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第56話 終結



 ベンジャミンに説明もなく連れてこられた先は、のどかな田園風景広がる小さな村の一軒家。


「えっと、ベンジャミン? あの、ジールお兄様は……」

「見てなって、ほら、聞きつけて今──」


 ベンジャミンの言葉を遮って、突然その家の木戸が派手に開かれた。

 そうして飛び出してきたのは、金髪碧眼の予想だにしなかった人物で。

 ──唖然としてしまって二の句が継げない。


「おいてめえ、ベンジャミンどういうことだ」

「いやだからぁ、俺のせいじゃな、」

「ねーえ! ちょっとジールちゃん!? 私とおままごとの途中……、あれぇお兄ちゃん? お帰りなさい!」

「お前もう一時間もジール様と遊んでんじゃん! 次は僕が剣の稽古つけてもらうんだよ! あれ、兄貴帰ってたの」

「マリー、グエンも。ご飯の用意できてんだから終わり……、わっ、兄さん。早かったねどうしたの」

「あーもー、ちょっと待ってうるせえ!」


 ベンジャミンの叫び声で静かになると思いきや、何事もなかったかのようにそれぞれ話を続ける子供達に、そこに混じってベンジャミンの胸ぐらを掴むジールの姿が。どういうことなの?


「あー、えっと、エレナちゃん、ごめんね、とりあえず中入って」

「え」

「マリー、ほら、憧れのお姫様だぞ。丁重におもてなししろ」

「え」

「お姫様!? お姉ちゃんお姫様なの!? うわあ、すごいすごい! ねえ入って!」


 小さな女の子に目をキラキラさせて手を引かれ、煉瓦造りの家の中に引き込まれる。

 いやちょっと待って、その前に確認したいことがたくさんあるんだけど!


「食事、あと二人分用意しないと!」

「いえ、あの、お構いなく、」

「グエン! 私の一番綺麗なハンカチどこ!?」

「僕が知るかよ! そんなことより、お姫様の手をそんなにひっぱったらダメだろマリー!」

「あの、あたくしお姫様ではなくてですね」

「グエン! 剣を家の中に持ってくるな! 置いてきなさい!」


 く、口を挟む隙間がない……!

 中には大きな木のテーブルといくつもの椅子があって人が通るスペースはほんのわずか。だけどそこを器用にも子供達は通ってすれ違うので、逆に私が邪魔をし兼ねない。手を引かれるままにできるだけ身体を小さくさせるので精一杯だ。


「あった! これをこうして……、よし! どうぞ座って!」


 マリーという女の子が出してきたのはレースに縁取られた白いハンカチだった。それを敷いてくれた椅子を勧められ思わずそのまま座ってしまった。

 どうすればいいのこれ。


「私、マリーっていうの! あなたは?」

「エレナ、ですわ」

「わあ、素敵なお名前! それに、話し方もそれっぽい!」


 いえ、どちらかというとお嬢さんの方がお姫様の名前っぽいけれど。


「今日はどのようなごよーけんで、こんな下界へいらっしゃったの?」


 下界とか言われると私、天界のなにかになってしまうけど大丈夫かな。




#




 なんとかジールをなだめたらしいベンジャミンが戻ってきて、なぜかそのまま私まで夕食を共にさせてもらうことになってしまった。


「生粋のお嬢様には合わないかもしれませんけど」


 なんて申し訳なさそうに前置きされといて断るなんてできなかった。

 いや、実を言うとちょっと興味があったんだ。その、ほら……、本来の生活?っていうの?

 別に家のご飯が嫌だとかそんなこと言わないし、むしろ贅沢好きだから大歓迎なんだけども。

 目の前に並べられた木の食器には、あったかいスープに丸いパン、それから野菜と煮込まれた白身魚。

 ふんわり香る香辛料っぽいのが私のお腹を鳴らせた。

 早速スプーンを手にとって、スープを一口。

 うわあ、野菜スープだ!いろいろ無駄な味付けしない、さっぱり塩味のコンソメスープに、僅かだけどしっかり味を主張してくる野菜に涙が出そう。


「とても美味しいですわ」


 そう言って顔を上げれば、そこで初めて全員の視線が集中してるのに気づく。

 え、なに?


