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第49話 下準備



 私は授業そっちのけで、ジールの教室に走った──、


 と、したいのは山々だったし心の中では思い切りしてたけど、学院に入った瞬間ダグラス先生にばったりと出くわしてしまった。


「どこに行く、グレイフォード。四年間も通っていたのに、まだ教室の場所を覚えていないとはな」


 知ってます!さすがに大丈夫です!だから察して行かせてください!


「ギリギリの単位をなぜ好き好んで落とそうとするのだ」


 うっ……。

 

「ホワイト、君も教室へ行きなさい」

「あ、はい! ではエレナ様、またお昼休みに」


 かばんを返してくれたミザエラは、ダグラス先生にお辞儀をしてから私にも律儀に頭を下げて、そうしてしずしずと行ってしまった。慌てていても足音をほとんど立てない。

 さすが貴族のご令嬢。



 #



 そして、貴族の『き』の字もない私は、お昼休み、上級生の教室目指して足音高らかに疾走していた。

 いやごめん、足音の方は嘘じゃないけど疾走は語弊があるな。例に漏れず、疲れと動かす足に反比例して全くと行っていいほど進んでいません。

 食堂へ向かう人の群れに逆らって進んでいるのにもかかわらず、みなさん道を開けてくれるからとても走りやすいのだけど、ギョッとした視線が突き刺さる。しかも進んでないから一人から集める視線の時間が長い。

 

 そして何より、遠い!

 方向音痴も手伝って、何度か曲がり角も間違えた。

 もー、なんでこう複雑なの!?また曲がり角だし!左だっけ、右だっけ?お昼休み終わっちゃうんだけど!


「っ、うわ!」

「え、わああっ!」


 って、勢いよく曲がった瞬間、誰かに思いっきりぶつかった。

 ドンっと鈍い音がして、軽いエレナちゃんの身体がいとも簡単に弾かれる──、


「あっぶな、寿命が縮む……」

「え、あれ。……あ」


 ことはなく、耳元で吐かれた安堵の声に、はっとして目を開けた。

 真っ先に目に飛び込んできた、濡れたように真っ黒な髪。さらさら、ほっぺに柔らかいのが当たってて気持ちいい。

 腰に手を回して私を受け止めてくれたのは男の子で、背が高く精悍な顔立ちをしていたけれどまだまだ少年の域を出ない線の細さがある。ベンジャミンより年下かな、いやでもあの人は鍛えてるから基準にできな──、違う!


「お怪我はありませんか、えっと、エレナ様」


 彼の真っ黒な瞳の色がわかってしまうくらいには至近距離で覗き込まれて、慌てて自分の脚で立つ。

 今の今まで男の子にもたれかかってたのがやばいわ、私!


「はっ! アッ、だい、大丈夫──……、なぜ、名前を?」

「あー。……、存じておりますよ、ジールの妹君」


 ふと違和感に尋ねれば、なるほど、ジールの知り合いか。

 ということは、この人は九回生なのかな。微妙な顔してるってことは、ジールの被害者か何かかな。ほら、たまにわけのわからない非常識なことするから。


「あっ! 決闘! お昼休み!」


 終わっちゃう!

 私が立ってたあたりから緩みはじめていた腕から抜け出して、慌てて走り出そうとして、腕を掴まれた。

 ええ、なにちょっと──、あ。


「えーっと、受け止めてくださってありがとうございます。それと、ぶつかってしまって申し訳ありませんでした」


 まだ言ってなかった。そりゃ失礼だわな。

 なんて思って振り返ったら、ものすっごく訝しげな顔されてた。

 ……私この顔知ってる。『なんでエレナが謝って、感謝してるんだ?』って顔。しかもすごく雄弁に語ってる。

 初対面だよね、私たち。いくらあなたがエレナちゃんを知ってたとしても、もう少し隠したほうがいいんじゃないかしら、ねえ。

 だけど私も大概、顔に感情が出やすいので名も知らぬ少年はこの不平不満を正しく感じ取ったみたいだ。はっとしたように居住まいを正して、そのくせ腕は離してくれない。

 いや、もう失礼なのはこの際どうでもいいから行かせて欲しいんだけど。言うべきことは言ったじゃんか。


「決闘のこと、ご存知だったのですね」

「……当然でしょう」


 実際知らなかったけど、そういうことにしておく。

 すると黒髪少年は何かを思案しているような顔つきで、そして、何かを探るような目で私のことをじっと見つめてきた。


「エレナ様は、サイラス様とジール、どちらの方がお好きですか?」


 はあ?なにその質問。

 というか、ジールのこと呼び捨てしてる今気づいたけど。

 え、ほんとなにこの人。というか誰なの。ジールのクラスメイトなの?


