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閑話3 クロード・クロムウェル



 俺がジール・グレイフォードと出会ったのは、ちょうど五回生に上がった頃。

 いや、はじめてというと誤解があるな。正確に言えば、三回生のときから知っていた。

 ただ、わざわざ自分から関わる意味もなく、そもそも貴族の人間が俺みたいなただの商人の息子を相手にするとは思えなかった。

 その、ほとんど常識と言っていい、俺が知るわずかな貴族知識が崩れ去ったのはとんでもなく失礼な一言で。


「なぁお前。そう。お前だよ、カラス頭」


 貴族どころか、平民の人間でもそうそう使わないような粗野な口調で話しかけてきた。

 信じられない思いで頭ふたつ分ほど低い少年を見下ろしていた。

 やはり、天才といえども人間。身長は年相応なんだな、とか考えてたのがよくなかった。

 無表情気味な鋭い顔がますますしかめられた。


「チッ」


 盛大に舌打ちまでされて、完全に俺に向かってだったのに関係ない後ろの奴がビビってた。

 そんなことは微塵も気にしないジールは、「二年の差だ、すぐ追いつく」と独り言だろう、ブツブツとつぶやいていた。

 俺でなければ、誰にも聞かれることはなかったのだろうそれは、空気に声を溶け込ませる術を知っている人間の話し方。どんな口調でもやはり貴族は貴族らしいと、そこでやっと再確認した。

 ……それほど、オーラの消し方も心得ていたのだ。


「ええと、俺にどういった御用でしょうか?」

「あ? お前、商人か」


 驚いた。そりゃもう。どうしてわかったのか、と。

 後に聞けば「アクセントが商人のそれ」だったらしい。わからん。


「名前は」

「クロード・クロムウェルです」

「ふーん。……モニカ・クロムウェルかニコラス・クロムウェルの息子か?」


 それは、俺の父と叔母の名前だった。

 なぜ、とは今度は思わなかった。彼らもまた商人で貴族を相手にしていたから、ジールが知っていてもおかしくなかった。


「ニコラスが父です。モニカは俺の叔母です」

「なるほどな。ニコラスの持ってくる商品は質がいいんだ。今度また呼ぶっつっとけ。──って、んなこたぁどうでもいいんだよ」


 ちら、と周囲を確認したあと、「ついてこい」と背を向けて歩き出した。

 一度も振り返らない。必ずついてくると思っているその小さな背中に、逃げてしまおうかとも普通に考えた。あとが怖いし、なにより父のお得意様だろうから、死んでもできなかったが。そんなこと。

 人の目の群れの中を歩く、その居心地悪すぎる気分を、俺はしばらくずっと味わい続ける羽目になった。




 ♯




「よし、今日もいねぇな」


 学院の裏庭にある小さな温室。そこは、学院で力のある者たちだけが使うことを許されている──という暗黙のルールがあった。

 能力主義なこの学院の、ある意味で闇が垣間見えるモノだった。

 少し前まで、ジールの兄であるサイラスが使っていたらしいのだが、弟に譲ったのか、無意識のうちに譲らされたのか……。


「なにしてんだ、早く来い。待たせんじゃねーよ」


 簡単に言ってくれるな、くそ。こっちは注目を浴びまくるという、慣れない体験したばかりで、その上、一生無縁であったはずの貴族の温室に入るなんて一般人にはおいそれとできることじゃねぇんだよ。

 ……とは、当然のことながら口には出せずに足を踏み入れることになるのだが。


「俺、マフィン嫌いなんだよな」


 ボソッと言った、ジールの目の前にはガラステーブルとその横のティーカート。

 誰がいつ揃えてるのか、どうやらここには常に菓子と茶が備え付けられてるらしかった。


「お前食う?」

「え? あ、はい。……って、なになさってんですか!?」

「はぁ?」


 見てわかんねぇのか、と聞こえてきそうな目を向けられた。その手には、マフィンと同じく温室に備え付けてあるポットとティーカップ。

 そりゃわかるが、そうじゃなくて信じられなかったのだ。

 貴族の、それも侯爵家などというやんごとなき家の子息に、手ずから茶を淹れさせるなんてできようか。

 ましてや、父の客。そんなことをさせたとわかった日には、親父にどんな目にあわされるか……!


