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第55話 掴んだしっぽ



 カルロ様と私。お互いに歩みを止め、見つめ合い、数秒。


「ベーンジャミィィィン!!!!」


 冗談でなく壁のランプがカタカタなるほどの怒号に空気がぶち壊された。

 なんの空気もなにもないけど。

 なんだなんだと二人して声の方を見るけど、ただ外回廊が続くだけで人影もない。柱の間から穏やかな風が吹き込んで中庭もなんとも平和なものだ。

 ただものすごい声だけがどこからか響いてる。

 カルロ様はそれだけで原因を掴めたみたいで、呆れ顔で「申し訳ありません……」と謝られた。だから、なにが?


「どォこに行くー!」

「だぁっから! 少し! 休憩を!」

「そったらことぬかして、先も抜け出しちょったろォが!」


 耳慣れた声と、近づくとともにさらに大きくなる音量。ちょっとそこのランプ落ちてこないか心配。


「エレナ様、どうぞ私の陰に──」

「よいしょぉっ!」


 言い終わる前に、突然の掛け声とフッと暗くなった頭上と。


「エレナ様!」


 見上げた先に、なぜか宙に浮いたベンジャミンと、驚いた顔と、焦ったカルロ様の声と。

 あれ、これこのままじゃ私やば──。


「えっ、エレナちゃん!?」


 ぶつかる寸前、キュッと目をつぶった私のすぐそばで風が吹き抜けツインテールにした髪が後ろになびいた。

 そして。


「へっ!? あっ?」


 ふわっと体が浮いて、気づけばなぜか石畳の廊下の床を眺めていて。と言うか、廊下が後ろに流れて行く。

 えっ、待って私誰かに抱えられて連れ去られてる!?


「えっ、なに、あっ、ベンジャミン!?」

「なんでエレナちゃんここにいんの!? ジール? ジールか!? そりゃそうか! いやちょっと待ってくれ俺も今手いっぱいっていうかなんていうか!」

「ジールお兄様の行方知っているんですの!? ではなくてですね! 今この状況!」


 なにこれなんで!? 


「くぉおら待たんかぁ!!」

「ベンジャミン! 貴様二階から飛び降りて来る奴があるか!!」


 ちょっと!これ私まで追われる身になってない!?







 恐怖の鬼ごっこが終わったのはそれから一時間も経ったかというとき。いや実際もっと短かったかもしれないけど私には正直それぐらい長く感じた。お腹、ベンジャミンの腕が食い込み続けてたから苦し……。


 信じられない身軽さで私を小脇に抱えたまま走りに走り、上から下まで物理的に飛んでまでして、ついに私の三半規管が限界を訴える寸前でカルロ様が華麗に立ちふさがりベンジャミンの退路を塞ぎ、それを背後から団長さんが取っ捕まえてくれた。


「エレナ様! ご無事ですか!?」

「え、ええ、まあ、どうにか……」


 すぐさま救出してくれたカルロ様の腕にぐったりもたれかかって、なんともひどい声をひねり出した。ああ、吐かなくてよかった。そんな醜態、たとえエレナちゃんでなくとも晒せない……。


「こんの馬鹿者! お嬢まで巻き込んでまで脱走なんぞ、なァにを考えちょるんだ!」


 ゴンッとすごい音がして、思わず振り返れば熊みたいな団長さんから繰り出された大きな拳がベンジャミンの頭にクリーンヒットしてるとこだった。痛そう……。


「いっっっってぇ!!」

「あったりめえじゃァ! お嬢の方がもっと苦しかったろうに! なぁ、お嬢!」

「えっ、あ、いや」

「遠慮せんでぇ、ご無事だったからいかったものを、なんぞあってからじゃあ遅いんだんぞ!」


 独特な訛りとともにまくし立て、急に水を向けられあたふたする私を歯牙にも掛けず、そのまままたベンジャミンに怒鳴るそのパワフルさ……。

 ここの壁どのくらいの強度なんだろう。大丈夫かな。


「俺がエレナちゃんを危険な目に合わせるわけねぇでしょう!」

「おまんの馬鹿げた体力と、華奢なお嬢を一緒にすんでねぇ!」

「イッテ〜〜っ!」


 再び殴られたベンジャミンはついに頭を抱えて座り込んでしまった。え、あれ大丈夫なの?割れてない?頭割れてない?すごい音したよ今。


「エレナ様、お立ちになれますか? いえ、ご無理をなさらない方が良いですね。では失礼いたします」


 返事をする前に横抱きにされた。瞬間香った爽やかな匂いと布ごしのちょっと高めな温度に私は一気にノックアウトされた。





「と、いうわけで、ジールお兄様の居場所をお教えなさい、ベンジャミン」

「一体どういうわけだよ気がつくなり元気だなエレナちゃん」


 ええ、まあ、はい、不覚にもそのまま意識もろとも落ちましたけれども、寝かされてるここがどこかも把握しておりませんけれども、目を開けた瞬間に不安そうな彼の顔があったので反射的に一番の目的を述べたまででして。


「お気付きですか! よかった」


 カルロ様が飛んできて、ベンジャミンの隣に並ぶなりその真っ赤な頭を強制的に下へと押した。


「この度はベンジャミンが誠に申し訳ありません」

「いや、気絶の原因は間違いなく隊長──、すんませんデシタ」


 カルロ様にさらに頭を押されて、多分若干爪も食い込まされててセリフを言い直したベンジャミンは、それでもすぐにその大きな手から脱出していた。


「あー、全く。誰も彼も暴力的」

「お前は一体何を言っているんだ。そもそもの問題は全て、進級ひいては卒業できない自分にあるんだぞ」

「うぐ」


 胸を押さえてダメージを受けたふりをしたベンジャミンがそのままよろよろと後退し始めたのを見て、とっさに手を伸ばして軍服の裾をひっつかんだ。


「ベンジャミン」

「……」

「……」

「…………やっぱ、逃がしてくれない?」

「ベンジャミン! もう、知っていますのね!?」


 さらに手に力を込めれば、ついに『降参』とでもいうように両手を上げて天を仰いだ。


「ったく、エレナちゃんの行動力をナメた詰めの甘い自分を恨めよ、ジール」


 まさしく棒読みな声はただ部屋に響くだけに終わった。

団長の訛りは創作

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