資質はこうしてフェミリアが現れることができるほど高い。
しかし、肝心な肉体が幼すぎた。
十二歳の少女の体は、とてもじゃないが戦うことに適してはいない。
先ほどの力の暴走とは違うが、こうしてフェミリアが力を使えば使うほど、アリシアの体には負担がかかっているのだ。
アリシアを守るために表に無理やり出てきたフェミリアにとって、このことは実に好ましくなかった。ゆえに、早く決着を着けようとしていたのだが、それをクラディルに見抜かれてしまったのは大打撃でしかない。
おかげで、焦るフェミリアと、いずれは時間が経ち彼女が消えると確信しているクラディルの落ち着いた動きでは、力がどうこう以前に、差が生まれていた。
剣を振るうたびに力を消耗していくのがわかる。このままではジリ貧だ。なによりも、アリシアに負担が出てしまう。今はまだ許容範囲内だが、このままではアリシアのことを害してしまう。
それだけはどうしても避けたかった。
「どうしました? 伝説の勇者、フェミリア・スウェインの実力はその程度ですか?」
「言わせておけばっ!」
クラディルが何度目かになる光の槍を放つ。その程度の攻撃では、意味はないとフェミリアが槍を斬ろうとする。だが、フェミリアに槍が届く前に、その槍が爆ぜた。
「……なぁっ……ぐっ」
突如爆発した光の槍の勢いで、大きく吹き飛ばされてしまうフェミリア。受け身を取ることができず、背中から地面へと落ちる。
呼吸が一時的に止まるほどの衝撃を受けた彼女は、なにが起きたとクラディルを睨む。
「安い挑発に乗ってくださり、感謝します。なにをしたのか、と思っているようですのでお答えしますと、あなたが今受けた通り、槍を爆発させただけです」
フェミリアは驚きに目を見開いた。初めて受けた攻撃だったからだ。
「天使が持つ光の槍は、天使の力によって構成された力の集合体です。ゆえに、先ほどのようにあなたに槍が届く前に力をほどくことができれば、結果はごらんのとおりです」
「こ、こんなところで……」
フェミリアを巻き込んだ爆発はただの爆発ではなかった。
天使の力が爆発したもの。ゆえにその爆発ひとつに光の槍同等の力が宿っているのだ。
「どうやらあなたがアリシア・スウェインの体を使うことができる限界が訪れたようですね。まさか私があのフェミリア・スウェインと戦い勝利するとは思いませんでした。実に、いい経験をさせていただきましたよ」
フェミリアの意識が遠のいていく。
強いて焦ってしまったフェミリアの失策だった。アリシアを守ろうとして守れなかったことが悔しくてしかたがない。
「すまない、アリシア……」
体のもち主に、守りたい子孫に謝罪の言葉を告げる。
そして、離れたところにうつぶせに倒れているウルの姿を見つけ、フェミリアは泣きそうな表情を浮かべた後、
「ごめんなさい」
と、ウルにも謝罪するのだった。
そして、フェミリア・スウェインの意識は消えた。
「聞こえていますか、アリシア・スウェイン?」
動かなくなったフェミリアの体から、意識が入れ替わっていたときに感じていた力を感じなくなったことで、クラディルは意識がアリシアに戻ったと判断した。
声をかけるが返事はない。意識を失っているのかと思い、彼女に近づこうとすると、アリシアの体が動くのを確認した。
「生きているなら結構です。では、諦めて教会に行きましょう」
改めて満身創痍となっているアリシアに、大した疲労もなくクラディルは余裕を持って告げる。
ここにきて、人間と天使という種族の差が大きく現れた。
「……ウルさん」
消えてしまいそうな声で、アリシアはウルの名を呼ぶと、ほとんど力の入らない体を引きずってウルのもとへと這っていく。
「無様な……」
フェミリアがアリシアの体を使って戦闘をしていたとき、アリシアの意識はフェミリアと入れ替わっていたが、消えていたわけではない。
クラディルとの戦い、フェミリアが自分を守るために戦ってくれたことをアリシアは覚えていた。
だが、もう体に力はなく、意識を保っているのも限界だった。
今はただ、ウルの傍へと行きたいという願いから、体を必死で動かしているだけ。
クラディルにはアリシアの行動理由がわからない。
ただでさえ、アリシアの体はこれでもかというくらいにボロボロなのだ。だというのに、もうない力を振り絞って、魔族の死体に近づき懸命に手を伸ばす意味がわからない。わかりたくもない。
これでウルが生きていればまだ理解の範疇だが、死体が動くはずがない。
いっそ、ウルの死体を跡形もなく消し飛ばしてしまうことが慈悲だと思えてきた。そして、そう思えば行動することに迷いはなかった。
「……ウルさん」
もう少しで、手が届く。あとわずかでアリシアはウルに触れることができるところまで体を引きずっていた。だが、あと一歩、ほんの少しの距離が足りなかった。
だから彼の名前を呼ぶ。もう聞こえていないとわかっていても、すがるように、泣きながらウルの名前を呼び続ける。
背後では、クラディルがウルそのものを消し飛ばしてしまおうと、力を込めた槍を作り上げているが、そんなことに気づくこともできずにただウルを求めて手を伸ばす。
そして、
「助けて……ウルさん」
名前を呼ぶだけではなく、助けを求めた瞬間だった。
「……え?」
決して動かないはずのウルの腕が伸び、アリシアの手を握ったのだった。




