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第6話 第一王子

 


 ガタゴトガタゴト。

 正直、乗り心地は最悪な馬車とかいうものに揺られ、向かう先はソフィア王立魔法学院。つい先日、七歳の誕生日を迎え、それからすぐにきてしまった、今日このとき。

 そうです。入学式です。


「って! そっちよりもですね!」


 突然叫び声をあげた私に、ジールは少しもこちらに目もくれず、なにがそんなにおもしろいのか、ただひたすらに窓の外を見つめてる。


「うるせぇ、黙れ」

「だって、もう限界ですわ! 疲れました! お尻が痛──」

「ケツとか言うな」


 言ってません。言ったけど、言ってませんってば。


「あんなに乗り回してたくせに、なに今さら騒いでんだよ」


 無表情にそんなこと言う、その紺色の目は一切こっち向かない。


「それはエレナのときの話ですわ。私は無理」

「は?」


 ようやく私を見てくれた、その顔は珍しく思いっきり感情が出てた。主に、『馬鹿なのかこいつ』という心の声だだ漏れな感情が。

 ここの世界の人って無表情多くない?ロザリーもそうだし、ジールもお父様もお母様も。ここの世界っっていうか、グレイフォード家?


「……ただでさえ入学式の付き添いとかダルいのに、その上頭おかしい妹とかマジ勘弁」


 すいませんね、二重で手間かけて。


「お嬢様、ジール様。到着いたしました」


 不意に外の御者さんから声がかけられた。

 それにいち早く反応したのは、私ではなくジールの方で、開けてもらうのも待たずに自分で馬車のドアを開けて飛び出した。


「えぇー……。そんなに嫌?」


 魔法も教えてもらって、距離が縮まったと思ったのは錯覚だったみたいだ。

 なにも、そんな飛び出さなくたっていいじゃんか。


「おら、エレナ。なにやってんだ、早くしろ」

「あ、はいはい」

 

 慌てて、私も開け放たれた馬車から降りようとして。


「お前の準備で時間押してんだから。ったく、入学式まで寝坊かよ」


 当然のように差し出されてる右手。ステップを降りるための補助をしてくれるんだと、理解するのに時間かかった。

 ……前言撤回。過去私の周りにいた気の利かない男どもよ、見習いたまえ。


「なんだよ」

「え、いいえ。ありがとうございます」

「……」


 お礼言うたびに、気味悪げな顔されてたのはほんの少しの時期だった。だけど、今でも眉を一瞬ピクリと動かされる。

 ジール以外は慣れたのか、どうでもいいのか、最初のような反応を全く見せない。


「ねぇ、ジールお兄様」

「なんだ」


 そんなことより、ひとつの問題があるわけで。


「なんだか、ものすごく注目されてるみたいなのですけれど」


 馬車から降り立った瞬間気づく、人の目。ひとつふたつなんかじゃない。てゆーか、ここにいる全ての視線を独り占め。もとい、ふたり占め。


「そうか?」


 『そうか』!?

 いやいや、そうでしょめっちゃ見てんじゃんなんでこんなに見られてるの!インドアでチキンな私ですよ、人に注目されることに慣れる慣れない以前に拒絶反応がハンパない!

 私がこの世で最も嫌いなのは、教室でする自己紹介とそれを強要する教師です。


「お前、教室は西棟だからな。間違っても、上級生のいる他の棟に行ってビビらせてやるなよ」


 あ、待って。私が脅威なの?私的には頼まれたって行きたくないんだけど。私の方がビビってるんだけど。


「あ、あれ!」


 誰かが後ろで小さく叫んだ。

 え、なに?

 って、私が振り返るよりも先にジールが腕を引っ張ってきた。


「わっ! え、なん──」

「頭下げろ」


 聞くよりも、動くよりも先に、私たちの真ん前に立った人影は。


「やぁ、久しぶりだね。ジール」


 知ってる声だと思った。見たことある姿だと思った。

 だから、なにも考えずにハッと顔を上げて。


「──ッ! カミサマ!」


 隣でジールが焦ったような静止の声を上げたが、そのときにはもう私は突然現れた『カミサマ』の腕を掴んでいた。


「ねぇちょっと! 言いたいことは山ほどあるけど、とりあえず私を帰して!」

「え?」

「エレナ! お前なに言って──」


 どっからどう見てもあのカミサマなのに、当の本人はきょとりとしてる。


「僕が、神様?」


 長い金髪も中性的な顔も、男の人らしいテノールの声も、ちゃんと私は覚えてるんだから言い逃れなんてさせない。なに困惑した顔してんの?


