閑話 2 マシュー・ロッド
僕は不幸に見舞われやすいらしい。
人生最大とも呼べる不幸が、なぜか二年間も同じクラスになってしまったエレナ・グレイフォードの存在だ。
この学院に入る決意をしたのは、彼女をはじめ、様々な権力者が誰も僕と同じ年代にかぶっていなかったから。
そうでなければ、たとえ学院から招待状が来ていたとしても、奨学金の誘いがくるほどの魔力を持っていたとしても、ここには入学しなかっただろう。
僕の誤算の第一は、まさにそのエレナ様が留年なさったということ。
まさか、あのジール様の妹君があんなにも魔法を扱えないなどと誰が思うだろうか。
いや、決して悪口ではない。そう、決して。
第二の誤算は、まさかまさかの双子の王子が入学してきたこと。
いや、第一王子殿下がご在学なんだからわからなくもない。
だがしかし、この王子達は、特に第三王子のフレデリク様は格が違う。学院など通わなくてもいいどころか、王家お抱えの最上級魔法使いにでも家庭教師をしてもらえる立場だ。
非常に羨ましい。
いや、だが僕はそんな立場にいたって第二王子様のように家庭教師をつけてもらえることはなかっただろうな。目に見えてわかる差に、どれほど落胆したことか。
入学するときも、一回生のときも、自分の魔力は確かに周りよりも優れているとわかっていた。別にそれを自慢するわけではない。事実は事実だ。
そして、王都に来れば、こんな力はすごいと言われる枠には決して入らないということも。
僕は井の中の蛙だった。
田舎男爵家であっても、その地域ではまるで王様のような暮らしをしてきた。それがここに来て、自分専用の馬車すらも持てない貧乏貴族になってしまうことをはじめて知ったし、僕よりはるかに魔力の低いエレナ様でも、王子のお気に入りというだけで僕と同じクラスに入れることをはじめて知った。
世は権力者の社会だった。
抗議をしているわけではないのだ。文句や悪口を言ってるわけでもない。事実なんだ。事実。うん。
「マシュー!」
……忘れてた。
第三の誤算を。
クラス中の視線をものともしないツインテール。あぁ、そういえばエレナ様もツインテールだ。
エレナ様は似合っておいでだけど、あいつにはやめたほうがいいって何度も言ってあげてるのにやめないのはどうしたものか。
「わぁ、これがトップクラスってやつね! なんだか空気が違うわ。」
子供っぽい髪型も相まって、いつもの発言が余計に頭悪そうに聞こえる。
「私のところなんてまるで動物園よ」
動物園などと都会かぶれな彼女は、僕と同じ田舎からやってきた幼馴染だ。
彼女も魔法を使えたが、僕と違って奨学金をもらえない地方領主の娘には、王都で生活をする理由もお金もないはずだった。
それなのに、この厄介な幼馴染は僕についてきて、難関なはずの試験もパスしてしまった。彼女が絡むと僕はとてもじゃないが、平穏な生活など送れない。
「あの、やっぱりその髪型やめたほうがいいよ」
「なんで?」
「なんでって、それ、エレナ様と同じじゃないか」
目をつけられても知らないよ。
そう忠告してあげているのに、幼馴染はわからない顔をする。
「真似してるのだもの。同じで当然よ。この国で最も権力のあるお嬢様よ? ファッションリーダーよ? お金じゃ敵わない分は、自前のものでどうにかするのよ。このハンカチも真似して自分で作ったんだから」
自慢げに見せてきたそれは、確かに彼女にしては洗練されたデザインだったが、エレナ様のものと同じとはおこがましくも言えないような代物だった。
「やばいって、やめておいた方がいいってば」
「なんでよう」
「だって、エレナ様には」
死ぬほど恐ろしいバックがあるんだ。
侯爵家というのはもちろんだが、僕が最も恐れているのはエレナ様の兄君、ジール様だ。
噂じゃ、妹に不利益なものは全てあらゆる手を尽くして消すという。その上、エレナ様は殿下のお気に入りであり、第三王子の婚約者だ。
この学院のルール、『家の権力は無意味、魔力こそ全て』というものなど、彼女においては一切関係なくなってる。
関わりたくない。
けれど、普段教室ではなぜかちらちらと視線を感じる。怖くて振り向けないが、絶対にエレナ様だ。
僕は何かしただろうか。いやそんなわけはない。だって、その機嫌を損ねないように精一杯避けて通ってるんだから。
触らぬ神に祟りなし。
「そうだ、思い出した! 私、マシューにお願いがあって来たの」
なにも考えていない能天気な幼馴染は、そう言ってポケットをゴソゴソ漁った。
「転写魔法、教えてくれない?」
取り出したのは高額で僕たちには手が出せないはずの、光沢をもった高級紙。
「……なにする気?」
「転写」
「わかるよ。そうじゃなくて、それどうするつもりなの? というか誰を」
ふふん、と長いツインテールを背にはらう。エレナ様の真似だからか、毛先をくるりと巻いてあるが、若干崩れてる。
「ブラッド先生。私、大好きなの。優しくて、穏やかで、なのに筋骨逞しくって。お父様にとっても似てるの」
生き生きと語る彼女の、ピンクに染まった頬を見たら、きっと僕は注意をするのも忘れて教えてしまうんだろうな。
せめて、面倒ごとに僕を巻き込まないで欲しいんだけどなぁ。




