第16話 宣言
「わたくし、フレデリク殿下をお慕いしておりますの」
きゅるんと可愛い笑顔のミザエラに、なにを軽率に言うことができようか。
ざわざわと騒がしい教室。ちょうど、今日の授業が終わって、帰り支度したり友達と話したりする子たちの話し声が溢れてる。
私も帰ろうと荷物をまとめていて、入れようとしてたペンケースが手を滑って床に落ちた。それを、サッとしゃがんで取ってくれたミザエラは、再び笑顔で立ち上がった。
「お入れしてよろしいでしょうか」
「え、あ、よろしくてよ……」
「失礼いたしますね」
素早く丁寧に仕舞ってくれた、その綺麗な白い手をぼーっと眺めてた。
「エレナ様?」
あー。
待って、普通に可愛いんだよミザエラちゃん。私、可愛い子には弱いんだ。優しくしてあげたい。でも、待ってくれ。
ミザエラは知ってるんだろか。私が、不本意ながら、そのフレデリク殿下と婚約したこと。知ってるんだろうなぁ。だから言ってきてるんだろうなぁ。どうしよ。
「……それで、あたくしにどうしろとおっしゃるの?」
「え?」
こくり、と首をかしげたら、ミザエラはその綺麗な目を揺らした。
五歳の女の子に厳しいかなぁ。でも、私だってどうしようもないんだよ。文句があるならお父様に言ってくれ。私も言いたい。言えない。
「……な、なんでもありませんわ」
あら、引いちゃった。身を引けだのなんだの、言われるかと思ったのに。思ったよりも気の弱い子なのかしら。いや、弱かったら言ってこないわな。
それよりなにより、これでなんかライバル視されて、せっかく友達になれそうだったのがなれないって、そっちのが悲しい……。
相も変わらず、エレナちゃんはおひとり様です。
……帰ろう。
♯
「と、いうことがありまして」
「だからなんだ。なんで俺に言うんだ知らねーよ」
もはや習慣と化してる、ジールの部屋に忍び込むこと。今日も相変わらず忙しそうに分厚い本をめくってる。
それに構わず話しかけまくる私。出てけとか、言わないジールに甘えてる自覚はあるけど。
「ミザエラという方、ご存知ですか?」
「知らねぇ。家名は?」
「……えーっと。伯爵家だそうですわ」
「この国に伯爵が何人いると思ってんだ」
ですよねー。
えー、覚えてないなんだっけ。私はカタカナ語を覚えるのが苦手なんだ。
「あ。お父様がお医者様だとおっしゃってましたわ」
「……あぁ。ん? んー……」
「もしかして、ホワイト伯爵でしょうか」
割って入ってきたのはお茶を運んでいたウィリアム。そしてそれに、ジールはあぁ、とすっきりと納得したような表情を見せた。
「あー、そうだそうだ。ホワイトだ。魔法が使えない、『ニュール』の医者だろ」
「『ニュール』って?」
ジール様、とウィリアムが嗜めるように囁いた。え、なになに?
「魔法が使えねぇヤツらのことを、この国ではそう言う」
へぇー。そんな言葉があるのね。
「無能とかなにもねぇって意味」
おい。
なんだその随分な言われよう。つーか、アリスさんのときといい、あんた人の親のこと、どんな目で見てんだ。
「そんでそのニュールの娘がなんだ」
「ミザエラです」
「ミザエラ」
こーゆう素直なとこは可愛い。
「彼女、フレデリク王子がお好きなんですって」
「趣味悪ぃな」
……私その人と婚約とかさせられてるんですけど。
「率直に申し上げて、あたくし、あまり気が進みませんの。フレデリク様との婚約」
いくら顔が好みとはいえ、いくらあの子とそっくりとはいえ、ちょっと考えられない、結婚とか。
「やめちまえば」
「できるのならやってます」
ふーん、と気のない返事。
相変わらず忙しそう。まぁ、そろそろ部屋に戻ろうか。
押しかけたの私だし。うん。やめようこの話題。
「ジールお兄様、ところで、今度一緒に街へ行きません?」
「行かねぇ」
「えぇー。そんなこと仰らずに!」
私最近、素敵な可愛い外観のケーキ屋さん見つけたの。




