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第50話 決闘



 思いの外ぞろぞろとした集団で、そこにどこからともなく現れたミザエラが加わり、全員で裏庭を目指す。

 途中すれ違った生徒たちは、私の顔を見てついで背後のご令嬢方を目に入れ、サッと道を譲ってくれた。すみませんね、道を占領してしまって。でも、外だからそんなに先の方まで避けなくていいんですよ。なんでそんなに顔を引きつらせて必要以上に距離を取ろうとしてるのかしら。

 まあ、ひとりひとりに頓着してる暇はないから、足早に目的地へと進む。


 ──そうして、不意に肌にピリピリとするような感覚を覚えた。


「……あら」


 さも、今気づきましたというような声を出してピタリと止まれば、後ろからついてきた子達も足を止め「エレナ様?」と私の視線の先を見ようとする。そして。


「これより、ソフィア王立魔法学院の作法に則り、サイラス・グレイフォードと挑戦者、ジール・グレイフォードの決闘試合を開始する」


 朗々と述べたのは、さっきぶつかってしまった黒髪少年だった。

 ちょっとあなたがなんでそっち側にいるのよ。

 目があったとき、ギョッとしたような目で見られた。だから睨んでやれば、おどおどとその視線を彷徨わせる。一体なんなの。

 まあいい。今はこっちだ。

 

 本当に、目の前ではサイラスお兄様とジールが対峙している。


「あれは、エレナ様の……」


 ささやくようなつぶやきは、今この空気に圧倒されたように消えてしまった。

 それぐらい、見ているだけで心臓がばくばくしてしまいそうな緊張感だった。

 本気でやるつもりなの?

 

 サイラスお兄様はいつも通りゆったりと微笑んでいるが、ジールの方はどこか表情が硬い。一見すれば、サイラスお兄様の方が余裕のあるような感じだけど、私は知ってる。

 あの微笑みは苛立ちを隠している時の顔だ。

 私に向けられる笑顔はだいたい同じ。いや、誰に向ける笑顔も同じなのだ。

 サイラスお兄様にはいつも余裕がない。


「俺は、兄上をいつもいつも目指してきていた」


 不意に、ジールが口を開いた。

 しん、と沈黙が落ちる。いつの間にか、周りには私たち以外のギャラリーが増えていた。


「兄上に敵うものなどないと、そう思って生きてきた。だが、もう背中を見続けるのはうんざりだ」


 吐き捨てるようなその言葉に、果たして嘘はないのだろうか。

 ジールがわざと仕掛けた、というあの少年の言葉が本当なら、これは一体どういうことなんだろう。


「だから、」

「もういい。十分だ」


 その時、サイラスお兄様の顔からはじめて笑顔が消えた。けれどそれも一瞬で、気がついた人はおそらくいなかったと思う。


《良くないねえ、非常に良くない》


 えっ。

 うわ、待ってルプス!?ちょっと待って今出てこられたらまずい──、あれ。


《さすがにワタシも能無しではないよ。時と場所は選ぶさ》


 とっても信用ならない言葉をどうもありがとう。

 ルプスの声だけが響いているこの状況、だけど隣で息を呑んで事の成り行きを見守っているミザエラにはなにも聞こえていないみたい。


《ワタシは小さな姫君の影だからね。頭の中で話すだけで何でもかんでも意思の疎通ができちゃうのさ》


 え、なにそれ気持ち悪いな。つまり、考えてる事全て筒抜けって事でしょ。

 え、最悪。


《ひどいなあ。ワタシだってデリカシーという言葉の意味くらい知っているよ》


 全くもって傷ついていない声で笑って、そうしてふっと口元を歪ませた。

 いや、見えないけど。目の前にいるわけじゃないけど、そんなイメージが浮かんだ。なんだか、カミサマに無理矢理連れてこられた時のことを思い出した。


《ところで、君の兄上は、とても良くないモノを持っているみたいだ》


 良くないもの?悪魔のあんたがなにを。


《ワタシはただの精霊さ。闇に属する、精霊。そして、兄上が持っているのが正真正銘悪魔さ》


 …………はい?


《暗いなぁ。重いなぁ。さすがの少年もこれは受け止めきれないよ。決闘という正当化されたこの場で、あのニンゲンは兄弟殺しをするつもりなのかな? うーん、とてもワタシ好みだ》


 な……っにを、言ってるんだお前!!


 きゃあっ!


 小さな悲鳴が聞こえてはっとした。

 意識をお兄様たちに向ければ、すでに開始されてたみたい。ジールが手のひらから次々に撃っているのは水の玉。だけどそのほとんどが外れて、弾かれ、お兄様には届かない。


「手を抜いてるのか、ジール」

「んなわけねーだろ! 俺は全力で戦って、それで兄上を──」

「超えるって? ……どうかな」


 ぞくりと背筋が凍った。

 ジールが急に動きを止めた。訝しげな表情に、次の瞬間には小さな恐怖が走った。

 それを満足げに見遣ったお兄様の姿に、私の脚がふっと軽くなった。


《えええ!? 待ってお姫様! ワタシではあれに対抗するのは骨が折れる!》

「じゃあできないことはないんだ! やれ!」


 否、軽くなったのは私の足裏が地面と完全にさようならしたから。物理的に飛ぶようにして、決闘の中心を目指す。


「っ!?」


 そして、ジールの意識が一瞬こちらに向いた。

 お兄様が、にいっと嗤った。


《あー、もう!!》


 ブワッと私の影が膨れた。

 お兄様が何かを取り出して呪文を唱えた。

 ジールの顔が私を見て、完全な恐怖に覆われた。

 どこかで誰かが叫ぶ声と、甲高い悲鳴。それから。


「エレナ様!」


 鋭い綺麗な声がその場を割った。

 その瞬間、私はついにジールとサイラスお兄様の間に滑り込んだ。


「サイラスお兄様!」


 叫ぶのはもちろんお兄様の名前。ここでジールの名前を呼んで場をこじらせるほど馬鹿ではない。

 まっすぐに見つめた先では、ピタリとそのままの大勢で動かなくなったまま淡い碧眼が無感情に向けられていた。

 やっぱり、人を引き連れてきて正解だった。体裁を気にするお兄様だからもしかしてと思ったけど、どうやらミザエラの声に理性を保ってくれたみたいだ。


「サイラスお兄様、どうかお止めになって!」

「……エレナ、これは学院で決められた正式なものなんだよ」


 柔らかく、良くわからない理由付けをされたから、精一杯わがままっぽく聞こえるように眦を下げてサイラスお兄様に駆け寄った。


「なぜあたくしには構ってくださらないんですの? ジールお兄様ばかり! 最近はあたくしに冷たいですわ」

「そんなことはないよ」

「でしたら、今からでもお買い物に付き合ってくださいませ! あたくし、欲しいアクセサリーがたくさんあるんですの。でも、決められないからお兄様に選んでいただきたいわ」


 困ったような顔してるけど、その目は全くもって冷たいままだ。良くもまあこんな二面性をもてるなぁ。


「わかった。行こうか」


 結局、人の目を気にしたお兄様によって、殺伐とした空気は一気に霧散した。

 私の作戦勝ちということでいいだろうか。


 ああ、疲れる……。

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