第4話 不器用
エレナ・グレイフォードはとんでもない不器用さんだった。
やばい。玉結びができないとか、重症なんじゃないの?私だって、決して器用ではなかったけどこれくらいはできた。
ちなみに、料理も一応できたけどこの分だとエレナちゃんはキッチンには立たない方がよさそう。なにかがどうにかなってグッサリとか笑えない。
まぁそれで。なにをやってるかといえば、魔法を教えてくれたお礼として、ジールへのプレゼント用でハンカチに刺繍してる。
不器用さんに刺繍とか、非常に矛盾してる気がする。でも、ロザリーが「刺繍は淑女の嗜みです」とか言ってたから、じゃあ練習してみようかと思って。
予想通り、何を刺繍してんのかわかんないレベル。お花のつもりなんだけどお花に見えない。
表はまあまあ見れるけど、裏が超絶汚い。こんなんでいいの?刺繍って裏も綺麗なものじゃないの?本見ながらやったのに……。
エレナさんの指、細くて長いのに見た目に反して全く動いてくれない。見目麗しいだけですかそうですか。
「ううん……。で、きた……?」
汚いけど。今までやったのよりはマシ。ってことでもういいや。汚いけど。
「ロザリー」
「はい」
なんとなく、ハラハラして見た彼女。それでも無表情は崩さないってなんなのだろう。
刺繍台から取って、丁寧に畳んだハンカチをロザリーの手に乗せた。
「これ、ジールお兄様の執事の……えっと」
「ウィリアムですか?」
知らないけど。
「そう。ウィリアム。ウィリアム経由でジールお兄様に渡してちょうだい」
「承知いたしました」
訝しげな様子で、でもなにも言わずに一礼してロザリーは部屋から出てった。メイドさんだし、執事だし、確実にジールの手に渡るだろう。
たぶん、私が直接ジールに会っちゃったらいろいろ問題があるんだと思う。
いやぁ、知らなかったんだけど。なに?あの兄弟、仲悪いの?しかも原因が私っぽい。ふたりの間になにがあるのか、まぁジールに関わってこなかったエレナにはわからないけど。
……思ったより、ジールは意地悪じゃなかったなぁ。
エレナちゃんの記憶によると、ジールに今まで散々虐められてきたっぽかったから、性格どんだけひん曲がってんのかって自分のこと棚上げで思ってたけど。
聞けば割と丁寧に教えてくれてたし、できない私にとんでもなく驚いてたけど、馬鹿にしたりはしてこなかったし。案外心根は優しい人なのかもしれない。
物理的に生まれ変わった今なら、今までがどうであれ、仲良くなれると思ったんだけどなぁ。
それにしても静か。ロザリー以外メイドさんいないのかな。あ、いないんだった。
前にそういえばクビにした気がする。エレナちゃんが。
なんでだっけ。なんかが気に入らなかったんだよなぁ。
……そうだ。おさげ頭のメイドさんが、エレナが頼んだチョコとは違う種類のを持ってきちゃって、それにキレたエレナが『あたくしの命令を実行できない役立たずなんていりませんわ!』とかなんとか言ったらみんな出てっちゃったんだ。
いやぁ、爽快よね。誰もエレナの命令聞く気なくて、実は心の底では嫌ってたんだから。あははーって笑ってる場合じゃなくて。
困るわー。ロザリーもひとりで大変だろうし、早く新しい使用人を入れてもらわないと。
いやね?私ひとりでも一通りの人間生活は当然できるけど、いかんせんドレスも髪も慣れないもの全部どうにもできなくて。
てか、なんでロザリーは出てかなかったんだろう。ひとりなのに仕事早いメイドさん。絶対こんな主人のとこより楽で高給な職場あるでしょう。
「ただいま戻りました」
「しかも、ロザリーってかなり魔法使えるよね?」
この世界で魔法を使えるってことは、それだけでかなり条件のいい職に就けるらしい。だから、平民でも出世を夢見て魔法学校に入るのだとか。
「……お嬢様?」
あら失礼。口に出してた。
「気にしないで。それで? 渡してきてくれたの? ジールお兄様宛でしてよ?」
「はい。確かに」
「そう。ありがとう」
んじゃ、ま、今回はいいとして。
次の課題は、どうやってお兄様の目につかないでジールの部屋に行くかだな。
諦めるとか、そんな考えはない。
念願の魔法を教えてもらえるチャンスを、みすみす逃すわけにはいかないもん。
お兄様はなんかやっぱり忙しいみたいで、あの日以来教えてもらえてない。
そんでもって、お兄様が教えてくれたキラキラを出す魔法は、悲しいことにカケラもできなかった。
指先から星屑みたいなのが出るはずなんだけど、なぜか水が噴き出した。しかも止まらなくてお兄様の部屋水浸し。ごめんなさい。
不器用なのはわかってるんだ。それはもうエレナちゃんが超絶可愛いから、その代償なんだって無理矢理納得して諦める。
でも、練習したらちょっとだけど水溜められるようになったし、こないだは身体を二センチくらい浮かせることに成功した。
このままいけば飛ぶことだってできんじゃないかとエレナを過信してる。
まぁまぁとにかく。だから、ジールにもうちょっと教えてもらって、そしてあわよくば仲良くなりたい。
思ったより可愛かったんだもん。ありがとうって言うだけで照れて、すぐ顔赤くなるし耳赤くなるし、なんだあの子。まだ八歳なんだよね?可愛いわー。
……私、オバサンみたい?