「あぁ? うるせーな。なんで美味いか不味いかわかんねー男の茶なんか飲まなきゃなんねんだ。俺は俺で好きに淹れるんだから、黙ってろ」


 まだなにも言ってないというのに、口を開きかけたその先など予測済み、ということらしい。

 全て顔に出ていたのだろう。商人に向いてないと父によく言われるこの顔だ。


「おら、座れ」

「あ、はい。失礼いたします」

「あとそれ、敬語やめろ」

「え、そ、そういうわけには──」

「やめろ」

「は…………──、わかった」


 睨まれ、折れた。

 もうこの時点で、コイツの俺の中での好感度はだだ下がりだった。

 だが、確かにジールの淹れた紅茶は、今まで飲んできた中で一番美味かった。


「で。お前、この級で一番の実力なんだってな」

「あぁ、まぁ……」


 また、突拍子もないな。

 一番といっても、ジールが上がってきたことで二番手に回った。それもまた、ヤツに近づかなかった理由かもしれない。


「じゃあ、基本もできてるんだろ? 六回生で習う魔術結界もできるって噂、ほんとか?」

「……力試しはやらないぞ」

「ったりめーだろ。勝負になんねぇよ」


 ここで怒って帰っても、たぶん俺は後悔しなかったと思う。学院内では身分が意味をなさないから、もしたとえば殴ったとしても停学ぐらいですむだろうし。

 あぁ、まぁ代わりに未来は消えるだろうけど。


「お前、なんかこう……基礎中の基礎で、七歳の女が好きそうな魔法、知らねーか」


 言いにくそうに、小さな声で漏らされた内容に、俺はすぐ反応できなかった。

 するとジールは、耳を真っ赤に染め上げ今の今まで動かなかった表情を気まずげにしかませた。

 七歳、ということは、ジールのふたつ下。その女の子が好きそうな魔法を知りたくて、その上この反応。


「……好きな子に」

「妹だ、馬鹿! 俺の! 妹!!」


 ついに真っ赤になって叫ぶジールに、俺は慌てて謝った。

 なんだ、ムカつくガキだと思ってたけど、案外可愛いとこもあんだなと、内心微笑んだことは口が裂けても言えな──、


「てめぇ……、覚えてろよ」


 本場に、俺のちゃちなポーカーフェイスは通用しなかった。


「あーっと、それで、じゃあたとえば光属性とかは? 光出すやつなんか、簡単でいいと思うが」

「ダメだ。あいつ闇の精霊呼び出そうとしやがった。還すのにどんだけ苦労したか……」


 ごまかしのための提案は、とんでもない返事で戻ってきた。

 なんで真逆の、しかもよりによってこの世でもっともタチの悪い精霊を呼び出すのか。

 相性の問題も多少はあるにしろ、闇の精霊を扱うのは並大抵の魔力ではできない。逆に呼び出したこちらが喰われてしまう。だがこいつはそれを還したと言う。

 違う意味で恐ろしいな、グレイフォード兄妹……。

 というか、天才がなんで俺なんかに魔法聞いてんだ?普通逆だろ?


「俺が知ってる魔法なんて、ジール様はもうすでに知ってるんじゃ?」

「おい。敬語やめろって言ったろ。何を聞いてんだよ馬鹿か」


 コイツ……。

 いや、いい。貴族なんてみんなこんなもんだ。まだこれは、話ができるだけマシな方で、もっとムカつく貴族なんてこの世にごまんといる。


「えー……、ジール」

「素直に最初からそう言ってろよ」


 言えたらな!言ってるっつの!


「で、俺が知ってるか知らねーかって、結論から言やぁ、知らねぇ」

「嘘つけ」

「嘘つく理由がどこにあんだよ」


 天才が知らないとか誰だって嘘だと思うだろう。

 闇の精霊還すなんて芸当、最上級クラスにいってもひと握りぐらいしかいないんじゃないか。


「魔法は独学と感覚で身につけたから、ちゃんとした勉強は学院入ってはじめてなんだよ」


 これが凡人と天才の差らしい。到底、理解できることじゃない。


「……じゃあ、水の造形魔法はどうだ」

「んだそれ? 聞いたことねぇ」

「そりゃ俺が作ったからな。たとえば、これ」


 ぬるくなってきた紅茶の上に手をかざし、掴み上げるような仕草をすると、カップから液体が空中へと浮かび上がった。そのままの状態で、頭の中で蝶を想像する。


「ほら」


 すると、赤茶色の蝶に形を変え、あたりを飛び回りはじめた。

 これは俺がなんのモーションなしにできる、唯一の魔法。頭の中で想像するだけで、蝶は鳥に変る。


「なるほど。これは考えつかなかった」


 心底感心したように呟くジールに、ほんの少しだけいい気分になった。だが、それも一瞬のこと。


「こーいうことか」


 ジールがそばの人口噴水に手をかざした。その瞬間、パキンと水の流れが止まり、数多の花が咲き乱れた。


 それを見て、見せられて、『あ。ダメだこれ』と瞬時に悟った。




#




「なんでお前魔術師になんねーの」


 魔法演習の授業中、外にある演習場の端でぼんやり二人立っていた。そういえばといった風で話を振って来たくせに全くもってこちらに意識を向けないジールは、さすがというかなんというか……。

