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9.ウルの理由1.





 止まることのない血が流れ出てくる胸の傷を押さえながら、ウルはアリシアを探していた。

 同時に、天使クラディルと戦うために服の下に隠されている、ウルの力の大半を封じる術式『拘束型封印術式』を解除するため、自らの血を使い術式に干渉していた。

 拘束型封印術式は、ウルのように肉体に対して過剰な魔力を持って生まれてしまった者がその力に飲み込まれてしまわないように力を押さえる術式だ。同時に、捕らえた敵の犯行を許さないために力を封じることを目的として使われることもある。

 ウルはその術式を直接体に施していた。複雑な術式を刺青で胸や背に描くことで、確実にその力を封じることに成功していたのだ。

 だが、この拘束型封印術式には大きな欠点があった。

 それは、一度力を封じてしまうと、簡単に術式を解くことができないということ。

 捕虜に施される術式でもあるため、しかたがないことだが、こういう場面に遭遇すると、この複雑な術式を忌々しく感じてしまう。

 術式を解くには、力を封じた者が解除するか、または一定以上の血を術式そのものに吸わせることによって、命の危機と判断させて強制解除を行うしかないのだ。

 そして、今ウルがしていることは術式に流れた血を吸わせることで命の危機に瀕していると術式に認めさせて強制解除を行おうとしているのだ。

 事実、このままでは出血多量でウルは死んでしまう。その前に術式が解けるか不安だった。

例え魔族であっても、魔王を名乗ろうとも、死ぬときはあっけなく死んでしまうのだ。

 人間と変わらない。死は平等に訪れる。だからこそ、魔王であっても倒されてしまうの。

 術式に血を吸わせながら、ウルはアリシアを探し続ける。

 早く探しださなければクラディルが追ってきてしまう。先ほどは相手が見下してくれていたおかげでカウンターを当てることができたが、次はそうはいかないはずだ。

 例え見下されていようが、弱い魔族だと思われていようが、相手は最初から殺すつもりでくるだろう。そうなれば、今のままのウルでは負けてしまうことは必須。

 だからこそ一刻も早く拘束型封印術式を解かなければならない。

 ウルが死んでしまえば、アリシアは連れ戻されてしまう。そうなってしまえば、また今までのように家という名の檻へと入れられてしまう。恋しい母のことを胸の中に封じながら生きなければいけない。

 もしかすると、義母は今回のアリシアの行動を責めてつらく当たる可能性だってある。それはウルのせいだ。

 だからこそ、ウルは死ねないのだ。

 ウルがすべきことは、責任をもってアリシアを外の世界へと連れだすこと。そして、母親を探すために、ともに旅をすることだ。


「だけどアリシアが見つない……このままだと、術式が解けるのが先か、俺が死ぬのが先かの瀬戸際なんだけど」


 額に脂汗が浮かんでくる。

 正直に言って、現在進行形で命の危機なのだ。

 そんな時だった。


「ウルさんっ!?」


 大きな声で名前を呼ばれた。

 振り返ればアリシアが口元を抑えて、信じられないとばかりに青ざめた表情を浮かべている。


「ど、どうしたんですか、そんなに真っ赤に……それは、血、ですよね?」

「アリシアみーっつけた」


 言葉こそ軽いが、アリシアはウルが重傷だと一目で気づく。血だらけになっているのだから気づかないほうがおかしい。

 恐る恐るアリシアはウルへと近づく、むせかえるような血の臭いが鼻についた。

 いったい、自分が彼から離れていた間になにが起きたというのか。


「とにかく怪我の手当てをしましょう!」

「大丈夫だから、それよりもどこかに身を隠したいんだ。いい場所知らない?」

「大丈夫って……そんなに血を流しているのに」

「アリシア、時間がないから頼むよ」

「……わかりました。なら、川のほうにいきましょう」


 ウルの体が大丈夫ではないことは、子供のアリシアでもわかる。大丈夫だというウルに納得ができなかったが、それでもアリシアはウルの頼み通り、身を隠せる場所に彼を案内した。

 少しの間二人は歩くと、川辺にある壊れた橋の下へと身を隠した。


「水を汲んできましょうか?」


 身を隠したと同時に、地面に座り込んで荒い呼吸を繰り返すウルに心配そうに尋ねるが、彼は首横に振る。


「それよりも、座って話をしよう。俺は君伝えたいことがある。言わなきゃいけないことがあるんだ」

「でも……」

「お願いだ、アリシア」

「わかりました」


 ウルの雰囲気があまりにも真剣だったために、アリシアは彼と向き合う形で腰をおろす。

 怪我の具合も心配だが、ウルの伝えたいということも気になるのだ。

 どちらも大事だが、今はウルの願いどおりに話を聞くことを選んだ。


「最初に、魔族だと黙っていてごめん。魔王だっていっても信じていないのはわかっていたけど、勇者として魔王と相打ちになってしまった父親を持つアリシアにすべてを打ち明ける勇気がなかったんだ」

