第21話 報告
あぁ。
気が滅入る。
「お前はロベルト殿下に気に入られているらしいな」
はあ、そうなんですかね。
なんて言えるはずもなく。
珍しく家族全員が揃った夕食の時間。まぁ、揃ったっていっても、相変わらずお兄様は忙しいみたいでいないけど。忙しいって、何をしてるんだろうか。
それで、まずお父様の興味はジールに向いていた。
なんでも新しい魔法を作り出したみたいで、それがまた史上最年少らしい。学院でもその話で持ちきりで、例の取り巻きと化した名前も覚えていない子たちに褒めそやされた。
いや、私がすごいわけじゃないんだけどな、なんて思いながら聞いてた。
当の本人であるジールは、だけど全く興味ないみたいで、お父様になにを言われても大した返事をしなかった。
そのせいで、お父様の興味が私に向いた。なんて迷惑なことなんだろう。
でもまさかジールのようにいい加減な答えなんてできるはずもなく、思わず笑顔を作ってしまった。
「お父様、あたくしこの間のテストで合格点をいただけたんですの」
「……なに?」
「ですから、やっとダグラス先生ともさようなら……じゃなかった、二回級生になれるんですの」
「……」
しん、と静まり返ってしまった食堂で、私が動かすフォークとナイフの音と。
「……っ、ふは」
こらえきれなかったらしい、ジールの笑い声が響いた。
私とお父様とお母様。それから微妙に距離をとった席に座ってるジールは、その全員から注目を浴びてるというのに、肩を震わせ顔を背けてる。
「……エレナ。それで、フレデリク王子とはどうなのだ」
若干、呆れたような表情でジールを見たまま、とんでもない話題を選んできた。
いや、まぁロベルトって出た時点でわかってたけどさぁ。
どうって言われたって、別にどうもないとか言ったらお父様はなんて言うだろうか。どうせ、権力が欲しくてこの婚約を決めたんだろうから、お父様的には私と第三王子がうまくいって欲しいんだろうな。
……第三王子かあ。
結局、目にすることができなかった第二王子エドワーズ。
双子って言ってたけど、弟は学院にいて兄はいないなんてことあるんだろうか。同じ学校に入らなきゃいけないなんて、そんな道理はないけどさ。もしかして、エドワーズは魔法が使えないんじゃないだろうか。
「……」
「……」
「…………なぜ、お前たちはこうなんだ」
考え事にふけって返事を忘れてたら、ついに匙を投げたお父様によって、本日の食事会という名の報告会は終わった。結果オーライ?
#
そう。そうそう。
そんなことより、だ。
「ウィリアム!」
ばぁん、とドアを開ければ、ジールはまだ部屋に帰ってきてないようだった。
「いない……」
当然、ジールの執事であるウィリアムもいない。せっかく進級できそうなことを知らせようと思ったのに。
まぁ、なら場所はわかる。
執事とかメイドさんは、地下の休憩室にいるってこないだロザリーが言ってたから階段を降りていったら、その廊下は静かだった。
全員休憩室にいるのかな。そういえばロザリーも帰ってきてないや。
「あなたも大変よね、ロザリー」
おや。
女の人の声が漏れ聞こえた。ちょっと行った先に少し扉が開いた部屋がある。あそこが休憩室なのかな。なんとなく人の話し声がする。
「お嬢様付きをどうしてやめなかったの」
「そうだ。他のメイドたちも悪くない職場を紹介されたらしいじゃないか」
あらぁ。聞いちゃいけない感じだなこれ。タイミングが悪かった。
「……」
覗くとバレそうだから耳しか向けられないけど、ロザリーは黙ってるっぽいな。果たして、ここにウィリアムはいるんだろうか。
「やめないか」
あっ、ウィリアムの声!
「なぁに。……あ。ウィリアムあなた、お嬢様のこと好きだものねぇ。一体、あのワガママ娘のどこがいいわけ?」
「言い過ぎだぞ」
「いいじゃない。ご主人様がこんな所へなんかはお足を運ぶことはないし、まして高飛車お姫様なんて」
「あまり言うと、私が黙ってないわよ」
冷たく硬質なロザリーの一言で、場がしーんとなった。
予想はしてたけど、ここまで嫌われちゃってるとは。エレナちゃん、私が入る前の六年間どれほどのわがまましてきたんだろう。
「えーっと、わ、私、紅茶を淹れてきますねっ」
空気に耐えられなかったのか、変えようと思ったのか、ひとりのメイドがそう言って立ち上がった。
しかし、それはマズイ。非常にマズイ。だって紅茶ってことは食堂に行くし、食堂は休憩室の向かいだし、つまりそれって外に出てくるわけだからって、そんなこと考えてる前に、早くこの場から離れ──!
「あっ……、えっ!? お、お嬢様……!?」
見つかったー!
ざわり、と別の意味で部屋の中がざわめいた。