「とぼけないで。ちゃんと話し合いもしないで。私には無理だから! だってエレナは死んじゃうもんどーしたって! てゆーか、これゲームでしょ!? わけわかんないし、もう早く帰してよ!」

「エレナ! おいエレナなに言ってんだよ! 死ぬってなんだ! 帰るってどこに!?」

「だから──」


 と、ここで気づいた。

 いつの間にかシーンとなった周囲と、恐ろしいものを見るような目でこっちに注目してる人たち。それから、ありえないくらい必死なジールと、私が腕を掴んでる──カミサマじゃない男の人。

 そう。似てると思ったけどよく観たら全然違った。金髪だけど目は金じゃなくて紫だった。顔の造りも、中性的ではあっても線の細い感じじゃないし、なにより色気がハンパない。

 ……あれ、私これ完全なる人違い?


「エレナ、お前まさか誰かに命狙われてんのか!?」


 しかも、マズい。

 なんかいろいろ口走ったし、待って、ヤバいこれ、めっちゃ恥ずかしいパターンじゃない?


「あ、あー……、えぇっと、ひ、人違いでしたわ!」


 ずっと掴んでた腕も離した。

 てか、じゃあこの人誰。


「……ジール」


 男の人が静かに呼んだ。途端、ジールはハッとして直立し、その人に向かってガバリと頭を下げた。え、えぇ?


「この、可愛らしいお姫様がお前の妹?」

「エレナと申します、ロベルト殿下。数々の無礼、誠に申し訳ございませんでした。全ての責任はこのジールが負いますゆえ、なにとぞ御慈悲をいただけませんか!」


 口調どころか、声色や雰囲気までもが全く違うジールに、戸惑いまくるのもそうだけど。

 待て。ちょっと、ねぇ。『ロベルト』って言った?

 ロベルトって、攻略対象でいませんでした?年上キャラのハイスペック王子って設定、で……。


「第一王子だ!!」


 叫んだ瞬間、ジールが「おま……ッ」と言いかけて呑み込んだ。私もヤバいと思って口塞いだ。遅かった。しかも、声でかかった。

 凍りつく周囲とジールとそれから私。嫌な汗が止まらない。

 なんだっけ。不敬罪?これ、シナリオとか関係なくエレナちゃん、ジ・エンド?

 笑えない。


「……」

「……」


 才色兼備と言われるだけあって、この王子、おそらくすでに国王の補佐とかなんとかやってるはず。そして、なんやかんやの権力も持ってるはず。つまり、ヤツの一言でエレナの、もとい私の人生が終了する。

 ……もうこれは、一か八だ。


「……い、一国を治めんという方が、まさか小娘の言葉ひとつで気分を害するなど、そのような狭量であるわけはありませんわよね?」


 つん、と顎を上げて、精一杯高慢な態度に出た。ジールは頭を抱えた。

 盛大な賭けに背中の汗が止まらない。

 乙ゲーのエレナは十五歳だった。そのとき二十六歳だった第一王子は、つまり今十八歳。私の記憶が正しくて、八年の月日が彼を、彼の女の子の趣味を変えてなければきっと。


「へぇ……」


 綺麗に透き通った紫の目を細めた。

 そこに煌めくは、『いじめっ子』の光。


「君、素敵だね。僕のお姫様にしたいくらいだ」


 よっしゃ……!

 そうだよね、第一王子はどS王子!強気女子をねじ伏せるのがお好みなのですよね!最低だ!

 わぁい、伊達にやりこんでませんもん!攻略法なんて全部頭の中に入ってるもん!

 そのくせ最初、第一王子ってわかんなかったのかよとか言わない。本命じゃなかったんだもん。ってこんなこと言ってたら、推しの方々に殺られそうだけど。第一王子クラスタは恐ろし……、熱狂的な人が多くてだな。


「ジール、頭を上げなさい。ここはもう、身分の外にある学院内。処罰は教師と学院長のみが持つ権利だ」


 ぽかん、としたジールは、ロベルト王子の言葉を聞いてんのかいないのか。わけわかんねぇ、と珍しく大々的に顔に書いてある。

 そういえば、王子は親しげにジールに話しかけてたけど、知り合いなの?え、ジールすごくない?


「ようこそ、レディ・エレナ。学院生活をどうか楽しんで」


 サッとそう言って、ジールに小さく笑いかけた第一王子は、マントをはためかせて建物内へと入っていった。

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