第19話 お茶会
天気は快晴。気温も良好。野外パーティーにはもってこいの日。
私のテンションは最悪だが。
「やぁ、僕の可愛い天使ちゃん」
「ご機嫌うるわ…………、天使ちゃん?」
「うん?」
いや、『うん?』じゃないから。
え、どういうこと?なんで天使?
「神様の遣いは、天使だろう?」
あぁぁぁぁなんであんなこと言ったの私!
そして発想が安直!
「まぁ、君が天使のように可愛いからって、そういう意味も含んでいるけれど」
周りのお嬢様方の目線がつらい。ロベルト殿下のフザケた理由を聞いてる耳もつらい。
「天使ちゃん……?」
「あら、エレナ様よ」
「侯爵家の?」
「まぁ。あのお歳でご招待を……」
あー、ひそひそ話が!!
私、陰で噂されるのが嫌いなの!ひそひそ話とか特に!自分が笑われてるようでってほんとに私の噂話してるんだけどね!
そして、笑いを堪えてる目の前の金ピカ王子、許せぬ。早くカミサマ事件を忘れてくれ。
「あぁ、ところでジールはどうしたのか知ってるかい」
え、ジール?
……あれ、さっきまで一緒にいたのに気づけば周りに誰もいない。
ジールどころか、優しい笑顔を浮かべて隣にいたお兄様まで、少し離れたところで綺麗なお姉様方と話してる。なんだあれ、ハーレムか。
「逃げたかなぁ。まったく。いつもいつも捕まらないのだから。……捕まらないといえば、アレもいないな」
アレ?
誰のこと?と尋ねる前に、ふと耳が拾ったのは聞き慣れた聞き慣れたくなかった声。
「エレナ! 来たか!」
はっとして振り返れば、案の定、フレデリクが喜色いっぱいに駆け寄ってきていた。
あぁ〜〜、可愛いんだこれが!だってエドワーズとおんなじ顔だもの!当たり前!
「あ、ロベルト兄上」
近くまで来たところで、やっと兄に気がついたのか、驚きと焦りを滲ませ、フレデリクは慌てて礼をした。
そういえば、私ロベルト王子にお辞儀したっけ?あれ、覚えてないぞ。
「やぁ、フレデリク。相変わらず慌ただしいね。そんなにも、婚約者一直線なのか」
「あ、いや、その」
ははっと笑うロベルトがなんとなく怖いだとか、フレデリクがこんなおとなしいの珍しいだとか、そんなことはどうでもよろしくてですね。
あ、やっぱ婚約って確定なんですか。変わらないんですか。ロベルト殿下公認なわけですか。嘘でしょ。
いや、でもこれは私にとってはラッキーなのか?だって顔だけはエドワーズと同じわけだし。
ちょっと性格に難があるけど、ちょっと人の話聞かないけど、それでも見ようによっては可愛げが……なくもない……気もしなくも、ない。
そうだ。それに、ちょうどいいんじゃないだろうか。沼にハマらない分、たとえばヒロインが将来フレデリク王子を攻略しはじめたときに素直に身を引いてあげれば、最悪の結果にはならないんじゃなかろうか。
そう考えたら、この婚約もそんなに悪いことじゃない?
「エレナ? どうした?」
「わっ」
考え込んでて気づかなかった。すでに挨拶も、なんかしらない緊張の時間も過ぎ去ったみたいで、いつの間にかフレデリクが私の顔を下から覗き込んでいた。
あぁ、待ってやっぱ問題。顔が綺麗すぎる直視できないこんな至近距離で!
「あ、あの、フレデリク様? す、少し距離を……」
「えっ」
「なんだ、フレデリク。お前、天使ちゃんに嫌われてるのか」
「天使ちゃん!?」
反応するところそこですか、フレデリク王子。
呼び方ずっとそれでいくのかなぁ。やめて〜。もうずっとからかわれるの、これ必然……。
ふと、視線を感じて顔を上げた。
真っ黒な紳士服と色とりどりのドレス。その海に紛れるようになにかが動いていた。
……気のせい?
「フレデリク」
「はい、兄上」
はやっ。
反応速度どうなってんの。めっちゃ食い気味に顔上げたけど。
「エドワーズ、どこにいるか知ってるかい?」
「知りません」
返事も食い気味。知らないとかそんな風に言うものか。
………………ん?
待って今なんて言った?
「相変わらず人見知りが激しいなぁ」
「人見知りというか、なんというか」
待って待って。エドワーズ?エドワーズってあのエドワーズ?
嘘でしょ、ほんとに?ほんとにエドが、私の可愛い可愛いエドがいるって言うの?早く言ってよ。
「エドワーズ兄上のあれは、ただの重度な女人嫌いですよ」
軽蔑したような目で吐き捨てたフレデリク様やその言葉の内容に反応する前に、違うことに気がついてしまった。
「え、フレデリク様、第二王子ではありませんの?」
「は?」
あ、まずった。
まさかの王子を知らない発言に、フレデリクはぽかんとしてるし、ロベルトは……、笑ってる。面白いものを見るように。
「……お、前、エレナ、お前は」
「エレナ!」
ここで登場毎度毎度タイミングが神な我が騎士様ジール様。
「ジールお兄様!」
「ジールお兄様! じゃ、ねぇよ馬鹿! なんでそう問題発言しかしねぇんだおまえはふざけんな」
私にしか聞こえないような早口でで静かに罵倒された。だ、だって!
ていう抗議も何もかも受け付けてくれないまま、ジールは器用に完璧な礼をとった。
「やぁ、ジール。探していたよ。どこにいたんだい」
「それは申し訳ありませんでした。少し、風に当たりに外しておりました」
すでに外にいるのに、どこの風に当たるというのか。
だけど、ロベルト殿下は何も言わずにただニヤニヤとしているだけ。逆に怖い。
「まぁ、用はないのだけど。元気にやっているようでなにより」
用ないのかよ。
そんな心のツッコミが聞こえるはずもなく、ロベルト殿下は踵を返し。
「あ、そうだな。卒業後、どちらへ行くのか聞かせて欲しいな」
どうせ飛び級だろう。
今度こそ去っていったロベルト殿下の背中を、ジールはいつもの無表情で眺めていた。