「……そう、ですか。でも私も信じてなかったから、そのことはもういいです。でも、ウルさんが本当に魔王なら、どうして私のところへときたんですか? 復讐、ですか?」

「違うっ!」


 復讐というアリシアから出た単語に、ウルは怪我の痛みなど無視しで大声で否定する。


「復讐なんて考えたこともない。それだけは信じてくれ!」

「ごめんなさい、変なことを言ってしまって……。でも、そう思っちゃうのはしかたがないと思うんです」

「アリシアがそう思うのはわかるよ。俺も同じ立場だったらきっと似たようなことを思うはずだから。だけど、俺にはアリシアに復讐するつもりはない。逆に君が望むなら、この命を差し出しても構わない」

「どうしてそんなこと……」

「それは、俺の親父こそが、アリシアの父親と戦った魔王だからだ」

「う、うそ……。嘘、ですよね?」

「ごめん」


 信じられないと目を見開くアリシアに、ウルは謝ることしかできなかった。

 嘘だといってほしいとアリシアの視線が訴えてくるが、アリシアに嘘をつくことができない。


「じゃあ、ウルさんは私と、私のお父さんを恨んでいるんですか?」

「恨むなんて感情はひとかけらもない。むしろ、その逆だ」

「逆、ですか?」

「ああ。俺は前魔王、つまり俺の父親を殺そうとしていた」


 突然の告白に、アリシアが息を呑んだ。

 まさか彼女もウルが父親殺しをしようとしていたなど突然言われるとは思ってもいなかったはずだ。


「どうして、そんなことを? どうしてウルさんは、自分のお父さんを殺そうなんて思ったんですか?」

「俺の親父は、最初こそ魔王として有能な王だったらしい。だけど、ある日を境に人が変わったように、人間を滅ぼすことばかりを考え、国の民が傷つくことはしかたがないことだと言って戦争をはじめてしまった」


 その戦いにアリシアの父親のマードックが勇者として参戦したのだ。


「俺は親父の選択が間違っていると思っていた。だから戦争を止めるために、親父を殺そうとしたんだ。だけど、そんな俺を止めたのが、君の父親だよ」

「お父さんが?」


 ウルは頷き、過去を思いだすように目を瞑る。


「戦争の終盤、勇者マードックと仲間たちが城へと乗り込み親父の部下たちを戦っていたとき、俺はその混乱を利用して親父を殺そうとした。そんな俺に気づき、止めてくれたのがマードックだった。子供が親を殺したらいけないと、勇者である自分が戦うからと言ってくれた。そして本当に、俺の代わりに親父と戦ってくれた強くて優しい勇者だった」


 本来ならウルの役目だったはずのことを、代わりにやってくれたのだ。

 勇者だから魔王を倒すという理由ではなく、魔族ということなど関係なく、子供が親を殺したらいけないという理由だけでマードックはウルの代わりに魔王と戦ったのだ。

 もちろん、それだけが理由でマードックが戦ったわけではない。だが、ウルのことがマードックの戦う理由のひとつになったのは確かだった。


「正直に言ってしまうと、いくら勇者といっても人間に魔王である親父を倒せるとは思わなかった。だから、俺はその戦いをずっと見ていた。もしかしたら親父に隙ができると思ったから」


 しかし、結果はウルの予想を大きく外れることとなる。

 人間のマードックが魔王を倒したのだ。

 そのときの光景は今でも忘れることができない。


「マードックは俺に言ってくれた通りに魔王を倒してくれた。だけど、魔王も伊達に魔族の王をやっているわけじゃない。彼もまた致命傷を負って死にかけていたんだ。俺はなんとか命を繋ぎとめようとしたけど、傷は深く出血も多くて、当時の俺の力では痛みを和らげる程度しかできなかった」


 結果として魔王と勇者の双方が死んだことにより、戦いは終わった。


「俺はマードックの死を看取った。その際に、アリシア……君の話を聞いたんだ。まだ幼い君のことを残して死んでしまうことが心残りだと言っていた。写真も見せてもらった。そしてひとつの約束をしたんだ」

「約束?」

「俺の代わりに戦ってくれた恩を返したかった。幼い娘を残して死なせてしまうことになったことを償いたかったんだ。そんな俺に、マードックは言ってくれた。今思えば、俺の心情を思って言ってくれたのかもしれない」

