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10.ウルの理由2.




 アリシアに許されたウルは憑き物が落ちたように心が軽くなっていた。

 アリシアは確かにウルを許してくれた。ウル自身がウルのことを許せとも言ってくれた。だが、そう簡単にウルは自分自身のことを許せそうもない。

 いつか許せる日はくればいいと願わなくもないが、今はそのときではない。

 ならばすべきことをしよう。

 かつてマードックとかわした約束を守るため、アリシアの母に会いたいという願いを叶えよう。その願いを叶えたときこそ、ウルは自分のことを許せるかもしれないと思った。


「アリシア、写真の裏をもう一度見てほしい」

「えっと、はい。見ました」

「愛する家族の笑顔のために戦おう、そう書いてあるよね。三人で写っている写真の裏に、家族の笑顔のためにと書いてある。アリシアのためにではなく、家族のためにと」


 ウルの言葉がいったいなにを意味するのかと首を傾げていたが、ハッと気づく。


「もしかして、お父さんはお母さんが生きていると知っているってことですか?」

「俺はそう思っている。もちろん、本当にそうだったかはマードックにしかわからない。俺も、当時にはアリシアの母親が失踪しているなんて知らなかったから聞くことができるはずもないから、推測でしかないけど。少なくとも、アリシアの母親はどこかで生きている。俺はそう思うよ」

「お母さんが、生きている」


 ずっと会いたいと願っていた。しかし、心のどこかでは、もしかしたらもう母親は生きていないのではないかと思ってしまことも何度もあった。

 しかし、ウルはマードックの残した写真に書かれていた言葉から、どこかでアリシアの母親は生きていると推測してくれた。

 思い返せば、ウルは一度も最悪の可能性を口にしていないことをアリシアは思いだした。

 彼は最初から、アリシアの母親が生きていることを前提に会話をしていたのだ。


「会えるよ。時間はかかるかもしれないけど、俺が必ず会わせてみせる」


 だからこそ、ウルはここで死んではいけない。もう死ぬことは許されない。

 アリシアになら命を差し出す覚悟はできていたが、彼女に許された今、この命を誰かに奪わせることなどできない。

 ゆえに、一度はウルを追い詰めた天使クラディルが相手だったとしても、生きて勝たなければいけない。

 そのためにはまず、この雁字搦めになっている強固な封印を解くところからはじめよう。

 もうだいぶ術式がウルの血を吸っているはずだが、解ける雰囲気は今のところない。まだ血が必要なのかとうんざりするも、幸い胸の傷からはいまだに血が流れつづけている。だが、この出血ももうしばらく続くと生命にかかわってくる。

 そんな自爆のようなことだけは避けたかった。


「傷の手当は本当にいいんですか?」


 ウルが言葉を止めて自分の胸の傷を眺めていることに気がつたアリシアが心配そうに声をかけた。

 大丈夫だ、というのは簡単だったが、せっかく笑顔になったアリシアの顔が曇ってしまっているのはこの怪我のせいだとわかっているので、曖昧なことをいって誤魔化したりはするつもりはない。


「実は俺の力って封印されているんだ」

「封印、ですか?」

「そう、封印。血が邪魔だけど、見えるかな? 体に刺青が彫ってあるでしょ、これが俺の魔力をほとんど封じる拘束型封印術式って言ってね、自分では解けないんだ。だからこうして流れた血を直接術式に吸わせて、命の危機だから封印を解けってやっているんだけど、もう少しかかるみたいなんだよ」


