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閑話1 ジール

 


 俺は、妹のことが嫌いだった。

 我儘で高飛車で浪費家。どこまでも母の嫌なところばかりがそっくりで、その上、なんでも自分の思い通りになると信じて疑わない嫌いな父の性格まで受け継いでいた。最悪だった。

 年が近いというのもあったかもしれないが、だからことあるごとに虐めていた。

 嫌いだったんだ。


「ジールお兄様、魔法を教えてくださらない?」

「…………はぁ?」


 当然、今までの蓄積で向こうだって俺のことを嫌ってるはずだった。

 それなのに、唐突に近づいてきてさらに魔法を教えてくれとせがんでくる。

 どういう風の吹き回しか。なにか企んでんのか?そういえば、今朝から頭がオカシかった。


「嫌に決まってんだろ」


 冷たい物言いに癇癪を起こすと思っていた。今までだったら確実にそうだった。


「そうですか……。お忙しいですものね」


 だから、しゅんと肩を落として部屋を出て行こうとした妹に呆気に取られた。

 俺の前にいるコレはなんだ。誰だ。エレナ・グレイフォードの形をした別のモンじゃねーのか。


「いや、その。俺が得意なのは攻撃に使うような派手なモンばっかで、その……、おまえみてーな女の子が好きなキラキラとか、ムリっつーか、なんつーか……」


 いや、なんで言い訳じみたこと言ってんだ俺。おまえも、ンな明るい笑顔見せてんじゃねーよ。目ェ輝かすな!


「構いませんわ! あたくし、どんなものでもよいので、何か魔法を使えるようになりたいのです!」


 ……あのエレナが?

 学院に入ると決まったときですら、『勉強嫌い、やりたくない、魔法は使用人に使わせる』とかフザケたことぬかしてた?

 俺の知ってるエレナは、自分で動くのが大嫌いな女王様気取りの高飛車女だろ?


「…………じゃあ、危なくねぇやつな」


 気づけばそう口にしてた。

 心底嬉しそうな歓声も感謝の言葉も、悪い気は、しなかった。




 ♯




 エレナに魔法を教えはじめてしばらく経ったある日突然、兄上が部屋を訪れてきた。


「エレナに魔法を教えてくれてるんだって?」


 柔らかな微笑み。あれを見ると、落ち着かなくなって視線が定まらない。


「どういう心境の変化? おまえ、エレナのこと嫌ってたじゃない」

「……別に。気まぐれ、です」

「ふぅん?」


 興味なさげなふりをして、実際は面白くないんだろう。兄上が、俺に勝てる唯一のものと思い込んでる、エレナという存在を、取られて。


 いつかの言葉は今でも兄上を見ると思い出す。


『おまえの才能は、僕にとって邪魔でしかない』

 

 大好きだった兄からの、はっきりとした拒絶。

 十四歳のときまで学院の秀才と謳われていた兄を、軽々と超えてしまった七歳の弟。周囲が天才だと俺をもてはやすたびに、兄は笑顔で遠ざかっていった。

 俺も馬鹿だった。

 なんでもできてしまう兄に勝てるものがあった。その優越感に浸っていたのだ。

 兄上のことは尊敬しているし、今だって追いつけているとは思わない。だが、俺の存在は兄の努力に影を落とし続けていた。


「ジールお兄様!」


 ドアが開け放たれる音にはっとして顔を上げる、その前に兄上が振り返った。


「やぁ、エレナ」

「お兄様!」


 驚きのすぐあとの、ひどく嬉しそうな声。

 エレナは昔から兄上によく懐いていた。甘やかしてくれる、優しくしてくれる、ただひとりの家族だったから。

 エレナが好きなのは兄上ひとり。それが最近になって揺らぎはじめてしまった。


「ちょうどよかった! 見ていてくださいませ、お兄様方!」


 得意げな顔をして、両手を拳ひとつ分空けて胸の前で構えた。すぐにエレナの周囲で騒めきが起こり、両手の間に水球が揺れはじめた。

 俺が教えた魔法を、早速練習してきたらしい。

 驚いたことにエレナはとんでもなく不器用だった。本当になんもできねーんじゃねぇかと思うくらい。

 空気中の水分を集めるだけの初歩的な魔法も、はじめはできずに代わりに部屋中の本を床に落とした。

 むしろすげぇ。そっちのが高度だよ。

 ためしに教えてみたら、机を三ウィータ浮かせられるまでに成長した。それができてなんでこっちができない。

 ……。ってこたぁ、エレナおまえ、「努力」したってぇのか?あのエレナが?自分から?


「み、見てます!? ねぇ、ねぇ!」


 しかも、できた。めっちゃ震えてるけど。球体維持すんのに必死すぎて、手元から全然顔上げられてねぇけど。


「すごいじゃないか、エレナ! エレナは天才だね!」

「あ、あり、が──」


 あ。やべ。


「あっ!」


 兄上への返事で気が逸れたのか、水の塊がエレナの魔力から離れ、たっぷり膨らんだドレスのスカートに落ちる。

 前に、手を握って相殺した。あるべき場所へ一気に戻したせいで、エレナの周りだけ湿っぽくなった。まぁ、ドレスが濡れるよかマシだろ。


「消えた……」

「戻したんだよ」

「ジールお兄様がやったの? すごいですわ!」


 いや。いやいやおまえだって、集められるなら散らせられるっての。

 ……耳が熱いのは気のせいだ。照れてる?俺が?エレナの言葉で?はぁ?


「エレナ」


 穏やかな兄上の声が割って入ってきた。


「エレナは、もっと綺麗な魔法よ方が好きなんじゃない? ジールは知らないだろうから、僕が教えてあげようか」


 思わず兄上を見上げたが、一歩俺より前に出てるせいで、顔の表情までは見えなかった。ついでに、エレナの顔も。


「えっ。お兄様が?」


 少し喜色を含んでいるような声に、ズキリとしたのはなんだ。

 俺は『気まぐれ』なんだから、別にエレナが俺から兄上の方へ行こうが関係ない。むしろ、勉強時間が確保できてよかったじゃねーか。


「で、でも、お兄様はお忙しいし」


 俺だって忙しいっての。


「エレナのためなら時間を作るよ」

「え、えと、嬉しいですけれど、ジールお兄様にお願いしてしまったので、」

「別に」


 見えなかったけど、エレナが俺に注目したのはなんとなくわかった。

 もしかしたら、エレナの方からは俺の顔が見えてるのかもしれない。だから、そっち見ないように横を向く。


「兄上がこう仰るんだから、教えていただけばいいだろ。おまえだって、兄上の方が好きなわけだし」


 そもそも、俺もエレナもお互いがお互いを嫌ってたはずだろ?なんで今更歩み寄ろうとしてんだよ。

 今まで虐めてたくせに、なんでちょっと悲しく思ってんだよ。俺は。

 迷惑だという雰囲気を前面に出して背を向ければ、「じゃあ、僕の部屋に行こうか」という兄上の声が聞こえた。

 衣擦れの音がしてっから、たぶん一緒についてったんだろうな。なんて思いながら目を向ければ、案の定そこには誰もいなかった。


「……湿ってやがる」


 くしゃりと搔き上げた髪は、張り付いて元に戻らなかった。

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