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第46話 噂



 どこからともなく発生した噂は、マルガレータお嬢様らが率先して広めているらしい。

 そのせいで、私が気付いたときにはすでに、出どころは全くわからない状態だった。

 まあ、噂話を聞けるほど親しい友達がいなかったのが私の敗因だけども。

 なんだかんだで、教えてくれたのはミザエラだった。来てくれるのは嬉しいんだけど、あなたも友達関係、大丈夫?お姉さん心配だよ。

 それと、だからそろそろ友達にならない?


「全くもって、なんと不敬でふしだらな噂なんでしょう!」


 三回生からは授業も本格的になるらしく、普通クラス、もとい底辺クラスにいる私ですらしんどい。それならトップクラスのミザエラはもっと大変だろうに、放課後いつものように私の教室を訪れてきた。憤慨しながら。


「エレナ様、ここはやはり黙ってなどいられませんよ!」

「いえ、その、落ち着いて?」

「落ち着いてなどいられましょうか! エレナ様が宮廷中の男を手玉に取る悪女と言われるのを聞いておきながら、ほっとくだなんてこと私にはできません!」


 ちょっと待ってなにその噂。私が最後に聞いたときより酷くなってないか。

 というか、みんな考えて欲しい。悲しいかな、いや自分で言う方が悲しいんだけど、いくら美少女で愛らしくてこの国一番の可愛さを持っているエレナちゃんでも、所詮はただの子供。まだ幼女にギリギリ入るレベル。

 その上特にこれと言って特筆すべき、その、身体的な特徴もない。エレナちゃんには劣るが、そこそこの美しさを兼ね備えたマルガレータ嬢ならいざ知らず、こんな子供に手玉に取られるほど宮廷の殿方はチョロくはないだろう。

 ──と、言ったところで歯止めがかけられないのは明らかだけど。


「……そういえば、ミザエラ」

「はい! なんでしょう」


 顔が近い近い。そんな勢い込んで覗いてこなくても。

 いやね?ふと気になったんだよ。クラスが変わってもうるさいくらいに訪ねて来ていた第三王子が、あの舞踏会からパタリと襲撃してこなくなった。

 噂話とはいえ、あの王子様のことだからてっきり「どういうことか!」とかなんとか詰め寄られると思ってたのに。

 ……いや、これはミザエラに聞くのは違うな。この子、だって第三王子のことが好きだったんだよね。


「やっぱなんでもな……ありませんわ」

「エレナ様?」


 考え事してたら口調が怪しくなってきた。危ない。

 ちょっともう、そろそろ帰ろう。口調の危うさもそうだけど、学校にいるだけで好奇の的なんだもん。いい加減今日は疲れた。


「どうなさったんです? おっしゃってくださいな」

「いえ、本当によろしいの。あたくしそろそろ帰りますわ」

「え。あ、そうですか。では、馬車までお送りいたします」

「ありがとう。けれど、」

「エレナ」


 荷物は持たなくていいのよ。

 そう言う前に、後ろから声がかかった。私を呼び捨てにして、かつ柔らかな響きを持つのは今の所ひとりだけ。そして、今では完全に間違えなくなっていた。


「エドワーズ様」


 振り返ればやっぱり、そこにはおどおどと微笑む、エドの姿があった。

 ミザエラが、「まあ」と声を上げる。ちょっと、そこに期待の色があるのは気のせいだよね?


「エレナ、その、少し、帰る前に、話がしたいのだけど……」


 まっすぐに、その菫色の目を向けてくる可愛い子相手に、一体誰が否定の言葉など吐けるでしょうか。


「ええ」


 途端にぱあっと明るくなった顔に、心臓抑えて悶えるのをかろうじて堪えた。

 そんなことをしている間に、エドがミザエラの持つ私の荷物を受け取ってしまっていた。


「あ、エドワーズ様」


 王子に持たせるなんてさすがにまずいかなって、そう思って声をかけたら、ふんわり笑って若干かばん持つ手を遠ざけられた。え。


「どうか、おれにあなたの荷物を運ばせて」


 ……………………誰か、救急車。




 #




 教室を出て、中庭に続く廊下へ出たところで例の温室に向かっていることに気づいた。

 まあ、エドが話したいことがあるって言った時点で、行く場所はわかってたけど。

 それにしても、いつぶりだろう。ルプスのことがバレたあたりから行かなくなってたな。

 エドはあっさり秘密にしてくれるって言ってくれたけど、なんでだったんだろう。本当に誰にも言ってないみたいだし。

 口を開かないエドに、私も自然と黙って隣の綺麗な横顔を伺ってしまう。

 そうしたら、だんだんとその白い頬が薄紅色に染まっていって、ついにはふいっと逸らされてしまった。


「あの、その、そんなに見られると……」

「えっ」


 バレてた……!

 こっそりしてたつもりなんだけど、え、まじか、恥ずかし!


「ご、ご、ごめん、なさい」

「う、ううん……」


 さっと顔を前に戻して、ぎこちない謝罪を口にした。

 エドもエドで、逸らした顔を戻せないでいるみたい。どうしよう、温室見えてきた。こんなんで二人きりになったら、何話せばいいんだろう。


「…………エレナ」

「えっ! あ、は、はい!?」


 だけど、ピタリと足を止めて呼びかけられた。

 数歩先に歩いてしまったつま先を返して、慌てて彼の顔を見ると、そこには未だ赤く染まった、けれど真面目な目をしたエドが、私をまっすぐ捉えていた。

 え、な、なに……?」


「エド?」

「訊きたいことが、あるんだ」


 意を決したように、ぎゅっと私のかばんを握りしめ、そして。


「六年前、王宮の裏庭で」

「エレナ!!」


 突然割って入った声に、エドの薄い両の唇は慌てて合わせられた。

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