 困るよね、とウルは苦笑して見せるがその顔色は悪い。おそらく出血のせいだ。


「力が戻れば、この程度の傷は回復するんだけどね。もっとも、俺が本当の意味で魔族だったらもっと回復力もあったんだろうけど、残念ながら違うからさ」


 ウルの言葉にアリシアは「え?」と小さく驚きの声をあげた。


「それってどういうことですか? ウルさん、魔王なんですよね? でも、本当に意味で魔族じゃないってどういう意味ですか?」

「そういえば言ってなかったっけ? 俺自身、種族とかの違いはあまり気にしないタイプだから言い忘れていたみたいだけど、俺は『ハーフシュテメ』なんだ」

「ハーフシュテメ?」


 はじめて聞いた単語をアリシアがオウム返しをする。


「人間には珍しい単語かな。ハーフシュテメとは混血、つまり魔族という種族と人間の間に生まれた者を指す言葉なんだ」

「もしかしてウルさんは」

「そう、俺は魔王の父と人間の母の間に生まれた、混血なんだ」

「ウルさんのお母さんは人間なんですか?」


 驚くアリシアにウルは自分の黒髪を指さす。


「この黒髪は母親から受け継いだんだ。詳しくは知らないけど、母親は遠い島国の出身らしくてね。髪だけじゃない、俺は魔族よりも人間に近いんだ」


 次々と出てくるウルに関することにアリシアは驚き続けた。

 なによりも驚いたのは、ウルが魔族と人間との混血だということ。そして魔族よりも人間に近い身でありながら、魔王であることだ。

 不思議な人だとアリシアは思う。

 魔王の子として生まれ、人間の母を持ち、勇者の死を看取り約束を交わした。魔王になっても約束を忘れず、その約束を果たすために今こうしてアリシアに会いにきてくれた。そして希望をくれた。

 一言ではとても言い表すことが難しい人。それが、ウルディーナ・ルキフェイルだった。


「ウルさんのお母さんはどんな人ですか?」


 尋ねられたウルが、ぎこちなく苦笑をしてから思い出すように目を瞑る。


「そうだね、優しい人だった。人間だったけど、魔族からも慕われていていてね。多くの人たちから相談を受けていた記憶があるよ。温厚で、でも陽気な面ももっていたね。俺の親父でさえ、母の前ではよい夫で、父であろうとしていたから」


 言葉を区切り、大きく息をはく。


「だから今でも不思議なんだよ」

「不思議?」

「親父は人間を滅ぼそうとした。だけど、あとにも先にも愛した人は人間の母だけだった」


 ウルは両親が一緒になった経緯すら知らない。

 魔族の中でもウルよりも年上は多い。聞けば知っている魔族がいてもおかしくはないが、ウルは聞こうとはしなかった。

 聞いてもしかたがないと思っていたのだ。


「結局、親父は昔はよき王だったらしいけど、変わってしまった。だから強硬派の連中にいいように唆されて戦争をはじめて、多くな命を巻き込んで、結局死んだ。きっと母が生きていればそんなことにはならなかっただろうね」

「……ウルさんのお母さんは、死んじゃっているんですか?」

「うん。俺が子供のころにね。流行病って聞いていたけど、たまに真相は違うんじゃないかって疑うときもあるよ」


 アリシアは思う。もしかしたら、ウルの父親の前魔王は、妻の死によって変わったのではないかと。

 きっかけとしては十分すぎると子供のアリシアでも思う。だが、それを口にしなかったのは、自分が思いつくことをウルが思いつかないわけがないからだ。

 そして、それ以上に、母と二度と会えないことがわかっているウルにどう言葉をかければいいのかわからなかったのだ。

 そんなアリシアに気づいたウルは、気にしなくていいとばかりに彼女の頭を撫でる。


「優しいね、アリシアは。でも気にすることはないよ、もうずっと前のことだし、乗り越えたから」

「本当に?」

「ああ、本当だ」


 でも、とウルは続けた。


「きっと俺はアリシアに親近感を勝手に抱いているんだと思う。俺たちの共通点は、父親も母親もいないこと。俺とアリシアでは理由も経緯もきっと違うけど、ただいないということだけは一緒だ。だからだろうね、俺はアリシアに母親と再会してほしいんだ」


 もしかすると、ウルもきっと母親とまた会いたいのかもしれない。だが、それは叶わない。もう生きていないからだ。魔族だろうと、魔王だろうと自然の摂理には抗う術がないのだ。

 アリシアに親近感を抱いたのも、強く母親と会わせてあげたいと思う気持ちも、ウルが気づいていない母親への気持ちの表れが原因のひとつになっているかもしれない。

 それでもウルがアリシアを思う気持ちは本物だ。

 嘘偽りなく、アリシアと母親を会わせてやりたいと思っているし、アリシアの寂しさを埋めてあげたいとも思っている。

 もうマードックとの約束や、アリシアから父親を奪ってしまったということの償いだけが理由ではない。

 ウル自身の意志で、アリシアのことを想っているのだ。

 アリシアの長い髪を撫でながら、ウルは必ず願いを叶えてあげたいと思うのだった。




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