第27話 片鱗
食器が触れ合う音が響く。
逆に言えば、食器が触れ合う音しかしない。
夕食時、いつもは私ひとりだったり、ジールとだったりする時間。
お父様は仕事が、お兄様は人付き合いで忙しいらしい。まぁ仕方ない。だけど今日は珍しくふたりとも揃った。
普段、部屋でひとり優雅にお食事してたお母様も、さすがに今日は同じ食卓についてる。つまり、家族全員で久しぶりの揃っての食事なわけなんだけど。
き、気まずい!
お兄様も話さないのはどういうことなんだろう。いや、無駄話するような人じゃないけど、いつもだったら私と話してくれるのに。
あ、そっか。お喋り担当って、もしかしなくてもエレナちゃんか!私が話しはじめなきゃ、会話もなにもないのか!面倒くさいな!
「あ、あのサイラ、」
「そういえば、聞いたぞ」
はたと口を閉じる。家長の言葉に、全員の視線が集まる中、お父様の厳しめな目が私にひたりと合わせられた。ひえ。
「エレナよ、飛行魔法を習得したらしいな。その歳で」
「まあエレナ、素晴らしいわね」
お父様の言葉を捉えて、お母様がおだてる。
待って!習得してない!あれは事故だ!
「留年などして、どうなることかと思ったが」
うぐ。
すいません、ほんと、その節はご迷惑をおかけしました。
「そして、なによりジール。お前は、飛行魔法どころか、瞬間移動魔法まで難なく扱ったと聞いたぞ」
その瞬間、ジールが舌打ちとともに「誰だよ告げ口した奴」と悪態ついたのを聞いた。
お父様は気づかなかったみたいだけど、隣に座るお兄様は確実に聞いたろう。それでも素知らぬ顔でフォークを口元に運んでる。
さすがお兄様。やっぱりなにか違う。
いえ、ジールが劣ってるとかそういうことじゃなくてね?助けられた恩は忘れてませんとも。一生忘れないわ。いつか何かの形で返さないと。
「この王国で前代未聞の史上初の偉業だ。よくやった、ジール」
お父様、なんとなく嬉しそう。な、気がするだけ。相変わらず表情変わんないからわからん。
「……はい」
ジールの返事で、会話はぴたりと終わり、それから誰も口を開くことなく、奇妙な夕食会は終わった。
♯
その数日後、事件はおきた。
いや、事件というほど大したものではなかったと私は思ってたけど、少なくとも学院と、それから我が兄君たちの関係的には大事件だったんだと思う。
今まで、私の知らぬ間に築かれてた兄弟間の均衡。それは主にジールの努力によるものだった。兄を超えないように、兄のプライドを守れるように。ジールはやっぱり優しい人だった。
端的に言えば、ジールの成績発表とともに、飛び級が決まった。来年は飛びに飛んで九回生になるらしい。
ジールの偉業は学院どころか国中に広まった。
学院から通達を受けたときのジールの顔は、信じられないくらいの虚無感に包まれてた。
「……ジールお兄様?」
「……」
私を見なくても無視はしなかったジールが、そのときは背中を向けて行ってしまった。
それだけならまだよかった。
ジールはそれからも、いつまでも、私を無視し続けた。エレナだったときと同じように、いや、嫌悪感すら見せてくれない分、今の方が酷いかもしれない。
何が何だかわからないまま、いつのまにか私はまた、お兄様と過ごす日が多くなった。送り迎えもサイラスお兄様で、その日以来ジールは一切私に関わらなくなった。
「ジールは忙しいんだよ」
にっこり笑うお兄様のその顔も、まんまその通りに受け取っちゃいけない気がした。
お兄様はジールに対してコンプレックスの塊になってる。そんなところに来てあのジールの活躍と異例の飛び級、もっといえば私がジールに懐きすぎたこと。何もかもが面白くないんだ。下手したら、憎悪に似た感情すら持ってるかもしれない。
気づくのが遅かった。
♯
「でも、例えば私がサイラスお兄様に今まで通り懐いてたって、何かが変わったわけ?」
鏡に向かって話しかける私は、はたから見れば頭おかしいけど、髪を梳かしてくれてるロザリーは素知らぬ顔をしてる。
「お嬢様、後ろのお髪を少々押さえてていただけますか」
「こう?」
「はい。ありがとうございます」
ロザリーはドレスのボタンを淡々と外していく。
私が悪いんじゃなくて、エレナが悪いんだけど、申し訳ない。ロザリーの仕事ばっか増えてる。早く新しいメイドさん見つけてこないと。
「それにしても、ジール……お兄様はいつまで私を無視するのかしら。ねえ?」
「そうですね」
「てか、ジールが近づいてくれなかったら、私の進学はどうなるの? 誰が私に勉強教えてくれるの?」
「私でよろしければお手伝いいたします。……ところでお嬢様、今は私のみですのでよろしいですが、少々お言葉を気になさってくださいませ」
お嬢様ならば大丈夫でしょうが。
って、何の話────……、あ。
「……」
「……」
「……さあお嬢様。お着替えが終わりました」
「よ、よ、よくってよ! あたくしはもう寝ますわ!」
「準備いたします」
あー危ないー危ないー!興奮しすぎてやらかしたー!
私は素知らぬ顔をして、寝た。
考えるだけ無駄だし、口調が乱れてヤバイから、もうこのことは考えないことにする。成績もやばかったけどもう知らない。