「なぜあなたに答えなければならないのかしら」

「ジールは、わざとサイラス様に決闘を申し込まれたのです。兄に、公式の場で敗北するために」


 話聞け────、え?

 …………え、なにそれ、どういうこと?ちょっと言ってる意味がわからないんだけど。というか文脈。


「エレナ様、お兄様方のところへ行くつもりですか」

「そうよ。……そうよ、こうしてはいられないわ!」


 順を追って、難解な会話文を脳みそに入れて、そうしてやっと理解できた。

 なにそれ、それってつまり、サイラスお兄様のメンツのために自分が恥をかく舞台を自分で揃えたってことなの?なんなのあの兄弟は!バカなの?

 いや、ほんとまじで早くいかないと──って!


「ちょっと! 離してちょうだい!」

「いえ、その必要はございません」

「はあ?」


 あっ、いっけね。

 思わず心のまま言葉にしちゃった。

 というか、ほんとこの人なに言ってるの?行く必要めちゃくちゃあるわ。確認しなきゃいけないんだから。

 ジールにだって昨日から会ってないし、会って話をしないとなんですけど。

 ジールの知り合いだか友達だか知らないけど、とりあえず私たちは初対面だよね?初対面でちょっと干渉しすぎじゃないの!


「放課後、また、今度は裏庭へ来てください。それで事足りますから」

「なにをおっしゃっているの、あなた。というか、誰なの?」


 そんなこと言ってる間に、予鈴が鳴ってしまった。もう、帰らないとじゃんか。

 ……仕方ない。


「俺は、私は──」

「わかった。いいわ。それであたくしの思い通りではなかった場合、あなた、覚えてらしたほうがよろしいわよ」


 脅し(お嬢様風)をして気を晴らして、さっさと踵を返す。ダグラス先生が遅刻にめっちゃくちゃ厳しくて、貴族だろうが女子だろうが罰則に容赦がないからとか、そういう理由で帰るわけではないか……ら……。


「…………あなた、あたくしを教室まで送りなさいな」


 道がわかんなかった。




 #




 放課後まで大人しく待って、終業のベルとともに教室から飛び出した。

 いや、ちゃんと淑女としての体裁は整えてましたよ。もちろん。スカート抑えてしずしず歩いて、窓から飛び出しただけだもの。


「グレイフォード! ……ま、魔法を使った、だと……?」


 お叱りが飛んでくるかと思えば、なんだか失礼な声が聞こえた気がしなくもない。

 どういうことなの、ねえ。ねえ。

 まあ、ええ、使いましたとも。使えますとも。空を飛ぶのはこりごりだけど、二階の窓から飛び降りて魔法で自分の身体を浮かせるぐらいはね、できるってことに気がついたわけですよ。別に自慢してるわけじゃないけどね。


「あ、エレナ様だわ!」


 一階の教室窓から、不意に大きな声が響いて見やれば、見覚えのあるご令嬢方がこちらを覗いていた。


「まあ、空から飛んできましたの?」

「飛行魔法をお使いになられるだなんて!」

「素晴らしいですわぁ」


 見られてたやっば!と、思ったけど、好印象だったのでこれはこれでよしとするか。


「実は、今日は新しい靴を履いてきたので、裏庭でお散歩をしたくて仕方ありませんでしたの」


 裏庭には小さな木陰や東屋があったりするのでおかしくはない。

 女の子たちは口々に素敵ですね、と言ってくれたので、私もにっこり笑って返した。


「よろしければ、皆様もご一緒しません?」


 まあ、と嬉しそうな声が上がった。


 

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