「……ああ、よかった。どんどん食べてくださいねえ」


 料理を作ってくれた、長女らしき女の子ににっこり微笑まれて、そこでやっとみんな自分の食事に手をつけはじめる。

 え、え?なんだったの今の?


「……おい、エレナ」


 いや、全員じゃなかった。

 前に座ったジールだけがじっと私を見てる。その一言でまたみんなの手が止まる。

 さっきまであんなに賑やかだった子供たちも息を殺すようにして様子を伺ってきてる。


「なんでここ、」

「ジールお兄様」


 いつもなら遮ったりなんてしませんよ?ええ、それはだってお兄様だもの。


「あたくし、ジールお兄様に申し上げたいことは、この場で一言でなんてとてもではありませんけれど、まとめられませんわ」


 でも、わざわざ突然押しかけた人間に食事を用意してくれて、大切なハンカチを敷いて座らせてくれた優しい子たちの前で、空気を悪くさせるなんて無礼なことできないでしょ?


「そちらのパンを取っていただいてもよろしい?」


 小首を傾げて伺えば、ジールはブスッとした顔をしながらも、黙ってパンを手渡してくれた。




#





「なんでここに来たんだ、エレナ」


 ジールに割り当てられた部屋らしき離れに押し込められ、開口一番でそんなことを言われれば、こちらとしても笑顔を保ってなどいられない。


「なぜ、ですってぇ? では申し上げますけれど、言いたいのはこちらの方ですわ! 百歩譲って家に帰ってこないのはいいですわ。でも、学校でも顔を合わせない、話もできない、果てはどこにいるのかもわからない。そんな状態に置かれたあたくしの身にもなってくださいませ!」

「……兄上がいんだろうが」


 こんだけまくし立ててやったのに、まだわからんかこの兄は。


「ジールお兄様とサイラスお兄様が、なぜか、不仲でいらっしゃるのは別にどうでもよろしいですわ。ええ、それでなぜか、決闘などと言って大怪我にも発展しそうなことをしてらしてもね! けれど、あたくしが誰とどうしたいかも自由ですわ」


 そこまで言って、黙りこくってしまったジールをしっかりと見据える。

 入るときに驚いた、飾り気のない質素な部屋に所狭しとある魔法関係の本や資料。生活感は全くないけど、なんとなくそこにいるジールはしっくりくるようで。

 なんか、もしかしたらジールは貴族なんてものが向いてないのかもしれないな。

 お兄様とのいざこざもあって、屋敷でもお父様とお母様には争いの種みたいな扱いだし。

 家を出たい年頃なのかもしれないと思ったら、途端にジールが年相応の思春期少年に見えてきた。


「……お前が、お前が俺に懐くから」

「はい?」

「そうやって、俺になんだか懐いてくるから、だから兄上は気が気じゃないんだ」


 不仲の理由なんかどうでもいいっていうのは割と本気でそうだった。

 なんかソリが合わないな、で兄弟仲悪いなんてザラにある。特段そこに理由など存在してないことも多いのだ。

 だけど、ジールは私の言を皮肉かなんかかと捉えたらしい。

 悪いとでも思ってるのか、そっぽむいたままポツポツ話し出す。


「魔法の才も、剣も、学も全てで俺に勝てない兄上が持っていて、俺が持っていないはずだった唯一、お前という存在が、今は兄上じゃなく俺の手にあるから」


 だからサイラスお兄様はジールを嫌ってるっていうの?


「くっだらな」

「あ?」

「くだらないのよ、そんなことで殺しにまで発展するなんて」

「いや、殺しって」

「だってそうでしょ? ルプスが大喜びだったよ。禍々しい雰囲気だとかなんとか、思い出したら腹たってきた」

《え、ちょっととばっちり……》

「出てくんな」

《あ、はい》

「とにかく! 避けないで、居場所を知らせて、そしてマルガレータ嬢が退学ってどういうこと?」

「…………あ? は?」


 危ない危ない。

 怒りで本来の目的を忘れるとこだった。

 ついでにエレナちゃん一瞬どっかへ追いやっちゃった感も否めないけど、そこはとぼけ倒すことにしよう。

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