第3話 家族関係
あんなにも波打ってた髪は、メイドさんの手によって先だけ縦ロールのストレートヘアになった。それを高い位置でツインテールにして、おっきなリボンで結ぶ。
リボンと同じ生地の真っ赤なドレスに身を包むと、フランス人形のようなエレナが鏡の中で満足そうに笑ってた。
うーん。可愛い。さすがエレナ・グレイフォード。幼少期からこんな容姿なら、成長して美人になるのも頷ける。
女は変わるって言うけど、幼少期も可愛くなかったリアルの私は成長しても、ね。
朝食を摂るべく食堂へと向かおうとして、ふと思い出した。
「貴女、そういえばなんて名前だったかしら」
軽く頭を下げて見送ろうとしてたメイドさんは驚いたようにちょっと目を見開いた。
今より前のエレナの記憶はきちんとあって、だからまぁこの驚きも頷ける。産まれてこのかた、我儘仕放題で育ってきましたからね、エレナちゃん。
ゲームでの高飛車女王様な様子から予想つくけど、エレナちゃんの記憶を覗くとまんまでした。ただ身体だけ小さくしたって感じ。
つまり、彼女は六歳児からゲーム登場時までに精神的な方は成長してなかったんですよ。なんて恐ろしい。
「ロザリーと申します」
「ふぅん、そう。覚えておきますわ」
ロザリーね。やだ、可愛い名前。
ファンタジックな名前っていいよね。ドレスもお城も、魔法だってある世界で「エレナ」って、なんかこう、そんなのが全然なかった世界を思い起こすから面白くない。
魔法といえば、エレナって魔法使えたんだっけ?魔法学校に通ってるぐらいだから使えるはずだけど……。でも、ゲームの中で使ってるの見たことないな。
「お嬢様、そろそろ食堂へ向かわれた方がよろしいかと」
あ、やばいやばい。ゆっくりしていられない。
あと、お腹すいた!
♯
「お嬢様、皆様が中でお待ちかねでいらっしゃいますよ」
急いでって言っても、ドレスだから結局とてとて歩いてなんとかたどり着いた食堂。入り口に立って声をかけてきたのは初老の男性だった。確か、執事の……えーっと。
「お名前、なんでしたっけ?」
「セバスチャンと申します、お嬢様」
グレーの髪が素敵な彼、お父様が子供の頃からこの家に仕えてくれてるんだとか。
私の質問に動じないどころか、さらっと答えつつドアを開けてくれた。
「遅かったな、エレナ」
途端、お父様が顔を上げた。それにつられて、座っていた全員がこっち向く。
「あら。やっと来ましたの?」
一番奥に座るお父様の隣で、お母様がのんびりと告げる。そういえば、いろいろ混乱してたから、朝食の時間過ぎてたんだ。
「どーせ今日も寝坊だろ」
「ジール、やめろ」
「ふん」
それと、ふたりのお兄様。
ふたつ年上のジールはなんだか知らないけどやたらとエレナに突っかかってくる。今だって、吐き捨てるみたいな言い方。
で、それを諌めてくれるのが八コ上のお兄様なんだけど、なにぶん年が離れすぎててほぼ関わりがない。こうして、朝食のときに顔をあわせるくらい。
「遅れてしまってごめんなさい。おはようございます、お父様お母様、サイラスお兄様にジールお兄様」
いやぁ、エレナにお兄ちゃんがふたりもいるなんて驚きだね!ゲームに出てこないから全然知らなかった。
「……お前、なんか変なモン食ったか? それとも頭打った?」
謝って挨拶しただけでこの反応。
見れば、お父様もお母様も驚きで固まってるから、もう全部無視してお母様の隣に腰掛けた。
「ジール、言葉遣い悪いよ」
「そこですか兄上」
やっと衝撃から抜け出したらしいお兄様に、ジールがすかさずツッコミを入れる。ある意味、ジールが一番エレナの変化に順応してる気がする。
「エレナだって成長しますわよ。だって、もう学校へ上がるんですもの。ねぇ、あなた?」
「あぁ、そうだな」
お父様のどうでもよさそうな相槌よりも、なによりお母様の発言にハッとした。
学校?学校って言った?そりゃまあ、もう六歳だからあと一年で小学校へ行くような年だけど。でも、もしかして。
「そうそう。エレナ、あなたにお祝いを買ってあげなくてはね。王立魔法学院初等部へ入学するんですものね」
やぁっぱり!
うわぁ、こんなときから入ってるのねエレナちゃん。そりゃあヒロイン妬みもするわ。
だって、エレナは一切魔法使えない。さっき試した。無理だった。
そんなとこにやってくる、天才的魔法少女のヒロインが、学院での立場から婚約者までもを横から掻っ攫おうとするんだもの。私でも虐めるわ。
「エレナ?」
「あ、はい!」
「お祝いですもの、好きなものをなんでも買ってあげますわよ」
「ドレスに靴、綺麗な髪飾りが欲しいですわ!」
「出たよ、エレナの浪費癖。全く成長してねーじゃん」
躊躇は一切ない条件反射のような即答。
だって、私ってザ・庶民だもの。別に貧乏ってわけじゃないけど、いかんせん大家族で好きなものを好きなだけ買えるほどの余裕なんかなくって。
だがしかし。グレイフォード家はお金持ち。娘の私は可愛がられてる。
お金があるのに使わないとか、お金に対して失礼でしょうそうでしょう!
そういうところはどうもエレナちゃんとは気が合ったらしい。口から欲しいものがスルスルと出てきた。
「じゃあ、僕も何かプレゼントしようか」
柔らかく微笑むお兄様。私のより淡い金髪に水色の目は、柔和な整ったお顔を優しく飾ってる。
エレナとは真反対の、紳士で誠実な性格を体現してらっしゃる。素敵。
「あたくし、お兄様とお出掛けに参りたいですわ!」
「そんなことでいいの?」
「はい」
そんなことっておっしゃいますけど、ほとんど会えないんだからね。むしろ最高のプレゼントじゃないかしら。
「なぁ。その『あたくし』って学校ではやめろよ。お前の顔と相まって、まるで悪役令嬢だ」
心底嫌そうな顔してるジール、よくわかってらっしゃる。これはもはやキャラ作り。エレナはこうでなくちゃいけないの。だからむしろ、悪役令嬢は褒め言葉よ!
「笑い方も『おーほっほっほ』に変えましょうか」
「なんでだよ、悪化してんだろ!?」
エレナそっくりな目を吊り上げて怒ってらっしゃるジール、ねぇ気づいてる?私たちほんとに似てるんだよ顔だけは。
「あ、ねぇセバスチャン」
「無視か!」
「あたくし、オレンジが食べたいのだけど」
スープを運んできたセバスチャンが、にっこり笑いかけてくれた。
「ご用意しておりますよ」
この微笑み。いいわぁ。お兄様とはまた別の意味で安心感だわ。なんで今まで声かけなかったんだろうか、エレナちゃん。