第15話 婚約
ジールに連れられ家に帰ると、ものすごい勢いでロザリーに拐われた。えっ。
「ロ、ロザリー?」
「はい、お嬢様」
なに?って訊くよりも先に部屋の中に連れ込まれ、制服を脱がされた。なんという早業。気づけば下着として着るワンピースを着せられていた。
「今晩は王宮の舞踏会に参加することになっております。至急、支度いたしますのでお任せください」
えっ。なにそれ舞踏会?聞いてない。なにそれ。
そして、ロザリーはなんでちょっと楽しそうにドレス抱えてるの?なんか周りがゆらゆらしてるし。なに、魔法?
いいんだけどね、こんなロザリー貴重だから!可愛い!
「まずはコルセットを締めさせていただきますね」
ゆらゆらに手をかざした。そしたら、出てきた長方形の硬そうな布。なにそれ便利。収納的なアレか。じゃなくて。
待って私それ嫌い。近づかないでやめてやめてだってそれ死ぬほど苦しいんだもん!てか死ぬ!!
「観念してくださいませ、エレナお嬢様」
無理ぃー!
♯
恐怖の殺人道具、コルセットの餌食になった私は、馬車に乗ってから降りるまで、ぐったりと死んでいた。
だけど、お兄様の腕に支えられながら、よたよたやって来たその場所に目を見張ることになる。
なんだこれ。
「お、お兄様、お兄様」
「なんだい、エレナ」
エスコート役とかいうのをしてくれるお兄様の腕をぎゅうっと引っ張る。
学校までの付き添いはジールだったから、てっきりジールがしてくれるんだと思ってた。だけど、そんな顔したら「は? なんで俺が」みたいな目で見られたから、ちょっとぐさっときたのは秘密。
まぁ、それで。
当然のように華麗にエスコートしてくれてるとこ悪いんだけど、私は完全にビビってしまっている。
「ヤバい何ここ」
「……。んっ?」
ゲームの終盤、ヒロインがおよそ足を踏み入れることのない場所だった、王宮へと攻略対象にエスコートされて現れる。そこで嫉妬したエレナは最後の嫌がらせ──といっても、ジュースぶっかけるぐらいだったと思うけど──をヒロインにしてついに断罪される。
やっぱ考えてもエレナちゃんなかなか可哀想。そんなちっちゃい罪でなんてさ。
まぁ、私にとってはある意味思い入れの深い場所。
だけど、画面越しに見るのとリアルでは全然違う。なにこれ。作画スタッフさんたち天才かな。
いくつもぶら下がるシャンデリアに、きらめく壁に、色とりどりのドレス。そして、その間を割ってやって来た、フレデリク王子。
「エレナ! 今日もとても美しいなおれの花嫁!」
「は?」
いかん、本気の声が出てしまった。出てしまったがこれは仕方ないだろうどういうことだ。お兄様を見上げれば、ものっすごく訝しげな顔して見られてた。え、なに?私がその顔でお兄様のこと見たいのだけれど。
「お兄様、あたくし体調が優れないみたいですわ」
「えっ。大丈夫かい?」
「駄目ですわ。花嫁がどうのと、幻聴が聞こえましたもの」
「あぁ……」
瞬間、なんだそんなことか、みたいな憐れみの目で見られた。心配そうな表情からの変わり身がすごかった。びっくり。嘘でしょ。
「幻聴じゃないよ、エレナ。父上がお決めになったんだ。直々に国王陛下から、素晴らしい打診があってね」
にこって。
素敵な微笑みだけれど、今は別にいらないかな。
いや、わかってたけどね。エレナちゃんの婚約者として、攻略対象が設定されてるわけだから。うーん。それにしても、こんなに早くから決まってるのか。
てゆか、十歳にも満たない状態で婚約とか、早くない?付き合うとかいう概念ないの?それ以前に小学生はもっと恋愛より遊びに集中しようよ。なんていう考え方は古いの?
「と、いうことだ。お前はおれの花嫁になるのだ!」
わぁ。自信満々なこの笑顔。魔法の天才なんだっけ。この歳で才能開花させて、その上王子で見目も麗しい。そりゃ自信もつくというもの。
ってことは、ヒロインの選択したキャラはこのフレデリク?そうか、まだ見ぬ彼女はこういう俺様系が好きなタイプか……。相容れない相手になりそうだ。顔の好みだけで言えば、完全なる同志だけど!
「さあ、踊ろうではないか」
いや、当然のように腕を取らないでください。お兄様もいってらっしゃい、じゃないんですけど。ねぇねぇ、待ってちょっと待って。そんな真ん中行かないであっ曲はじまった。フレデリク王子が動いた!駄目だから待ってだって……!
一曲踊りきったフレデリク王子は、すぐに控え室へと消えてしまった。なんでも、足を引きずっていたそうです。
エレナちゃんは運動神経ないのよだから言ったのに。




