第34話 魔法剣士
「ベンジャミン、貴様また留年だそうじゃないかっ!!」
兵駐屯所だという王城近くの建物に入った瞬間飛んできた怒声。鬼の形相で足音荒く、簡易鎧に身を包んだ男の人が迫ってきていた。
「一体何回、私に頭を下げさせるつもりだ! 騎士になるためには王立魔法学院卒業が必須だと何度も、」
真顔で口を一文字に閉じてるベンジャミンが珍しくて、つい意識が男の人から逸れた。
ふと静かになったことに視線を向ければ、鋭い目が私を見すえていた。
「……ベンジャミン、貴様ついにそちらに手を染めたか」
「へっ?」
素っ頓狂な声をあげたベンジャミンと、カチャリ、という金属音が重なった。
「えっ、ちょぉ、待って待ってくださいって隊長!! 違うっスよ彼女は──」
「言い訳は私の剣を受けてから言え」
「死ぬ!」
あんまりにもあんまりだ。
慌ててベンジャミンの前に立った。
「誘拐などされてませんわ。 あたくしはエレナ・グレイフォード。ベンジャミンの……ゆ、友人? でして、よ?」
「友人! 友達だよエレナちゃん! 自信持ってくれ俺の安全のために!」
あっ。よかった!
ちょっとどころではなく自信なかったし、これ違ったら恥ずかしくて死ねるやつだわ。
「……やはり貴様」
「なーんっで、どいつもこいつも俺を幼女趣味の犯罪者にするんだっつの!」
「冗談はさておき」
「冗談!? 隊長が! いつも以上にわからない冗談を!」
ベンジャミンは騎士になるのかな。剣持ってるし、隊長とかいうこの人と仲よさそうだし。
とか思って見てたらその人が私に向き直ってきた。身長的に必然的に見下ろされる形になったけど、突然膝を突かれて形勢逆転する。
「ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。カルロ・バレンタインと申します」
さっと無駄のない動きで頭を下げてきた。
見たところ三十代くらいに見えるんだけど、衰えなど一切ない。
それに、目の前に来た髪がすごく不思議な色してた。
黒じゃ絶対ないけど、黒の光沢がある濃いブラウン。かといって、ブラウンともちょっと違う……。
「チョコレート……」
「は?」
「いえ、なんでもありませんわ。どうぞよろしく」
思わず口から出てしまった。
だって、バレンタインっていうから、それも連想しちゃったんだもん。
「それにしても、なぜグレイフォード侯爵家のお嬢様がこのような場所へ……」
え、私のこと知ってるの?
いや名乗ったけどさ。でも、侯爵家とまで言い当てられた。
「私も一応、貴族の端くれですので」
思ってたことも言い当てられた。
ジールのときといい、私、そんなにわかりやすい?
「え、あら、そうですの?」
「はい。ですが、王宮へ上がることも許されていないほどの無名貴族ですので、お嬢様がお気に留められるほどではありません」
苦笑された。
瞬間にぶち抜かれた。
鋭い切れ長の目元にくしゅりと笑い皺が刻まれ、困ったように薄い唇がほんのり緩められてる。
響くような低くて深い声が心臓を撃つ。
「エ、エレナちゃん?」
謙遜なのかなんなのか、困りながら言ってるけど、そんな表情もまた最大限に彼の魅力を引き出してる。
……え、ヤバイ。
「隊長、俺のこと責めといてなにしてんスか!」
「ハァ?」
「あの!」
深い深いワインレッドの瞳に見つめられる。
ベンジャミンよりも背の高い彼を見上げてると、そのまま膝が崩れちゃいそう。
「カルロ様と、呼んでもよろしい?」
ドキドキしながら聞いた。
そしたらちょっと驚いたような間が空いたあと、笑いかけてくれた。
はぁ……っ!
「もちろん。グレイフォード嬢がお望みならば」
やった!
「それなら、その、あたくしのことも名前で呼んでくださらない?」
「それは……」
「だめ? いけないかしら?」
よく考えたら、こんないい男、彼女がいてもおかしくない。この世界は婚約者とかあるから、もしかしてもうそういう人が……。
あ。
私も婚約者いるんだった。
「心に決めた方がいらっしゃるのかしら」
「いえ、そういうわけでは……。しかし、侯爵家のお嬢様のお名前をお呼びするのは……」
「ベンジャミンだって呼んでくれていますし、ねぇ、お願いしますわ」
「……では、エレナ様と」
うん、まぁいっか。仕方ない。
「……エレナでは、いけません?」
「えぇ……っと」
「では、敬語をなくすのは?」
困らせてる。盛大に。
それはわかってるんだけど、どうしてもその顔が好きだから、もっと見てみたい気もしちゃう。
もうちょっとなにか言おうと思ったけど、そのときベンジャミンが割り込んできちゃった。
……ちょっとホッとしたようなカルロ様の顔もよかった。
「なんでエレナちゃんがここにいるかなんスけど! いろいろ事情があって、この子の兄貴が用事終わるまで預かることになって」
ジールの用事?
そういえば、朝考え込んでたあれと関係あんのかな。
「ジールいないけど、俺、剣ならとりあえず負ける気ないから安心してくれていいぜ! なんてったって、この国一番の剣士の隊長を負かしたんだからな」
えっ。そうなの!?
国一番ってヤバくない?しかもそれに勝つってベンジャミン!そんな強いんだ!
「まぁ一回だけだけど」
「それでもすごいですわ!」
「あ、ありがとう」
わぁ、ちょっと照れた顔かわいい。
「えーっとまぁ、だからちゃんと守ってやれるし、ここは魔法騎士団の第一部隊だからな! 俺はからっきしだけど、魔法使いが来たって大丈夫」
「魔法騎士?」
「魔法も使える剣士は全員、ここに配属されるんだ」
「ベンジャミンはここに配属されますの?」
「おう!」
嬉しそうに胸を張るベンジャミンは、ほんとに凄い人だったらしい。
「お前は魔法の方をもう少しどうにかしてほしいがな」
「うっ」
呆れたような顔もいい……。
あれえ。私こんなに惚れやすかったけ?
「一番の実力者たちがこの第一部隊に集まるのです。その隊長であるという威信にかけて、エレナ様はなにがあっても必ずお守りします」
なんの事情も分からないはずなのに、そうやって真っ直ぐに言ってくれるの素敵すぎるでしょ。
無理だわこれは惚れる。