「お父さんはウルさんへどんなことを言ったんですか?」

「――大切なアリシアのことを頼む」


 アリシアの目が大きく見開く。

 死の間際に自分のことを思っていてくれたという、驚きと父への想いから。


「だから俺は約束したんだ。そしてその約束を果たすために、俺は魔王となった。俺の行動を誰にも邪魔されないために」


 すぐにアリシアのもとに訪れることができなかったのは、魔王になるためだった。

 次の魔王になろうとする者は決して少なくなかった。今までは魔族王家から魔王が排出されていたが、当時魔王を失ったときにはウルしか子供はいなく、なによりも幼すぎた。

 そんなウルを排除して魔王になろうとしようとした者も多く、内戦とまではいかないが王位争いまで発展してしまった。

 ウルは敵対する者をすべて力で排除した。

 本来なら同じ魔族を傷つけたくはなかったが、戦争を繰り返そうとする前魔王のあとを引き継ごうとする者ばかりだったからだ。

 二度と戦争などしてはいけない。マードックのように、他人のために戦い、一番大切な存在と再会できずに命を落としてしまう悲劇を繰り返さないために。

 それだけではない。民が不安にならないために、弱き仲間たちが傷つかないために、ウルは魔王になった。そして魔王に至るまでの過程で泣き言を吐くことなく、力には力で対処してきたのだ。


「魔王になるのに時間がかかったせいで、会いにくるのが遅くなってしまったんだ」


 ごめん、とウルはアリシアへ謝罪する。

 そして頑丈なケースを懐から取り出すと、ケースから一枚の写真を取り出した。


「よかった、血がついていたらどうしようかと思ったけど。アリシア、この写真が君の父親から受け取ったものだよ」


 言葉もなく写真を受け取り、じっと見つめる。

 そこには今よりも幼いアリシアを真ん中に、父マードックと母テオナの三人が笑顔で写っていた。


「裏を見てごらん」


 ウルの言葉に従い写真を裏返すと、アリシアは静かに涙を溢れさせた。


「……お父さん」


 亡くなってしまった父のことを思い出すと、最後には必ずどうして戦争にいってしまったのかと思ってしまう。傍にいて欲しかった。いつもそう思っていた。


 ――愛する家族の笑顔のために戦おう。


 そこには心優しき父親の戦う理由が書かれていた。

 アリシアは涙をこぼし続ける。一時は恨んだこともあった父が、心から自分のことを想っていてくれたのだと知ることができたのだから。


「だからアリシア、君こそ俺を恨んでいいんだ」


 理由はどうあれ、マードックの死の原因のひとつはウルにある。

 例え、勇者として魔王と戦う運命にあろうと、マードックはウルのためにも戦ってくれたのだ。

 ウルはアリシアに恨まれても構わないと思っていた。命を指しだしてもいいと本当に思っていた。

 自らが死んだ時の場合に備えて、次代の魔王を指名し、忠誠を誓ってくれる者たちには次代の魔王を補佐するようにと手紙を残してある。

 もちろん、今はまだウルが存命なのでその手紙も届けられていないが、ウルの親友であり腹心であるひとりにすべてを話し、託してきたのだ。


「いいえ、私はウルさんを恨んだりはしません」


 だが、ウルの覚悟に反してアリシアは恨まないと断言した。


「どうして?」

「ウルさんはもう苦しんでいるじゃないですか。それに、私はウルさんに感謝しています。私が胸の奥底にしまいこんでいたお母さんへの想いを掘り起こさせてくれました。お父さんの想いを届けてくれました。そんな人をどうやって恨めばいいんですか?」

「だけど俺は、君が勇者の末裔と知っていて近づいたんだ。恩を売って味方にしようと、味方にできなくても敵にならないようにしようとして」

「でもそれも、今までの話から考えると、建前ですよね。本当はお父さんとの約束を果たすために私のところへときてくれました。誰も知らないお父さんとウルさんの約束をちゃんと守りにきてくれたのに、私が恨んだりしたらきっとお父さんに怒られてしまいます」

「アリシア……」

「もしもウルさんが自分をずっと責め続けているなら、お父さんの死の責任を感じているなら、許します。私は、ウルさんを許します。だからもう、自分を責めないでください。だからウルさんもウルさんのことを許してあげてください」


 涙を拭いながら、向日葵のように明るい笑顔を向けてくれた。

 ウルの心はそれだけで軽くなる。

 本当のことをいえば、罪を償うためにウルは『勇者の末裔を味方につける』などという取ってつけたような理由を携えてアリシアのもとにやってきたのだ。

 マードックに娘を頼むと言われたが、その約束を果たすためにはなにをすればいいのかわからなかった。だから願いを叶えようとしたのだ。安直だが、してあげられることはすべてしてあげたいと思ったのだ。

 しかし、アリシアは願いがないといった。ゆえに最初は大いに困った。

 だけどアリシアの境遇を知り、母親に会いたいという胸の内に秘めた願いを知ることができた。

 ウルも母親を亡くしているので、アリシアの気持ちは痛いほどよくわかった。

 気づけば償いとは別に、アリシアの願いを叶えてやりたい。母親に会わせてあげたいと思うようになっていた。

 それでも、罪の意識からは逃れられなかった。

 そんなウルをアリシアは恨まないといってくれた。その一言でウルがどれだけ救われたのか、きっとアリシアにもわからないだろう。

 アリシアの優しい気持ちがウルを救ったのだ。


「アリシア……ありがとう」


 ウルの瞳から涙がこぼれおちた。

 マードックを看取ってから決して流すことのなかった涙を、ウルはようやく流すことができたのだった。





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