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第37話 分岐点

 


「だから、マルガレータ様ですわ」

「あ?」


 これで話終わりじゃねぇのかよって目ですね。ええそうです。ここからが本題です。

 なんかいろいろ逸れたしハプニングはあったけど、とりあえずこの話がきっかけとしてジールのこと探してたからね!


「学院を退学されたマルガレータ様のこと、ミザエラから聞きましてよ。ジールお兄様が関わっていらっしゃるってどういうことですの?」


 こっそりと彼女が伝えてくれた、マルガレータ嬢が自主退学させられたということ。誰がさせたのかってのも。それがこのジールってわけ。

 詳しくなんてミザエラにもわからないと言うから、あとは直接本人に尋ねるしかなかった。その本人が全く捕まらなかったから、そのこともあってイライラが怒りに上乗せされたとかそんなことはないけれど。


「マルガレータ?」


 だけど、きょとんとした青い瞳に出会ってしまって、思わずえっと声を上げてしまった。


「……マルガレータ・テスラ伯爵令嬢ですわ。あたくしと同い年の」

「……あー。エレナに殺し屋寄越した馬鹿女か」


 忘れてたのかよ。

 いやほんっと人の名前覚えないよなぁ。そのうち私のことまで忘れちゃうんじゃないの?

 ってゆうか。


「殺し屋?」


 なんのことだ。


「お前殺されかけたろ」


 あっ。

 いや、いや忘れてはない!あれでしょ、森に連れてかれたかと思ったら危ういところでジールが助けに来てくれた時のでしょう。もちろん忘れてないからそんな呆れた目で見ないで!


