第54話 鬼ごっこ
「……なんですって?」
思わず漏れ出た声に、ミザエラは珍しく声を落としてぐっと顔を近づけてきた。
放課後、誰もいない温室に恐縮するミザエラを押し込んで、暖かい紅茶も余所に額と額をくっつけるようにして密会をしていた。
「エレナ様、わたくしがフレデリク様とお話しさせていただいた日、あの時にお渡ししていた情報はエレナ様に害なす者の情報と証拠でした」
ああ、なんかそんなようなことを第三王子も言ってたね。でもなんでそれを今?
「けれど、私よりもはるかに早く情報を手に入れ、その上すでに根回しまでしていらっしゃった方がいたのです」
え、誰それ。私のためにそんなことしてくれる人が、ミザエラ以外にいるわけ?
というか、それとマルガレータ嬢の退学と何が関係あるの?
「実は、エレナ様に害なしていたのは、マルガレータ様でした。そして、彼女を退学に追いやったのはジール様ですわ」
「え?」
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マルガレータ様がやったことは、ただタイミングよく指示を出すこと。
ミザエラが呪いをかけたことを取り巻きたちからの情報で知った彼女はそれに便乗して私を亡き者にしようとしたらしい。つまり、あのプロの殺し屋を雇ったのはマルガレータ嬢。
そんなにまで私のこと嫌いだったの……?
あんまりにもやりすぎじゃない?もしかしなくとも、第一王子と仲良くしてたから?過激派もここまでくると言葉を失う。
そして、そこの謎が解けたところで、もう半分問題が残ってるわけで。
というか、私にとってはこっちの方が重要かもしれない。
前にベンジャミンに連れられて魔法騎士団の詰所に行ったときは、本当についてっただけだから今回私一人で行けるかどうか心配だった。
だけどそんな心配は無用すぎたみたい。
馬車に乗って「駐屯署に行きたいのだけど」と申し出てみたら御者さんが何も言わずに馬を向けてくれた。
あっという間に着いて、ついでに入る手続きまでしてくれたみたいで、馬車を降りてしばらくしたら奥から人が迎えに来てくれた。
できた人だ……。
「まあ! カルロ様ではありませんこと!」
現れたのはチョコレート……もとい、今日もまた一段と凛々しくていらっしゃるカルロ・バレンタイン様。にこりと私に優しく微笑んでくださった。はぁ〜、騎士様マジ騎士様。
「ご機嫌麗しく、エレナ様」
きちんと約束通りにエレナ様呼びで、かつひざまづいて手の甲にキスまでしてくれちゃった。倒れそう。
「ご案内いたしますね」
立ち上がって当然のようにそのまま手を繋いでくれちゃったりして。
「と、突然の、訪問でご迷惑をかけてしまって」
「とんでもございません。兄君にお会いに来られたのでしょう。我々は一向に構いませんよ」
そう。ジールに会いに来たんだ。ちょっとしっかりしてね、エレナちゃん。
「ベンジャミンに案内をさせようかと思ったのですが、奴は今、団長と勉強会中でして」
「勉強?」
団長と。勉強?
思わず漏らしてしまった疑問に、カルロ様は心底困ったように振り仰いだ。
「あれの将来は決まっています。魔法騎士としての素質も十分、魔術も剣術も私は全く心配していないのです。問題は、奴のテスト嫌いでして」
「テスト嫌い」
「わざとかと問い詰めたいくらい何度も何度も……。まったく、五回生を卒業さえすればいいと言っているというのに、ベンジャミンのやつ、一体私が何度頭を下げたことか……」
無意識に愚痴が始まってしまうぐらい苦労を重ねてしまってるらしい。ハッとした様子で私に視線を戻してきて慌てて謝るカルロ様のなんと可愛らしい表情。
そして、ベンジャミンは私の仲間だと思ってたけど、そっか実技は十分に出来るのね。それはそうか、魔法騎士様だもんね……。
「ところで、エレナ様。兄君への面会ということでしたが……」
「ええ。でも、ジールお兄様も騎士のみなさまもお忙しいのでしょうから、一目見て一言言って差し上げるだけでいいんですの」
ここ数日、家に帰りも私に会いにもこないジールに対して一言で済むかは別として。
そうしたら、カルロ様はどこか気まずげな表情から一転、ほんの少し訝しげに考え込んでしまった。
「カルロ様?」
「……エレナ様、不躾な質問で申し訳ないのですが」
「よろしくてよ。なんですの?」
「はい。……ひょっとして、最近兄君にお会いできていらっしゃらないので?」
驚いた。今の会話のどこから探られたんだろう。気をつけないといけないかもしれないんだろうけど、何をどう気をつければいいのかわからないぞこれ。
答えない私に何を思ったか、カルロ様も少し口を閉ざしてから歩みを止め、そっと伺うように小首を傾げた。
「実は、兄君はここにはいないのです」
「……え? いない?」
…………何それ。じゃあどこにいるっての?
本気で私に会わない気なの?




