第32話 笑顔
あたくし呪われてるみたいなんですの。
ジールお兄様には解呪できないんですって。
サイラスお兄様は優秀だと、どの先生方も仰ってましたの。
サイラスお兄様にまくし立てた。学校から帰ってくるのをずっと待ってて、部屋に入ってしまう前に飛び込んで行って。
なにもかもほんとのことだけど、サイラスお兄様は快諾してくれた。
「エレナのことは僕が必ず助けてあげるからね」
ふんわりいつも通りの笑顔で頭を撫でてくれた。
「明日、一緒に学院へ行ってそこの魔方陣を使って解呪しよう。そのほうが確実だからね」
サイラスお兄様は私が暗殺されかけたことを聞いて、めちゃくちゃ心配してくれた。
忙しかったのは男が言った通りだったようで、そのせいで危ない目にあったことを謝られた。
誰が悪いわけでもないからサイラスお兄様は謝らないで。
そう言ったら、エレナは優しい子だねってまた撫でてくれた。
やっぱ、サイラスお兄様も優しいお兄さんなんだな。いろいろあるし、考え方とかは違うかもしれないけど、ジールと同じように私のことを、エレナちゃんのことを大切に思ってくれてる。
どうにか、ふたりが対立しないで丸く収まる方法はないのかな。
♯
次の日、いつもより早く登校すると、教室には行かずに入ったことのない上級生が使う塔に向かった。
サイラスお兄様とか、高等科の先輩達が使う塔らしい。先生の研究室とかもあるらしく、私たちが使うものより大きかった。
「さあ、おいで」
階段を上じゃなくて下に降りて、ひとつの地下室をサイラスお兄様が開けた。
中は明るかったけど、地下ってのもあってなんかやだ……。
「それじゃあ、エレナは円の真ん中に立っておいで」
「はい」
元から描かれてる大きな円の真ん中に立つ。
お兄様は魔方陣使うって言ってたけど、これがそうなの?なんの模様もなくて、私が知ってるのと全然違う。
「ほんの数分で終わるからね。少し辛抱してくれ」
そう言って、柔らかい声で呪文を紡ぎだした。それは聞いたことのない言葉だった。たぶん、ジールも先生もつかったことないとおもう。私が勉強不足とかではなく。
魔法にもいろいろあるらしい。
そんなこと思ってたら、ふいに床から黒い靄みたいのが立ち上ってきた。まるでそれは、以前私が出した闇の精霊みたいで。
気づけばただの円だったはずの魔方陣に、黒く光る文字が浮かんでた。
「お、お兄様!」
慌てて呼べば、呪文を唱えるのはそのままに、いつも通り微笑まれた。
えっこれは大丈夫なの?大丈夫っていう微笑みなの?
でもでも、なんかもやもや私の方きてるし、取り囲まれてるし、サイラスお兄様見えなくなってきてるし、あっあっ……!
『きゃあぁぁぁぁぁぁあぁぁああああ!!!!!!!!!!』
…………ぇ、
「……レナ、エレナ、終わったよ」
「さ、サイラスお兄様、サイラスお兄様」
「うん、大丈夫だよ、どうしたの?」
「今、今なにか……」
女の子の悲鳴みたいのが、聞こえた。
「あぁ、聞いたのかい」
サイラスお兄様はそれでわかったみたいに、ただ笑って私の手を引いた。
ドアを開けて先に通してから自分が部屋から出ると、カチャン、と鍵をかけた。
「これでよし」
「サイラスお兄様」
「あぁ、そうそう。悲鳴か、唸り声が聞こえたのだろう?」
サイラスお兄様の表情は変わらない。たぶん、いつどんなときでもこんな表情をしてるんだ。ジールと同じように、これがサイラスお兄様のポーカーフェイス。
「大した実力もないのにエレナを呪った、愚かな女の子の声さ。人を呪わばなんとやら。僕が返してついでにプレゼントも付けたからね」
きっと、面白いことになってるよ。
ゾクリ、と背筋が凍った。
サイラスお兄様の笑顔が、はじめて安心できない『なにか』に変わった気がした。
この世の終わりのような悲鳴。
あれを発したのは誰だったのか。
サイラスお兄様の言うプレゼントって、なんのことだろうか。
──そのときふいに頭をよぎったのは、ミザエラの強い橙色の目だった。




