第2話 エレナ・グレイフォード
夢を見た。
ガバッと勢いよく身を起こしたら、髪の毛が前にバッサァと……。
あれ。
「金……?」
うねうねしてる長い金髪。なにもおかしいところなんてないはずなのに、なぜか違和感。そうだ、鏡。鏡を見よう。
……って、髪の毛邪魔!あぁ、もう。どうしてこう毎朝毎朝こんなにも爆発してんのよ!
めんどくさいから、ガッと一気に掻き上げて、顔を覆ってたのを全部後ろに流すと、床からかなり高さのある天蓋付きのベッドから飛び降りた。
六歳児のにしては大きすぎると、私は思うんだけど。
「私……」
……なんだ。さっきから、口調とか一人称とかコレジャナイ感が止まらない。よくわかんないけど、とにかく急いでドレッサーまで駆け寄って、柔らかいクッション付きチェアに膝から乗り上げた。
鏡を覗き込めば、ぐっちゃぐちゃだけどいつもの波打つ派手な金髪と、それを見つめる碧眼は、いつもと変わらずちょっとつり上がってる。すーっと通った鼻筋、ピンクの唇に真っ白な肌も全部全部いつも通り。……なにが違う?
コンコン、とノック音。だけど、返事は待たずに扉が開いた。
「──あ、お嬢様。お目覚めでいらっしゃいましたか。大変失礼をいたしました」
鏡越しに見なくたってわかる、聞き慣れたメイドの声。……名前、なんだっけ。
あ、そう。名前!
「ねぇ」
「はい」
「私って──誰?」
「はい?」
いや、うん。自分でも変なこと聞いてるのはわかってるんだけど、なんかちょっと確認しなきゃいけないことがある気がして。
一瞬、呆気にとられたような顔した彼女は、でも、すぐにいつもの無表情に戻った。
さすがメイドさん。でも、せっかくの美人さんなのに、笑わないなんてもったいな──、
「お嬢様はエレナ・グレイフォード。グレイフォード侯爵家がご息女にございます」
「エレナ・グレイフォード。……エレナ?」
なんか、どっかで聞いたことある。
まぁ、自分の名前なんだから当たり前なんだ、け……ど。
「エレナ・グレイフォード!?」
あの、胡散臭い男は夢なんかじゃなかった。
金髪碧眼、侯爵家の娘で──ライバルキャラ。
待って待って。唐突に思い出した。
エレナ・グレイフォードって私がやってた乙女ゲームのキャラじゃん!そんで、あの男は何て言ってた?『どうしたって、死んでしまう運命にある』?そりゃあんた、死ぬわ。だってそれがシナリオだもん。
ゲームの舞台であるサノラ王国で、最高位の学校『ソフィア王立魔法学院』に入学してくるヒロインは、なんの後ろ盾もない平民。
貴族としてのプライドが最高級に高いエレナは、攻略対象者に近づくヒロインをことごとく虐めていた。
最終的に、断罪されて死んでしまうという、乙女ゲームらしからぬラストだ。今更ながら、ゲーム会社はちょっと改善したほうがいいと思う。
「まぁでも、だからこれゲームでしょ? なんで私がエレナ・グレイフォードを助けなきゃいけないの?」
しかも、中身が私のエレナ・グレイフォード。貴族の『き』の字も気品の『き』の字もない、ふっつーの女。
「……って、あれ? じゃあもしエレナが死んだら、中身の私は?」
あれ。ちょっと待てよ。どうなっちゃうの?
あれあれあれ。私、もしかしてヤバくない?
「……あの、お嬢様?」
ハッ。
そうだ、完全に忘れてた。メイドさん。
振り返れば、無表情ながらも確実に怪しんでる鳶色の目とぶつかった。
「どうかなさいました?」
「いや! なんでもない!」
「……はぁ」
どこか腑に落ちない、と言うようなメイドさんの顔。
「お加減がよろしくないのですか?」
「平気──」
と、口にしかけてふと思う。
私は今、エレナ・グレイフォードなわけで。中身がどうであれ、ここがゲームならば。
「……」
「お嬢様?」
すっと背筋を伸ばして、つーんとそっぽを向いてみる。
「あたくし、お腹が空きましたわ」
……おお。
なんかわかんないけどしっくりきた!
やっぱゲームの仕様なのか、エレナはエレナでいないと違和感はんぱない。
「なにをしてますの? 早く支度を」
「……はい」
そう。私はエレナ・グレイフォード。