 奴の目の前には校舎の二階まで届くかというほどの巨大な魔法結晶がそびえ立っていた。


「でけーな。少し削るか」


 成長期だというジールは最近その影響でうまく魔法を操れないらしい。普通の人間ならそんなことはないが、魔力量が多い子供は一様にしてこういった現象が起こる。

 だが、こいつの場合は規格外だ。教師陣もそれを考慮し、ジールのストッパーとして最近は常にペアを組まされている。

 まあ、俺がいたところで『天才』の魔力暴走なんて止められるわけがない。俺一人が巻き込まれるか、最悪学園が吹っ飛ぶか。どっちにしろ俺の命はない。


「──……おい、クロード! 聞いてんのか」

「え、あ。悪い」

「課題終わったからってぼけっとしてんじゃねえぞ」


 魔法結晶の作成が今回の課題だった。ジールはもちろんのこと、俺もとっくの昔に終わっていて、今は他の連中が四苦八苦しているのを眺めて待っているところだった。

 俺の結晶はすでに講師に提出し、ジールのは大きすぎるため個人的に処分しろとのことだった。テキトーか。

 ジールのことだから一瞬で消し去るかと思っていたが、巨大な紫の塊から小石ほどの大きさを削り取って何かを作りはじめていた。


「何してんの」

「魔法石。飾剣に埋め込む」

「魔法石だって? ただの魔法結晶からなんて聞いたことない」


 魔法石は本物の宝石を基に作られている。高価な宝石に魔力を込めたそれは、己の魔力以上の魔法を使うための魔法道具だ。

 たまに市井で出回っているがそれらはただのガラス玉だ。幼い頃はよく「商人の目を養うため」と親父に見極めの練習をさせられていた。


「ただの水晶だろうが、宝石だろうが、魔力さえ注入すれば同じだろ」


 どんな理屈だそれは。全然違う。


「……飾剣ってエレナ様へのプレゼント?」


 聞くまでもないだろうがな。守護魔法でもかけるつもりかな。


「うるせえんだよ。つーか誤魔化すな」


 機嫌を損ねてしまったらしい。照れ隠しはいいが蹴るな。地味に痛いんだよ。


「お前ぐらいの実力あれば宮廷入っても簡単に子爵くらいは賜れんだろ」


 おそらくこれは本心だろう。含みも何もなくまっすぐに言ってくれるのがジールなのだ。そしてその言に嘘偽りがない。だからきっと、このまま素直に魔術師を目指せば子爵位も夢ではないのだろう。


「……俺程度なんて宮廷に行けばゴロゴロいるだろ」


 例えば俺が爵位持ちになったとして。

 商家から貴族に。おそらくクロムウェル家で俺一人の大出世だろうが、その先は見えない。学園はただの学園であって、外の世界はまるでこことは違うのだ。


「それに、俺に貴族は向かないだろ?」

「……ふーん」


 興味あるのかないのか、ジールはそうおざなりな返事をすると、手のひらの上の水晶をポンと宙に投げた。

 すかさずそこから細い光が幾重にも巻き起こり、水晶を滑らかな楕円形に形取らせていく。そうして再びジールの下へ戻ってきた石はほんのりと青い光を漏らす立派な魔法石になっていた。

 色まで変えたのか。


「そういうジールは、なんで魔法騎士団の返事をしたんだ? 前は宮廷魔法使いもそっちも断るって言ってただろ」


 つやりと輝く魔法石は、まさにエレナ様の瞳の色と同じで、兄妹だからなのかどことなく魔力の波長が彼女を思い起こさせる。

 それにしても、かなり強い魔力だ。きっと、彼女に害をなそうとする輩がいたら、阻まれるどころの話じゃなくとんだ目に合いそうだな。そんな奴ら知ったこっちゃないけど。


「エレナが」

「ん?」


 危ない。また聞き漏らすところだった。同じことを二度もして、ジールが怒らないわけがない。不機嫌だと周りもビクビクしだすから本当に面倒なんだよな。

 だが、ジールは完全な無表情で明後日の方向を見据えていた。


「エレナが、騎士好きなんだよ」

「…………不純な、動機だな」


 無言で殴られた腹は思いの外痛みを訴えて来ず、思わず暴君をあおげば若干赤みの差す頬を発見してしまった。

 珍しい。


「見てんじゃねーよカラス頭が」

「いって」


 蹴られた。

 どうにもならなくなると暴力に訴えるのやめてくれ。

 それにしても、騎士、ね。

 高飛車で、わがままで。金遣いの荒いよくいる貴族のお嬢様。そんなエレナ様も、よくいる普通の女の子で。だけど、こいつとその兄貴が殺し合い──もとい、決闘をしたときなんとかしてふたりを助けようとしていた。初めて教室で見かけたときと廊下で待ち伏せをしていたとき。どちらも噂に違わぬ横暴っぷりだったが、もしかしたら根はいい子なのかもしれない。


 なんとなく拍子抜けした思いに浸っているうちに、授業の終了が告げられた。

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