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第52話 複雑



 私の姿に、ミザエラが泣きそうな顔で一歩前に出た。


「エレナ様! あの、これには訳が……!」

「ああ、エレナ。いいところに。おぬしの根も葉もない噂、ついに根本から断ち切るぞ」


 しかし、そんなミザエラが視界に入っていないかのように、フレデリク王子がさらに彼女よりも前に出て、その上私の目の前まで来て手を握った。

 小さな頭の陰に見える、その時のほんの少し傷ついたオレンジ色の目はまっすぐに焦がれるように、第三王子へと向けられていた。

 ああ……。まあ、わかってたけど、やっぱりまだ、思ってるんだよなぁ……。


「……フレデリク様」

「なんだ、エレナ」


 だけど、キラキラとした菫色の中に、ミザエラと同じ感情を見て、口を閉じた。

 

 それぞれがそれぞれに恋をする少年少女。だけどその想いは、子供のおままごとというにはあまりにも真剣で、そしてあまりにも大人の事情が絡みすぎてる。

 私が迂闊に口を挟んでいい問題じゃないし、むしろ私が何かを言うことによって、何かが壊れてしまう気がする。

 曖昧すぎて、自分でもなにを言っているのだかわからないけど、曖昧だからこそ、今はなにもいじってはいけないんだ。

 ものすっごく難しい。なにこの世界。知れば知るほど私のやってたゲームじゃないどころか、私の知ってる世界や社会と全く常識がかけ離れてるんだけど。


「エレナ?」


 不思議そうに私の表情を伺う、そのまだ幼さが残る瞳が目の前にあることに、ああ、王子背が伸びたなぁ、なんて余計な思考が浮かぶ。


「いいえ。……ミザエラとどんなお話をしてらっしゃったんですの?」


 それにはっとした様子のミザエラが、やっと私に意識を向けた。

 その頬がみるみるうちに血の気を失っていくのを見て、とてもかわいそうだと思ってしまった。こんなこと思うなんて誰に対しても失礼なんでしょうけど。


「うむ。おぬし、素晴らしい諜報員を囲んでおるな。さすが、未来の王子妃となる素質が備わっておる」

「えっ?」


 なに?諜報員?なんのことだ。


「あの娘が持って来た情報は、俺が集めさせていたものよりも多く正確であった。おかげで、おぬしの噂を広めた愚か者の尻尾を掴んだぞ。全く、このようなことなら俺も男ではなく女を使った方がよかったやもしれぬな」


 混乱する私をよそに、フレデリク王子は勝手にペラペラ話していく。

 えーっと、つまりミザエラが情報収集をしてそれをフレデリク王子に報告してたってこと?それによってまさに今、あの、私が尻軽女だとかなんとかの噂話の犯人がわかったと。

 てゆうか私あんなに一緒にいたのに、ミザエラが情報集めしてたなんて知らなかったんだけど。そんなそぶりも暇もなかったじゃない?主に私の付き人の真似事なんてしていて。いつのまにそんなことしてたの?

 そういえば、やたらと耳が早かった気がする。私の学院生活の情報って、確かにミザエラからのが半分以上を占めてるかも。

 

 ……あ。

 ねえ、なんか今朝『エレナ様のために頑張ります』的なこと言ってなかったっけ。え、もしかしてあれって……。


「そうなんです、エレナ様!」


 いてもたってもいられなくなったのか、ついにミザエラが私の横まで駆け寄って来て、祈るように手を組んだ。


「誓って! わたくし、エレナ様に対して後ろめたいようなことはいたしておりません! エレナ様のためを思って、だから、その……、あの、」

「ええ、ええ。わかってますわ。その辺にしておいて、ほら、爪が食い込んでしまって真っ白な手に跡がついてしまいますわ」


 第三王子の手から逃れて小さくて柔らかなミザエラのそれを解かせた。

 おい、王子。その『なにを言ってるんだ、こいつは』みたいな顔やめろ。お前との仲を誤解されまいと、私と恋心との板挟みの中必死に訴えてるんだよ、この子は。

 本当に全く、この可愛い子の想い人でなかったら散々にけなしてやるっていうのに。心の中で。もちろん。

 ……いや、まあ、その可愛い子を苦しめてる一端は私なんだろうけど。心が苦しくて仕方ない。

 私もまた、家の権力と王家との板挟みなんだ。どうかミザエラ、そういうことで許してほしい。だめかしら。


「エ、エレナ様……っ」

「大丈夫ですわ。あたくし、ミザエラが素敵なご令嬢だということ、知ってますもの」

「っ! ありがとうございます、エレナ様!」


 うるうるしていた目からついに涙をこぼしてしまった彼女の緑色の髪を撫でてあげたい情動にかられて、寸前でとどまった。あー、可愛い。

 そう、知ってるんだよ私は。ウサギみたいに愛くるしくって、恋する姿の可愛い乙女だってことも。言わないけど。

 ジールはきっとまだミザエラを警戒してるんだろうけど、あの時のミザエラはほんの少し嫉妬に駆られちゃっただけで、本気で私を殺そうとなんてしてなかったし、そんな度胸もなかったはず。何かの手違いと勘違いなんだと、いつか説明できたらいいんだけどなぁ。


 まあ、そんなジールは昨日も屋敷に帰ってこなかったみたいだけど。一体どこでほっつき歩いてんだか。

 お父様もお母様も、もちろんサイラスお兄様もなにも言わない。というか、家の中全体が厄介ごとを拒否しているような感じ。

 元から子供に興味がないあの両親は、サイラスお兄様の機嫌を損ねて波風立てないよう、ジールの存在を意識的に追い出している感じがする。それで仮にも親かと言いたくなるけど、仕方ないのかもしれないなぁ。ジールも多分、そういうことを察して家に帰らないんだろうな。

 今度、ベンジャミンのところに行こう。あの人ならなんかジールの居場所とか知ってる気がする。ただの感だけど。


「おい、おぬしら」


 不意にイラついた声が割って入って来た。

 あ、忘れてた。

 慌てて居住まい正せば、声のまんま表情を硬くして腕を組んだ第三王子が、私とミザエラを睨んでいた。


「おれを忘れるとは、なんたる不敬だ」

「も、申し訳ありませんでした!」


 いち早く謝ったミザエラには目もくれず、私をまっすぐに見る、その不貞腐れた視線。構ってもらえなくて駄々こねる子供か。

 いや、子供なのか。九歳、だもんなぁ……。


「もういい。ゆくぞ」


 ああ、はいはいはい。




 …………ん?どこへ?



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