「……あれを呪いだけで片付けられねぇから調べてたら、テスラ伯爵お抱えの暗殺者にぶち当たってな。呪いにかこつけてお前を消そうとしてたんだろ。相手を間違えたな」

「……え、それだけのために退学させましたの?」

「何だよ文句あんのか? 俺が俺で勝手にやってるだけでお前に何か言われる筋合いはねぇよ」


 それはそうなんだけど、そうじゃなくて。


「ありがとう、ございます」


 いや、まあ、人のこと退学させといてお礼言うのもおかしいかもしれないけど。


「は? なんで礼なんか言われなきゃなんねえんだよ」


 でも、そっぽ向かれた目元が、夕日とかではなくほんのりと染まっていたから、私は私でそれだけ言って何も言わずに肩をすくめた。


「それと、あたくし怒ってますのよ」

「…………」


 一瞬の間の後、ゆっくりと振り返った顔は通常運転の無表情気味なそれだったけど、怯むことなくニッコリ笑った。


「ジールお兄様? なぜなのかおわかりですわよね?」

「…………ちっ」

「舌打ち!」

「うっせ馬鹿」

「ば、馬鹿!?」

「あぁーもー。……悪かったよ」


 ふてくされた顔で、どっからどう見ても反省してないし、視線も合わないしで散々な態度だけど、まあ、まあいいでしょう。

 あのジールが、プライドが高そうなあのジールが素直に謝ってきたんだから、少なくとも思うところがあったんだろう。


「では、これで仲直りですわね!」

「……」

「二、三日に一回は会いにきて下さいませね」

「お前が来いよ」

「あたくしは一日一回参りますもの」

「…………いやもう勝手にしろ」


 ついに投げ出された。

 まあ、この辺で手打ちにしてあげましょう。


《……こんなこと言ってるけどね、小さな姫君。少年はちょいちょい近くまで来ていたよ》


 唐突に声が響いて、足元を見れば光に対してあまりにも濃い影がユラユラと揺れていた。


「なんですって?」


 聞き返せば、ルプスはそのまま赤い目だけ浮かび上がらせてニヤリと嗤った。

 やっぱり、赤い目だよなぁ。

 なんで犬の姿になると金色になるんだろう。


《考えてもごらん? 小さな姫君だけの魔力でワタシを押さえ込み続けられると思う? 少年が遠ざかったまんまでなんて無理な話いたたたたたっ!!》


 無言で影を踏みつけたジールはそのまま踵をぐりぐりと……。

 目は消えていて、代わりに影から大きな犬のの肉球が伸びて来た。


《姫君! ワタシの小さな姫君! 助けて!!》


 タシッと膝にそれが乗って、確かな肉感まで表現してきたから。


「ふふ」

《えっ、あ、きゃうんっ》


 ぐわしと掴んで握りつぶしてやった。もちろん手加減はしましたとも。なんで本物の犬みたいな声出してんの。


「は・や・く言え」


 あんなに探し回らなくてもよかっただろうが。




 #




 日もすっかり落ちた帰りは、家の馬車に迎えに来てもらうことになった。当然のように送る側に立っているジールを振り返れば、そのまま視線をそらされた。


「おい、ジール」

「……」


 ベンジャミンすらガン無視である。

 ひとつため息をついてから、改めてジールに向き直る。


「ジールお兄様はずっとここにいらっしゃいますの?」

「これから考える」

「そうですか」


 どっちにしろ、屋敷に帰ってくることはなさそうだな。ウィリアムはふつうに執事の仕事をしてるけど、なんとなく寂しそうだし私も私で寂しい。かも。

 ただ、その辺はやっぱりジールの気分に任せるしかないらしい。


「これ、もってけ」

「は?」


 不意に差し出されたのは、暗闇の中でも煌めく小さな短剣のようなもの。つかの部分に大きくて真っ青な宝石が付いていて、それはまるでジールの目を移してきたよう。


「……形見ですの?」

「んなわけねーだろ馬鹿」


 すごい即答。

 しかも馬鹿って。なんかもう言い過ぎじゃん?


「護身用の魔法剣だ。あと自分の目を鏡で見てこい」


 早口でまくし立てられて改めて手元に目を向ければ、確かにエレナちゃんの目に見えなくもない。いや、実際ジールの目も同じようなものだからなんと言えないけど。

 ふーん、と気のない返事をしながら表に裏にひっくり返していたらジールがなにやら言い淀んだ。


「……ずっとベンジャミンの家にはいねぇ。近いうちに出て行く」

「は?」


 急になんだ。

 いやほんと、脈絡ってもんがないよな。この剣にしろなんにしろ。


「迷惑は、かけらんねぇからな」

「はあ」


 え、この人、他人の迷惑とか考えるんだ……。

 とか失礼なこと考えてたら若干睨まれた。怖いー。


「えー! ジールちゃんでてっちゃうの!?」


 不満をこぼしたのはベンジャミンの末の妹マリーちゃん。

 抱えた紙袋をぎゅうっとしてしまって、後ろからお姉さんに「潰れるよ」と注意されて慌ててシワを直していた。


「まあな。あと数年で学院も卒業するし、そしたら、そうだな、魔法騎士団の寮にでも入るか」


 後でと言いつつ、今この場で先のことを決めてしまった。早いよ。


「えー、それじゃその前までいてよぉ」

「あー?」

「いえ、それよりですね、屋敷には帰って来てくださらないんですの?」

「…………帰らねぇ」


 その長い間は葛藤してくれて末の否定という捉え方でいいんですかね。いや、帰ってこいよ。


「おら、迎えが来たぞ」

「はぐらかすぅ」


 でもまあ、馬車が来たのは確かで、マリーちゃんが「本物のお姫様だぁ!」とはしゃいでる。お姫様の基準とは。


「二、三日に一回ですからね!」

「覚えてたらな」

「あたくし本当に毎日会いに参りますからね!?」

「あーうるせえな。ハイハイ、行くから行くから」


 テキトーですね。もういいです。

 いっそふてくされたように馬車に乗ろうとして、不意にぐいっとスカートを引っ張られた。


「お姫様! あの、これ」


 差し出されたのはマリーちゃんがさっき潰そうとしてた紙袋。


「お土産、これね、私のお気に入りのお店で買ってもらったクッキーなの!」

「まあ。そんな大切なものをいただいてしまってよろしいんですの?」

「うん!」


 きらっきらの笑顔とは裏腹に、グエンくんは微妙な顔をしていてお姉さんにいたっては小声で「捨ててもいいです」と囁いてくる。いえいえいえ。


「おいしくいただきますわ。それでは、そうですね……」


 貰いっ放しもどうかと思ったけど、あげられるものなんて持ち合わせていない。

 あ。


「こちら、よかったら差し上げますわ」


 まだ使っていませんの。そう言ってポケットから差し出したのは絹とレースでできた真っ白なハンカチ。これ、よく見ると綺麗な花の刺繍がしてあってすごく素敵なの。


「えっ、すごくかわいい! 綺麗! ありがとうお姫様!」


 気に入ってたけど、こんなに可愛い笑顔を見せてもらえるなら全く惜しくない。

 今度こそ、御者の人の手を借りて馬車にのりこめば、後ろから「また来てね!」と元気に誘ってもらえた。


 今日はいろいろあったけど、懐かしい味に出会えたし本当によかった。可愛い子にも会えたし。

 小さなプレゼントをひとくち放り込むと、それこそ無駄なものが一切入っていない懐かしい味がした。

 どこのだろ。今度行こう。

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